死屍累々──獰猛の目覚め 2
噎せ返る血の匂いを我慢出来ても、足の踏み場の無いほどオークの肉塊に混じって、遺体が転がるそんな中でゲーテは息はしているものの、あちこち返り血かも解らない血塗れで、一本の木を背もたれに苦しそうに立ち上がれないでいた。
今、居るのはクドゥーナに初めて会ったアスタリ山の青々とした木々のトンネルが続く山道の途、脇道に入った所て、何でこんなとこ?
「説明がまだだったよな──」
疑問を晴らすように、説明してくれるジピコス。
しかし、話が長いから要点を抜き出すと・・・。
ここまでウルフ一匹と出会さずに、集まった冒険者達を引き連れたイライザ様の『鉱山のドラゴン討伐隊』は順調に唯ゆっくりと歩を進めて来たらしいんだけど、見通しの良かった山肌剥き出しの道から、木々のトンネルに足を踏み入れてしばらく進んで休憩を取る、ダンゼからの命令だったそらしいけど、イライザ様が喉でも渇いたって言ったんじゃないかなー、きっとね。
討伐隊は山道の脇や、冒険者の誰かが、脇道の先に見つけた木立に腰を下ろして休憩となったわけで。
特に問題も無いまま、休憩終わりの合図が聞こえて来たけどゲーテや、ジピコスのpartyの仲間、ジャバーとフローレって人達はそんなに急ぐ必要無いって思ってたらしい。
広げた食事や酒を片付けてジピコスが、最後に欠伸混じりに腰を上げようと膝に手を置いたその時、馬車か荷車に付けられていたぽい警戒の鐘が打ち鳴らされて、誰かの叫び声と断末魔が聞こえてきたんだって・・・オークだ、オークが出たぞおーっ!って感じ。
この時、数まで解らなかったけど警戒の鐘が鳴り止まない。
ゲーテも背中の大鉈を抜き放ち、ジャバーとフローレも後に続いたからジピコスもダガーを構えて鐘が鳴る方、歩いてきた山道へ躍り出る。
もう、そこは戦場だった。
要は、休憩してたらオークに襲われたって事をくどくど話すよね、ジピコスは。
「オレンジ、ほらオークの肉だ。どんどん食え、ゲーテの生きてる礼だ。」
ジピコスは説明してくれる中、思い出したように地面に伏せてるオレンジの頭を撫でてそう言うと、足元のオークと思われる肉塊を蹴ってオレンジの前に寄せた。
したら、オレンジは饕る様に肉塊にがっついちゃう。
燃費悪いから、お腹空いたよね。
オレンジは『美味い』を連呼して、狙ったわけじゃないんだろーけど、動かないくなった遺体に嘴を近づけたから、
「オレンジ、ダメっ!」
つい叫んじゃった、うん・・・判別付かないよ、残骸と肉塊じゃね。
オレンジはビクッと震えてから、わたしに顔を向け『なんだよ』て言う。
だから、これは餌じゃないのオークなら食べていいって事をオレンジに躾るぽく喋ると、『へっ』とだけ言って解ったのか、解ってないのか大きめな肉塊に嘴を刺して饕りついてた。
はっ、と痛い視線に気づいて、ジピコスに顔を向けるとポカーンと口を開いて、わたしに指を震わせて差してくる。
「オレンジと喋ったのかよ?」
「温泉の時から喋れたでしょ、今更だよ?」
わたし達だけは何故か、シャダイアスの喋る声が聞き取れた、ジピコスは聞き取れないぽいんだ。
単にヴェー、とかヴェヴェーしか聞き取れない事もあるにはある。
それの時は鳴き声なんだと思う、考えても解らないしオレンジに聞いても『ヴェーはヴェーだ。』みたいな答えだったし。
「そんなことしてる場合かしら?」
京ちゃんが何かの気配に辺りを警戒するぽく、左右に首を動かし視線の先に何かを捉えたのか、すうっと厳しい目付きに変わってからカッと大きく眼を見開く。
わたしもスピニングを取り出して矢を番えようとしたその時。
「レイジングゥ、スラーッシュッ!」
京ちゃんの視線の先で木々が揺れると、咆哮を上げて何ぴきかのオークが飛び出した。
そこを、狙い澄ましていた一撃が切り裂く。
真っ直ぐ突き出された刀身は、剣閃を連れて朱く輝きながら被さるよう躍り出た数匹のオークを爆ぜさせた。
京ちゃんの仕留めそこなったオークを一匹、わたしも矢を放って撃ち抜いた!
隣ではジピコスが、素早くダガーをオークに斬りつけているけど、致命傷でないのかオークが大きく吼えて、手にしたボロボロの長剣を振り上げた。
あー、と思った刹那、京ちゃんの返す剣閃がオークの胴体と首をバイバイさせちゃう。
主を失ったボロボロの長剣は、音を立てて地面に落ちた。
気付けばホントに僅かな時間で、また新たなオークの肉塊が目の前に積み上がってて、それと京ちゃんが一息吐いたのを見て安堵して、弓を下げた。
とりま、終わったぽい。
「こっちは助からねー、クソ!遅かったのかよ。凛子ぉ、ヒールだ。倒れてる奴らの傷を癒やしてやってくれっ!」
ジピコスが喋ってる間にヒール出来たよね、わたし。って思うけど、終わった事は戻らない、死んじゃった遺体が甦ったりしないの知ってるから。
頭は、脳内は、それが解ってて酷く冷静なのに返事するってなると、
「ひ、ヒールッ!解る、解っちゃうよこんなの見せられたらっ。」
喉が・・・カラカラに渇いて、声が上擦っちゃう、ヒールをジピコスの足元の遺体に唱えたよ、もう死んじゃったって解るのに。
見える限りの五体ある遺体にも、ヒールを掛けて回ったけど、遺体から息は吹き返す事は無くて。
だって、周りに動いてる人は居ないもん・・・。
結局。
この脇道の木立で、助けられた人は居なかったんだよね、無力さに、やるせなさに襲ってくる脱力感と集中力が切れて、蒸し返す嫌な吐き気。
オークの新しい血が雑ざって、酷く濃い鼻の奥を突き刺すみたいな匂い。
「イライザが居ない?」
脳内まで噎せ返りそうだったわたしにも、京ちゃんの悲痛な叫びが届いて我に還れた、そうだよ、イライザ様がここには見当たらない。
「イライザ様ならもっと奥だ。クソっ、俺がもっと強ければ・・・っ。」
京ちゃんの問いかけに答えたのは、やるせなさそうに地面に出来た血だまりをぼぅっと眺めているゲーテ。
ジピコスが言ってた、ゲーテは頑張ってたじゃん、思ってもどうしてか声は出せない。
空気を呼んだよ、わたし。
今、何を言ってもゲーテには届かないんじゃないかって思ったから。
「酷い顔ね、ゲーテ。違うでしょう?わたしを殺そうとした時のあなたは・・・もっとがむしゃらに向かって来たじゃない。・・・突っ込んでいきなさい、ゲーテ。寝てる場・・・」
「姐さん、違うんだ。ゲーテはしばらく動けない、獣化を真っ先にしてオークの群れに突っ込んでいったんだからよぉ。叱らないでやってくれ。」
わたしの考えとは真逆に、つかつかとゲーテの前に立った京ちゃんは、前屈みになって冷たい口調で嘲るようにゲーテの顎をくいっと摘み、視線を絡めるぽく瞳を覗き込む。
前にも見たことのある、ゲーテの貌。
心を何処か無くしたみたいな、気の抜けた呆けた表情。
力の籠らない双眸は、出逢った日のあの京ちゃんに心を手放すまで詰られ、誇りを滅茶苦茶にされて精神的に殺された、あの時を思い出す瞳の色をしていた。
ゲーテのあまりの変わりように、一瞬ぎょっとしたジピコスが空かさずフォローに入り、後が怖いのも忘れて京ちゃんが喋るのを、遮ってまでゲーテの顎を摘む手を掴んで間に入ると、掴まれた左手を黙ってじぃっと京ちゃんは見詰めてから、
「そう。じゃあ充分休んだら、周りのオークは全く居なくなっていても文句言わないでよ?くすっ。」
笑っていた。
この場に合わないくすくすと、手を口許に翳して可愛く微笑う京ちゃんに、でもどこか救われた感じがした。
それから、ゲーテをジピコスが肩を貸しながら立ち、わたし達はオレンジのシャダイアスを連れて山道に戻る。
脇道から陽光を遮るような、木々のトンネルに合流してそこから少し進むと、木々が囲いこむように生える山道は大きくカーブを描き、風に乗ってまた血の匂いが強く漂ってきた。
カーブを抜けると、噎せ返る濃い血の薫りに咳き込み、食道を逆流する吐き気が甦って、そのまま脇にしゃがみ込んでしまうともう我慢できなくてリヴぁース。
目の前は下り坂になっていて、更にその先には食料や、雑多な必需品を運ぶ為の荷車らしき残骸と、ここで本隊が襲われたのだと教えてくれる、夥しい死体の山とそれとは別に別けられたオークと思われる肉塊。
生きている冒険者達も力無くへたりこんでたり、生気の無い瞳で遺体を流れ作業の様に積んでいたり。
すると、わたし達の姿に気付いた冒険者が立ち上がると、二人近寄って来てわたし達を通り過ぎ、一人はジピコスに掴みかかってて、もう一人はゲーテに話し掛ける。
ゲーテと、ジピコスのpartyの人なんだ多分。
次、新キャラ──ゲーテのparty仲間登場。
初期プロットとキャラが全然違うよ、フローレたん。
次回!──昼頃ぅp出来ると思ったり。
笹茶屋は喋るより速く動いてます。