死屍累々──獰猛の目覚め 4
「ああ、化け物だよ。その化け物をイライザ様は負かしたんだぜぇ、援軍なんて姐さんと凛子だけでじゅーぶんってなもんだろ。」
ジピコスは姐さんと自分等が敬い、担ぎ上げたシェリルが強い事は骨身に染みて知ってるし、イライザの圧倒的な破壊力をその瞳に焼き付けていた。
フローレはそのどちらも聞きかじり程度で実際には見ていないのか、ふん、ふんと聞いているだけで特にどうという事は無い。
もう充分だ、と見切りを着けたフローレの興味は別の事に移ってしまった。
フローレが興味を示したのはシェリルでなくて凛子の方にだった。
『ちょろちょろと仕切りに動き回り、なるほど。回復役なら援軍としてはぴったりかー、でもなぁ。一人じゃ足りんよ。ジピコスめ、二人で充分て・・・あたいをバカにしてんよ。』
フローレは遠くを見るように細目で凛子の行動を追いながら思う。
そして、ジピコスに視線を戻すと鼻先まで顔を寄せて視線をまた逸らし、
「あっちでヒールしてるニンゲンか、確かにー。ヒール出来る奴居れば少しは変・・・」
「あのな、あのヒールなきゃ姐さんにとっくに俺もゲーテも殺されてたわ。ヒールがあんなに速効性じゃなきゃな。」
声に出してジピコスに抗議すると、話す途中で遮られてゲーテとジピコスの命の恩人めいて説明されなおかつ、凛子のヒールが如何に凄いかを褒める。
その態度にフローレの世界ではピキッと空に皹が走り、パキパキパキと音を立てて崩れ、やがてフローレはフルフルと怒りを抑える様に震え出し、
「傷口を塞ぐくらい、あたいのキュアだけで。」
くるりとジピコスに向き直ると青筋も露に不機嫌そうなフローレは両手を広げて言葉を放つついでに必要も無いのにジピコスにキュアを唱えた。
「速効性、はねえよな?フローレ。」
キュアの効果を瞳で確認しながらジピコスは念を押す様に、目の前で不機嫌そうに睨み付けるフローレの肩をぽんと押して問いかけた。
そもそもキュアと、ヒールではその使用効果は違うのだから当然なのだが、キュアはじわじわと元からある治癒力をちょっと高めてくれる時間任せな部分がある分、ヒールの様な即効的では無いのだ。
「う、・・・うん。」
キュアとヒールの違いを脳内で考えながら、勢いで頷くもののやはり腹の虫が収まらないフローレは、
「無いけど、あのちびが居ないとダメってわけでも無いだろー、ジピコスのロリコン!」
そう言ってあかんべーをして腰の横で揃えた両手にぎゅうっと力を込め、ジピコスににじり寄る。
ジピコスの言わんとする事が何となく理解出来たが、長年partyの傷をキュアで癒してきたフローレは妬いていた。
容姿がフローレとまるで反対な小さな治癒師を瞳にして、しかも、どうみてもフローレより10は若い、まだ子供を抜けきれてはいないだろう幼女をだ。
考え出せばジピコスは自分の容姿よりあんなのがいいのかと思えて、より業腹となるフローレなのだ、この瞳の付け所の違う嫉妬にジピコスが気づけば優しくこう言っただろう、
『どうみても、胸がある方がいいに決まってら。比べてみろよ、なぁ、フローレがまけてるとこなんか、どっこにもありゃしねーだろ?フローレだけを見てるわけにゃいかねーが、一番はお前だぜ。じゃなきゃとっくに他の奴に変えてんだろ?解れよ、いい女だよフローレは。』
「フローレとあと何人かキュアは使えるが、凛子のヒールを見てろ。どだ?」
するとジピコスは飄々と後ずさりしながら、話の途中に人差し指で凛子を指差す。
訝しむ様に指差す方に視線を追ったフローレだったがその顔がみるみる内にヒクヒクと引き釣っていく。
それは敗者のそれだったかも知れない。
フローレは信じられないものをみたと思えて悔しかった、その治癒力を。
今までヒールを使う所は見た事が無いわけで無いのだが、ジピコスの指差す先で起こる光景はフローレの持つ言葉で表すならば奇跡。
傷がぽわわんとした白い光に包まれるとみるみる内に塞がってしまう上に、病人のような表情だった冒険者がいきなり元気になった自らの身に何が起きたか解らずに『?』を頭に貼り付けしばらく両の掌をじぃっと交互に見詰めてからぎゅうっと握り締め、歓喜なのか涙を流したのが観察していたフローレの瞳にも解ったからだった。
「え、傷口が塞がるだけじゃない、・・・血の気が引いてたのに生気が戻るみたいに。なんだよ、ヒールにあんなのあったか?」
思わず上擦りながらジピコスに今見た光景は真実か?とがっくりと肩を落としたフローレは訊ねた。
「いやぁ、無いだろ。凛子のヒールだからだろーぜ。」
よく回復魔法の事は解らないジピコスは濁す様にフローレに答えた。お前の領分だろそれは、と思いながら。
実は回復量の差に問題があるのだがそんな事にジピコスも、同じ回復魔法であるキュアを長年使ってきたフローレも気付いてはいない。
それは勿論、当人である凛子も気付いていない領域だったし、回復魔法を使って回復する時間があるなら、アイテム使って攻撃魔法でモンスターを倒す方がいいに決まってる、と回復魔法に興味なかった京が知るべくも無いこと。
知らない事を京が教えられる筈がないので、凛子が知らなくても当然なわけだった。
「おいっ、ジピコスっ、フローレ。つっ立ってねーで戦え!」
そんなジピコスとフローレが、イチャイチャしてると思っている人物がいた。
ティーゲニアのジャバーだ。
ジャバーは額に怒りを滲ませ、眉を釣り上げて叫ぶ。
ジピコスとフローレがそれに気付いてジャバーに向き直ると、彼は怒りを隠せずに打ち震えている所だった。
数は少ないがまだオークは散発的に姿を現し、なし崩し的に冒険者の拠点になってしまっている木々のトンネルが囲う山道で、大分減ってしまった現在の戦力だけでは冒険者側は弾き返すのが精一杯になっていた。
頼みの援軍をジピコスが引き連れて来たと思えば女が二人で、それも一人は小さな子供にしか見えないのだから、ジャバーが苛立つのは頷けてしまう。
「ジャバー、知ってんだろ?俺は獣化はイマイチだってよ、フローレだってサボってるわけじゃねーよ。な?勉強だろ、フローレ。」
「あ、・・・そう!そうだ、勉強だろー、サボってねーよー。ジャバー、あははは。」
飄々とした感のある口調でジピコスが話をフローレに振り、ジャバーの視線もフローレに移るとジピコスはふぅと胸を撫で下ろす。
まともにジャバーとはやりあえないし、頭だけはジャバーよりもフローレにも勝っていると思ってはいるジピコス。
むしろ、頭以外ではパワーもスピードでもジャバーには敵わないし、舌戦になればフローレは適任と言えた、言い負けている所をジピコスは見たことがない。
ジピコスは相手の語気に飲まれてしまう事もあるが、フローレは違う、先祖の血で言うとフローレは濃い方。
生まれも街ではなく砂漠らしいし天然の砂狐と言えた、獣化を含めてジピコスは種としてフローレに勝てる所が無い。
一瞬きょとんとしたフローレは脳をフル回転させながら、ジャバーにそう言って応えると、
「ちっ、仲のいい事で。羨ましいわ、俺だって故郷に帰りゃ女の一人居るんだからなっ。」
横を向いてジャバーは口内に溜まった唾をぺっと吐いて、舌打ちをするとどちらに言う訳で無く強がる様に呟いてからジピコスの顔を見て睨み、フローレのたわわな胸を盗み見して鼻を伸ばす。
「ひがむな、ひがむな。」
ニヤリと笑ってフローレは、にやけ顔から一瞬で顔がカチンコに固まったジャバーに近付き、ぺちぺちと頬を叩く。
くるりと反対に180°回転すると、
「そんなだからモテねーんだぞ?知ってたかー?と、あたい余計な事言ったか?」
今度はジャバーの顔を見ないで人差し指をちちち!とフローレが振りながら喋る。
ジャバーはその言葉に顔を真っ青にしノックアウトされてしまうと、ズルズルと膝から崩れた。
倒れる音を聞くと横目で、ジャバーをちらりと見たフローレはジピコスに視線を移す、その間も口は動き続けさせて。
「言った。ジャバー落ち込んでんだろ、キュアしてやれ。」
何とも言えない顔でフローレが話を振ると、頭を掻いて苦笑いを浮かべ、タラリと汗を足らしながら唇の端を下ろしてジピコスはジャバーを見ながらフローレを諫める様にそう言った。
『フローレも悪くはねえ、いい女だし同じ砂狐だし煩い親も無しって話だ。・・・口に栓でも出来りゃ、だがなぁ。俺よか立つあの口を閉じさせなきゃ・・・』
ぐったりと崩れたジャバーと、更に追い討ちを知らず知らず掛けているフローレを順繰りに視線で追いながら、ジピコスが呆けた様に思案していると目の端に動くものを捉えた。
それは異変にいち早く気付いて翔ぶ様に、シェリルが目の前を駆けていく残像。
視線でシェリルの姿を追う内に、ジピコスの鼓動が急に激しくビートを打ち叩き始める。
『姐さんが向かう方から嫌に多い数の気配がする、ッ!・・・オークがこんなに居るのかよ!』
次の瞬間、オークがシェリルの前に躍り出て次々に手に手に持った、集落から奪い取った物だろう武器を振り上げる。
だがしかし、オーク達が存在したのはその時までで、振り下ろすより早くシェリルが吼えて、
ウオオオオっっっ!!
その刹那、横薙に斬り払う剣閃が並んで現れたオークを、真一文字に斬り裂いて辺りに血風が舞う。
ニヤリと微笑うシェリルは更に返す剣先で、肉塊に変わったオークの奥に飛び込んでいく。
その笑い顔はすうっと婀娜っぽく変わり、この状況をまるで楽しくて堪らないと言っているようだった。
シェリルの姿を追う先に凛子の姿を見つけたジピコスは、高まる心音を落ち着かせ様と胸を片手で抑え、もう片方の腕を振り上げると、『後ろは凛子に任せりゃいいか、俺がやるべきだ。オークの襲撃にまだ気付いてねえ奴らに知らせる役は!』そんな事を思案しながら唇を噛むジピコスが腹を決めた様にカッと眼を大きく見開き、
「動ける奴は姐さんの後ろへ続けぇっ!オークを片付けるっ。」
そう言ってジピコスが必死に叫ぶと、冒険者達もそれに応える様に立ち上がりオークに向かっていった、口々にザワザワとざわつきながら。
フローレがなにか可愛く見えてくる不思議。
次回──昼くらい。