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死屍累々──獰猛の目覚め 6

見た事がある顔だった。

村の酒場で止せばいいのに京ちゃんに絡んで、やり返せないままぐちゃぐちゃのフルぼっこされた誰かさん。

・・・って事だけは覚えてるんだけど、誰だったかな?誰だっけ。


「ひっ、ヒール!動かないで、今。回復するから・・・」


そんな事は後回し。

今はまだ生きてるけど、死んじゃうかも知れないから。

白眼を剥いた巨漢に近寄り体は温かい事だけ確認すると、腹に向かってありったけヒールを唱えた。

すると、はぁはー!と荒い息を吐いて、巨漢の冒険者に意識が戻ってくる。


「クソっ、目が霞む、はぁ・・・血が足りねー、あん?お前は、はぁー・・・性悪エルフの・・・」


「黙って、黙れ!生きて、生きてよ!ねえ。」


半目で苦しげに息を吐きながら、憎まれ口を叩く巨漢。

わたしが覚えてるんだから、この男の人が覚えてても不思議でもない、おかしくない。


気が散る。

今は黙ってて!血がちょっと多く流れてるから、わたしだってヒールしながら考えたくない事も頭をよぎるんだから、さ。


その巨漢はでも意外にタフだったんだ、唸り声がふいに止んで。

わたしの頭の上にその大きな手が。

大き過ぎるよ?すっぽりわたしの頭が入っちゃう。


巨漢は確か、カイオット・・・て名前だったかな。

わたしの頭に乗せられた大きな手の主を見上げる。

片膝立ちになって地面に腰を着けて座るカイオットは、ぽんとわたしの頭をそのまま撫でながら一息吐くと、


「はー、傷は塞がった。痛みも、はー、まるで感じねえ・・・へへ、あん時みてえだ。動く、うおおおおお!」


カイオットは記憶から、わたしの姿を追っているのかも知れない。

あの時みたいだと言うあの時って、京ちゃんにフルぼっこされた時だよね。


カイオットは酷く酔ってて、わたしは食堂からバイト帰りで、京ちゃんはいつも通りいつものテーブルに座ってて、カイオットは酒場の客に乗せられて京ちゃんに不用意に絡んで。


一方的に京ちゃんはカイオットを圧倒した。

それはまるで、腕の生えたゴム毬みたいに。


カイオットが気を失う度、わたしはヒールを唱えた。

ゲーテが以上にしつこかったのか、カイオットの諦めが早すぎたのか解んないけど、二回ヒールをわたしが唱える間にカイオットはぶるぶる震えながら強者に対する礼だ、と京ちゃんの前に跪いて右拳を地面に擦り付けて降参したっけ。


思い出した。

京ちゃん、降参したカイオットをまだ蹴ってたんだよ、『目付きが気に入らないからやり直して、はい。最初から!』って言ってカイオットの顎を蹴りあげたら、浮いた頭を踏んで地面に擦り付けてたなー、やり始めたらいつもブレずに徹底的にするのが京ちゃんだもん。


結局、カイオットと京ちゃんの死闘が終わった後ろには半壊した商店と、散らばった商品と頭を抱えてる店主が居たのをなんと無く覚えてる。

カイオットの巨体を蹴って京ちゃんが遊ぶんだから、周りの被害だって相当になって当然だったんだ。


「ありがとよ、性悪エルフは気に食わねえが、ニンゲンのお前はいい奴だ。・・・どっけえぇー!俺様が相手になるぞ、くそオークどもーっ!」


血が足りないんじゃなかったの?

わたしが治癒したカイオットは、ぶんぶんと頭を振って立ち上がると足元で見上げるわたしに目を落とし京ちゃんの憎まれ口を叩きながら御礼の言葉を言い、腕を振り上げオークの群れに向かって吼えながら突貫していった。


「はあ、治ったんならゆっくり休んでくれたら良いのに。」


さすがに疲れた。

背中の後ろで両手を支えに足を投げ出して、ゆっくり息を吐いて休憩を取る。

血だまりがない事はちゃぁんと確認しておいた。


いつ現れたのか、長い黒髪を風に揺らしてわたしの目の前で金色の瞳がにこりと微笑む、その刹那。


「──ダルテ!」


京ちゃんは右掌をまっすぐ伸ばし、わたしから見て左の方に何物をも凍てつかせる凍気を解き放つ。


すると、ジピコスが新手だと叫ぶその方向には駆け込んでくるオークの群れが!

凍気に触れると触れた所からパキパキと爆ぜて、生きたまま凍りつき息絶えるオークの群れ。

なんだろう、どう言ったらいいかな?極々狭い距離を絶対零度の超寒波が吹き荒れた感じ。

そしたら、切り倒されてた樹々諸ともオークの群れが、凍てつかされて氷の壁になっちゃったってゆーか、こうなっちゃうから死人を一杯出してても、オーク達の中央の群れに間違ってもダルテは使えないんだろーね。

そしたら冒険者達も纏めて、氷の壁の物静かなオブジェになってしまうから。


「凛子ちゃん?前に出すぎると、死ぬわよ。」


ダルテを解き放つと、そのままわたしに向かって歩いて来る京ちゃん。

そんな暇あったら中央のオークを一匹でも斬ってればいいのに、わたしの心配してくれた?


「うっ、京ちゃんと並んで戦いたいのにな・・・痛っ。」


わたしが京ちゃんのキラキラ輝く妖しい宝石みたいな瞳を見詰めながら思った事を吐き出すと、鼻先に鈍痛が走る。

よくやられる事だったりするデコピンだよね、ほらね。

鈍痛を感じてすぐ俯くけど、堪えて視線を京ちゃんに戻すと掌を広げてニコニコ可愛く微笑う、あれだよ、ゲーテをひたすらフルぼっこさしてたあの時の嫣然とした、見る者が魅いってしまう凶悪に美しい笑顔。


「うーれしいこと言ってくれちゃってえ。でも、まだ早いかな。いい?凛子は出来る事を出来るだけすればいいの。」


「うん。京ちゃん頑張って。」


楽しんでる。

この場で、こんなに血塗れの地面で、血だまりが出来てて、今この瞬間にも死体が生まれるかも知れないアスタリ山で、誰より京ちゃんはオークと戦う・・・ううん、魔法をありったけ叩きこんで縦横無尽に駆け回って、オーク達を蹂躙するのが楽しくて堪らないって顔、なんだと思う。


凶悪なそのニコニコ笑顔を振り撒きながら、わたしに一言注意するとくるりと反転して、歩き出す京ちゃん。

思い出した様にわたしに振り返ると右手で後ろからオークに向かって振りかぶって、


「──ダルキュニル!」


無造作に中央のオーク達の奥に投げつける氷塊が柱の様に突き立つ。


アハハハ!と京ちゃんは笑い声をあげながら歩き出し、そのまま軽く手を振る。


少しすると冒険者達の中に京ちゃんの姿はかき消えて。

だけど、


「怪我人を後ろに運び出して、前線は戦える者だけに。一人でも生かす、解ったら動けっ。」


そう言う京ちゃんの冷たいけど、意思のある凛とした声がその場に響いて、わたしの元へも届く。


京ちゃんの命令で冒険者達は息を吹き返したみたいに動き始めるんだ、まるでその光景は映画の中の英雄とかヒーローみたいで。

普段の変態でちょっとズレてる行動の京ちゃんを見てるわたしには、とても同じ人に思えなくて我慢しきれない、思わず笑いが溢れる。


「京ちゃんの声で周りが動く、イライザ様はどこまで行ったの・・・」


この場のオークを早く片付けてどこに言ったか解らない、ううん。

確かゲーテが言ってたっけ?イライザ様は奥に行ったって。


ここにオークが押し寄せてるって事は奥はもっと多くのオークの群れに囲まれてるんじゃないかな・・・どうか生きてて!イライザ様。

不安だらけで、でも。

イライザ様の無事を祈ってたんだ。






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