八話 竜鎧機、リャシャ山脈を越えて
アルメーナ大陸北部、リャシャ山脈群。その上空をタカトはドルグオンを駆って飛行していた。
ドルグオンの前方には、先行する形でフィルメリアの搭乗するイーグレアスの姿もある。彼らは早朝からこの地一帯を飛びまわっていた。
朝、タカトに伝えられたトンボ型生産拠点の任務。昨日のタカトやアリウスの話から、ザージエスサテラの生息地域に何かしらの手がかりがあるのではないかという結論となった。
ゆえに、少しでもトンボ型の情報を掴むために決行された上位鎧機のみによる探索任務。ヴァリエラドを連れず、四機だけで当たる理由は今回は戦いに勝つことを目的としていないからだ。
この作戦の狙いはあくまでもトンボ型の情報を得ること。ゆえに、もしトンボ型の大群に出くわしても、単独で切り抜けられる上位鎧機のみで決行する事に決めたのだ。この四機ならば、航空速度や性能差でトンボ型を振り切って逃げることができると判断した。
探索は東と西で二手に別れて行われていた。
東をタカトのドルグオンとフィルメリアのイーグレアス、西をグレオノのブルディレオとレミドナのホースレブカ。
現在、東側をタカトとフィルメリアが上空を飛び続けて当たりを探索しているのだが、初めて二時間、未だ何の釣果もない。
通信機越しに二人は会話を交わしながら、鎧機を飛行させ続けていく。
『もう少し東にいってみましょうか。タカト、高度を下げるわよ』
「了解。イーグレアスに合わせる」
雲を押し潰しながら高度を下げるイーグレアスに続くように、タカトも足元の高度ロックペダルを解除し、ゆっくりと降りていく。
山々より高度百メートル程度の位置に高度を固定し直し、タカトは軽く息を吐きだして言葉を紡いだ。
「しかし何も出てこないな……この山脈が一番ザージエスサテラが多い場所だって話だけど」
『まだ始まったばかりなのに弱音は吐かないの』
「ごめん、そんなつもりじゃなかった」
素直に謝るタカトだが、通信機の向こうからフィルメリアの可憐な笑う声が聞こえ、彼女が怒っている訳ではないことに気付かされる。
頭をかくタカトに、やがてフィルメリアはそっと訊ねかけるように言葉を紡いだ。
『ねえ、タカト。このトンボ事件にあなたの言う通り黒幕……犯人である人間がいたとして、それはいったいどんな人間だと思うかしら』
「突然な質問だなあ。うーん……まず、第一の条件が鎧機に詳しいこと。そうじゃないとアリウスさんですら分からない、新たな鎧機の創造なんてできっこないと思うし……あとは、王家かこの国に恨みを持つこと、かな。最終的な標的が王都だとするなら、それが一番理にかなってる動機だと思う」
タカトの推測を、フィルメリアは黙したまま耳を傾け続けた。
そして、小さく息をつき、胸に溜めていた言葉をタカトに告げる。
『タカトの考える犯人像、それに当てはまる人間を私は一人知っている。ううん、私だけじゃない、お兄様も言葉にはしないけれど、今回の件の犯人なんじゃないかって思ってると思うわ』
「それは……もしかして、昨日の話に出ていたブロルカって人?」
タカトの言葉に、フィルメリアは沈黙で応えた。
それは無言だが肯定を意味していると、顔を突き合わせていないタカトにも伝わってしまう。
やがて観念したように、フィルメリアはタカトに話を続けた。
『ブロルカはこの国で一番誰よりも鎧機に詳しかった。リメロアの格納庫に眠っていたイーグレアスとホースレブカを呼び起こし、私たちと結びつけたのも彼の功績。鎧機の力を誰よりも認め、私たちが上位鎧機を動かせる今、『神々の血脈』が完全に薄れてしまわない内に他国を侵略するよう何度もお父様に進言していた。それを受け入れられず、お父様たちに愛想を尽かして出て行った……確かに動機は十分過ぎると思う。だけど、それでも私たちはブロルカが絶対に犯人だと言い切れなかった』
「その理由は……」
『ブロルカは過激ではあるけれど、誰よりもこの国を愛していたわ。常に国を守ること、国の民の発展を願い、そのために尽力する事を厭わなかった。その精神は気高く、お父様やグレオノよりも王として相応しかった。王位はお爺様の決定により、お父様が継ぐことになったけれど……ブロルカは文句も言わず、お父様こそ民のための一番の王と支え続けたのよ。お兄様はブロルカのことを良く言わなかったけれど、それは愛情の裏返しでもあるの。お兄様が鎧機に熱をあげ始めた理由、それがブロルカだったから。お兄様はブロルカに憧れ、ブロルカみたいになりたいと考えていたの……城から出て行って、あんな風に口汚く言うようになっちゃたけれどね。かつてのブロルカはお兄様が心奪われるほどに立派な人間だったの』
だけど。そう一度言葉を切ってフィルメリアは彼が変わっていったことを説明する。
『ここ数年の間、ブロルカは急に過激な進言をお父様に重ねるようになった。薄れゆく『神々の血脈』に危機感を訴え、隣国との友好はいつまでも続くものではないと主張し、兵を増強し、打って出る用意をするように何度もお父様と口論していたわ。なぜ、ブロルカが急にそんなことを言い出したのかは分からない。結局、お父様たちのもとから去ってしまったけれど……ブロルカはいつだって民や国のことを第一に考えていたの。そんな彼が、今回の事件を起こしたなんて私たちには考えられないのよ』
フィルメリアの説明に、タカトはブロルカという人物を脳裏に描いていく。
彼女の話では、ブロルカという人物は王族、貴族として立派な人物だ。民のため、国のためという思考をもとに動き続けた姿は民の誰もが理想とする王家の姿だろう。
タカトが気になるのは、ブロルカが犯人かどうかではなく、どうして突然過激な主張をするようになったのか。
国と民を想い、例えば土地が痩せていたり貧困に喘いでいたという理由によって、他国を攻めるという主張になったのなら分かる。納得はしたくないが、自国の民を救うために戦争を起こすのはタカトの元の世界でも歴史上なかったわけでもない。
だが、この聖リメロア王国は人々が飢えに苦しんでいるわけでもない。平穏な国、それがタカトのリメロアのイメージだった。
この平和を壊してまで、ブロルカが戦争を訴えて始めたこと、それがどうしてもタカトは気にかかった。犯人かどうかは分からない、だが、現時点で一番怪しい人間は彼であることは確かだ。
少し考えた後、タカトはフィルメリアに声をかけた。
「ブロルカさんはどうして急に考えを変えたんだろう」
『タカト?』
「もし、フィルメリア様の言う通りの人間なら、何の考えも無しに戦争や侵略を訴えるなんて思えないんだ。ブロルカさんが過激な主張を行うに至った理由……そこに何かが隠れているような――」
タカトはそれ以上言葉を続けられなかった。前方を翔けるイーグレアスが動きを止め、手に持つ槌型銃を構えたからだ。
その姿を見て、タカトは索敵モニターにいくつもの正体不明の反応が発生したことに気付いた。方角は東、数は八機。
慌ててブレーキをかけ、タカトは右手で操縦桿を握りながら驚きの声を上げた。
「敵影!? 数は八機……フィルメリア様!」
『現状待機。敵の姿を映像で確認するわ。タカトも拡大して』
「了解!」
フィルメリアの判断を仰ぎ、タカトは左レバー横のボタンを長押しして、遠方の敵機を確認した。
モニターに映し出された拡大映像、それを見てタカトは目を見開いた。トンボ型が六機は予想通りだが、後方に位置する二機が彼の目を捉えて離さない。
最後方を翔ける二機の鎧機、それはタカトが初めて見る虫鎧機だった。巨大な一本角を有する兜と焦げ茶色の全体色、重鎧という表現がぴったりあうような虫鎧機の姿に、タカトは言葉を漏らさずにいられなかった。
「カブト虫型……こいつら、トンボ型だけじゃないのか!?」
『映像確認を終えたわ。タカト、離脱するわよ! グレオノとレミドナに連絡を取りつつ、南東にて合流するわ!』
「りょ、了解!」
イーグレアスと並ぶように、タカトはアクセルを踏みこんで迫る敵機から離れていく。
上位鎧機のなかでも速度に優れる二機の加速は凄まじく、虫鎧機は追いつけない。どうやら新型のカブト虫型も速度は出せないようだ。
少しばかり安堵の息を吐きつつも、決して気を緩めない。加速を続けながら、タカトはフィルメリアに訊ねかけた。
「合流した後どうする? このまま王都まで下がるのか?」
『そのつもりだったんだけれど……あの感じだと、あいつら王都までついて来てしまうかもしれないわ。敵は八機、可能なら私たちだけで撃破したい。そして、こいつらがどこから出てきたのかを特定してしまいたいの』
「新型機が二機いるけれど」
『その性能も知っておきたいわ。近日中に敵の生産拠点をせめるとき、戦闘情報は必ず役に立つはず。本当ならあれをお兄様に持ち帰りたいけれど、それは欲張り過ぎというものね。今は二人と合流することに集中しましょう』
「分かった」
大空を翔け抜け、タカトたちは無事にレミドナたちと合流した。
状況を既に通信機によって教えられている二機は武器を構えて戦闘態勢に移行していた。
各機が揃ったことを確認し、フィルメリアは指示を送った。
『敵はトンボ型六機、正体不明のカブト虫型二機。戦場では常にドルグオンとイーグレアス、ホースレブカとブルディレオの二組が協力して各個撃破を行うこと。新型はどんな性能を持っているかは不明だけど、トンボ型よりも鈍足よ。それは頭に入れておいて。イーグレアスとブルディレオの砲撃のちにドルグオンとホースブレカは突貫して頂戴』
「了解!」
『タカト、あなたはこの戦場で自分の思うままに好きに動きなさい。私がその動きを全てフォローするわ。私のことを助ける、援護するなんて考えなくていい、あなたは戦場を自由に飛びまわり、敵を倒すことに集中しなさい。いいわね』
「あ、ああ!」
フィルメリアの指示にタカトは力強く頷いて応えた。
まだ他機を援護するような戦い方を知らないタカトを自由にさせ、自分がフォローに徹することが一番彼を活かす方法だとフィルメリアは考えたのだ。
各機集まり、遠方から近づいてくる虫鎧機の群れを待つ。そして、距離が在る程度詰まった瞬間、待ってましたとばかりにイーグレアスとブルディレオから強大な光の柱が放たれた。
二機から放たれた砲撃を散開して回避する虫鎧機たち。群れから離れた鎧機を見逃さず、タカトはドルグオンを翔ける。
今回は夜戦ではなく、視界もクリアなので戦うことに何の障害もない。タカトは右レバーで武装を近接モードへと切り替えた。
ドルグオンの尾が分離され、雄々しい尻尾は変形して巨大な大剣へと変わる。その剣を握りしめ、ドルグオンはトンボ型へと飛び込み一閃。
自動照準に頼らず、移動状態のまま敵機に体当たりするように放たれた一撃をトンボ型が回避できるはずもない。袈裟懸けにされたトンボ型は大空から大地へと落下していく。
加速をつけたまま大きく反転しようとしたドルグオンに、狙いを定めた二機のトンボ型が尾の巨大針を放っていく。
ドルグオンを貫かんとする一撃だが、それが機体に届くことはない。彼の上空を華麗に飛行するイーグレアス、槌型銃から放たれるガトリングのような魔弾の嵐に、巨大針は爆散してしまった。
その煙幕を利用するように、タカトは機体を煙の中に突っ込ませてトンボ型に近づく。そして、距離を取ろうとするトンボ型の腹部目がけて右腕の有線式クローを発射し貫いてみせた。
残る一機も上空を飛びまわるイーグレアスの餌食だ。ドルグオンに勝るとも劣らない速度で羽ばたくイーグレアスから放たれる嵐のような散弾に、トンボ型は文字通り蜂の巣にされてしまった。
ドルグオンとイーグレアスの踏み込みによって、一気に三機ものトンボ型を仕留めることに成功した。
見事に二機を撃破したタカトだが、これが自分の力ではないことなど嫌でも気付く。今のは間違いなくフィルメリアのおかげだ。フィルメリアが『ドルグオンを活かしてくれた』からこそ、この結果があるのだと気付いている。
だからこそ、タカトは慢心も油断もない。心の中にあるのは、フィルメリアへの感謝と今を戦い抜くことだけ。
ドルグオンのアクセルを踏み込み、タカトは残る敵へと向かうのだった。
二人がトンボ型を撃破している間に、レミドナたちも三機のトンボ型を撃墜する事に成功していた。
トンボ型とカブト虫型、二機では移動速度の差が存在し、その差が部隊を二つに分けてしまっていた。ゆえにタカトたちは安全にトンボ型を先に処理する事ができた。
だが、ここからが本番だと誰もが理解している。遅れてやってきた二機のカブト虫型に、フィルメリアはカメラを向けながら指示を飛ばした。
『新型の性能はどれほどかは分からないから警戒して! 一機に対して必ず二機で当たること! いくわよ!』
イーグレアスからカブト虫型に向けて荒れ狂うような散弾が放たれ、それに合わせうようにタカトはドルグオンを加速させた。
次々にカブト虫型に着弾するイーグレアスの銃撃だが、カブト型は銃弾に貫かれる様子はない。見た目通り、かなり堅牢のようだ。
そのことを頭に入れながら、タカトは武器の選択を行う。クローでは貫けない可能性がある、選ぶべきは砲撃か剣か。
加速の力を利用するため、タカトは剣による攻撃を選択した。照準をカブト虫型に定め、ドルグオンを敵機に加速させながら迷わずトリガーを引いたのだが。
「なっ……!?」
ドルグオンの振り下ろした剣は、カブト虫型の巨大な角によって受けとめられてしまう。
剣を止められ、鍔迫り合うドルグオンと新型だが、完全に押しきれない。どうやら速度を大幅に削り、パワーに特化した鎧機のようだ。
力比べこそドルグオンが勝り、じりじりとカブト虫型は後退しているが、このまま剣を押し付けて角が折れるとも思えない。
タカトは斬ることを一度諦め、左レバーを後退させてアクセルを踏み込んで下がろうとした。だが、そのタイミングをカブト虫型は狙っていた。
羽を大きく広げ、大きく加速をつけてカブト虫型は角をドルグオンの腹部へと叩きつけた。
「くっ! こいつ、短時間ならこんな急加速ができたのかっ! なんとか脱出を――」
大きく揺れる機内の中で、タカトは何とかカブト虫型から逃れるために横へ逃げようとする。だが、それより早くカブト虫型が攻撃の一手を取った。
腹部に突きつけられたカブト虫型の角、そこからドルグオンに放たれたのは強烈な電撃だった。
「がああああああああっ!?」
『タカト!? っ、このっ! タカトから離れなさい!』
鎧機全体に激しく伝わる一撃、操縦者であるタカトも無事では済まない。身体中に響く痛みに、タカトは思わず悲鳴をあげてしまう。
通信機越しに悲鳴を聞き、イーグレアスが急加速を行い、タカトへ角を突き刺すカブト虫型に巨大槌を振り下ろした。
正面から叩き込まれ、カブト型は激しい音と共に下方へと吹き飛ばされる。距離が離れたことを確認し、フィルメリアは慌ててタカトに安否の確認を取った。
『タカト、意識は!?』
「あ、ああ、問題ない。少し体が痺れてるくらいだ。あんな攻撃手段があったなんて……迂闊だった」
『よかった……とにかく、相手は近接戦に特化した鎧機で確定みたいね。見た感じ、離れた相手に攻撃する手段がないみたいだし、遠距離から撃ち抜きましょう。散弾は駄目だけど、砲撃なら抜けると思うわ』
「分かった、俺も砲撃に切り替える」
短時間で作戦を話し合い、ドルグオンとイーグレアスは大空を高速で翔けながらカブト虫型に砲撃を開始した。
油断なく、丁寧に距離を取って戦えば難しい相手ではない。鈍足で遠距離攻撃を持たないカブト虫型では、完全に遠距離に徹したドルグオンとイーグレアスに追いつく手段は無い。
ドルグオンの頭部からの砲撃、そしてイーグレアスの槌状銃の砲撃。高速で動きまわる二機による波状攻撃から逃れられるはずもない。
イーグレアスの砲撃に下半身を潰され、大きく空中でバランスを崩す瞬間をタカトは逃さない。
高速飛行を続けたまま、即座にカブト虫型に照準を合わせ、攻撃モードを砲撃に切り替えてトリガーを引いた。
「これでっ!」
頭部の竜口より放たれた閃光はカブト虫型の胸部を貫き、完全に動きを静止させた。
大地に落ちていくカブト虫型を眺めながら、安堵の息をつくタカト。そして、すぐさまレミドナとグレオノの援護に向かおうとしたのだが。
『どうやらそっちも終わったようだね。お疲れー』
『こちらも全て掃討を完了した』
「あ……も、もう全部倒してたのか……それも接近戦で……」
タカトの見つめるモニターの先で、カブト虫型の心臓部を貫いた状態のままのホースレブカが鎌を悠然と振り回していた。
どうやら彼らは撃破するだけでなく、敵機の残骸を持ち帰ることにも成功していたようだ。
恐ろしいまでに卓越したレミドナとグレオノの操縦技術に、タカトは苦笑するしかなかった。自分なんてまだまだだと、心を戒めるのだった。
虫鎧機との戦闘後、タカトたちは再びリャシャ山脈東部の探索を行った。
その際に幾度かトンボ型と交戦し、これを全て撃破したのだが、新型のカブト虫型は姿を現さなかった。
トンボ型を撃破し続けながら、東に進むにつれてだんだんとその数が増えていることにタカトたちは嫌でも気付いていく。
そして、リャシャ山脈最東部のある地点で、タカトたちは巨大な洞窟となっている場所を遠距離カメラにて発見した。
そこから次々と飛び立っては周囲を警戒しているトンボ型。数にして五十機はゆうに超えているだろう。
恐ろしい程の数に息を呑みながらも、タカトたちはその場所こそがトンボ型の生産拠点であると判断した。
場所を記録し、トンボ型に見つからないように、タカトたちは王城へと帰還した。
いつものように王城の敷地内に鎧機を止め、操縦席の外へと転移する。外にはいつものように、シャリエがタカトを出迎えてくれたのだが、彼女の存在を掻き消しそうになるほどに存在感のある人物まで待っていたようだ。
「はっはっは! どうやら無事に帰ってきたようで何よりだよ、タカト君!」
「あ、ありがとうございます、アリウスさん。それとシャリエ、ただいま……な、なんで不機嫌そうなんだよ」
アリウスに先に挨拶したのが彼女的にあまりよろしくなかったらしく、頬を少し膨らませてシャリエはタカトを睨んでいた。
そんな彼女に首を傾げるタカトだが、すぐに彼女も機嫌を取り戻してタカトにかけよる。三人のもとに、降り立った他の操縦者たちも合流した。
「ただ今戻りました、お兄様」
「うむ、任務ご苦労だったな、フィルメリアよ。どうやらその顔を見るに、戦果は上々といったところのようだな。私的にはホースレブカの鎌に突き刺さっている新たな虫鎧機が気になってしかたないのだがな!」
「お兄様が涙を流して喜ぶ戦果だと先に言っておきます」
そして、フィルメリアは今日の戦場での出来事をアリウスへと語った。新型機のこと、敵の拠点のこと、その数。
茶化すことなく真剣に耳を傾けていたアリウスは、少しばかり深刻な表情をして言葉を紡ぐ。
「五十を超える虫鎧機か……拙いな。外でそれだけだというなら、内部にどれほど鎧機がそろっているのか、見当もつかない。百か、二百か……どちらにせよ、私たちにのんびりする時間は与えられないようだ」
「その通りです。敵が数を揃える前に、一刻も早く叩くことが必要かと。そこで私たちは明日、兵を揃えてリャシャ山脈へと向かうつもりです」
「それしかなかろう。だが、気になる……トンボ型だけでなく、カブト虫型まで現れるなど……虫たちの裏側にある者はどうやって鎧機を生み出しているんだ。ああああ、気になる! なぜ私にはできないんだ! その役目は、新たな鎧機を生みだすのは私の使命、天命、運命、役割だというのに!」
「お兄様、うるさいです」
王族にも関わらず、地面を転げまわって悔しがるアリウス。その姿は先ほどまでの真剣さが完全にどこかに吹き飛んでしまっていた。
そんな彼の姿を苦笑しつつも、タカトは心を引き締め直した。フィルメリアは今、明日全てを叩き潰すと宣言した。それはつまり、明日決戦を迎えるということ。あの数えるのも億劫になるほどの虫鎧機たちを相手に戦うということだ。
休眠化したドルグオンを抱き抱えながら、タカトは拳を強く握り締めた。恐怖は未だ心にあるけれど、今はその気持ちを必死に押し殺すだけ。
タカトの強張った表情を心配そうにのぞきこむシャリエ。そして、ふと彼女はタカトの腕から僅かばかりの血が流れていることに気付いた。
「タカト、タカトッ、腕から血が出てるよ!」
「え? あ、本当だ。操縦中に擦ったのかな。放っておけば勝手に止まるから大丈夫」
「またそんな適当なことを言う……部屋に戻る前に消毒しなきゃ」
そう言って、タカトを連れて医務室へ向かおうとしたシャリエだが、それより早くドルグオンが突拍子もない行動に出てしまう。
まじまじとタカトの傷を眺めていたドルグオンが、突然タカトの腕の血をぺろんと舐め始めたのだ。
ドルグオンの行動に驚くタカトたち。動物が傷を舐めようとする、ただの本能による行動なのだろうが、唐突だったので驚いてしまう。
別段止める理由もないので、タカトもドルグオンの好きにさせていたのだが、四度、五度と血を舐めていたドルグオンに変化が生じた。
ぴたりと舐めるのを止め、突如として虚空を眺めて停止したドルグオン。あまりに唐突に動きを止めたため、心配したシャリエがドルグオンを覗きこんで声をかけた。
「竜神様、竜神様、どうしたの?」
シャリエの声にも反応せず、停止し続けていたドルグオンだが、次の瞬間、ドルグオンの体が緑の眩い光に包まれた。
敷地内に溢れるほどの眩い光にその場の誰もが目を開けていられない。タカトの腕の中で激しく輝いた後、ゆっくりと光が収束した時――タカトの腕の中からドルグオンの姿は忽然と消えていた。
いったいどこに消えたのか。ドルグオンの姿を探していたタカトたちだが、頭上から響いてくるドルグオンの声に驚き、皆揃って上空へ視線を送った。
そこには、ドルグオンが元気そうに空を元気に飛び回っていた。その光景を呆然と眺めながら、シャリエが言葉を漏らす。
「竜神様が空を飛んでるよ……小さい姿じゃ、階段の段差も昇れなかったのに」
「というか、翼が大きくなってないか? どう見ても、竜神様の背中の羽が大きくなってるように見えるんだけど……」
タカトの指摘通り、ドルグオンの背中から生えていたミニチュアスケールだった羽が、二回りほど大きく力強くなっていたのだ。
いったいドルグオンの体に何が起きたのか。訳も分からぬまま空を翔けるドルグオンの姿を見守るタカトたち。
とりあえず元気そうなので大丈夫かな、と考えていたタカトだったが、全く別のことを考えていた男が一人。
その男は拳を震わせてドルグオンを眺めながら、やがて腹の底から声を押し出して叫ぶのだった。
「わ、わ、わ、分かったぞおおおおおおおおおおお! 謎が! 全ての謎が解けた! 最後の隙間がぴったりと埋まった! やはり私の理論は間違っていなかったのだ!」
「うわっ、ど、どうしたんですかアリウスさん!?」
興奮しきった男――アリウスにタカトは引きながらも訊ねかけた。
怪しい光をビン底眼鏡越しに瞳に携えたアリウスは、顔をタカトに向ける。それはまるで肉食獣が獲物を視界に入れたような眼光だった。
本気で逃げたくなるタカトだが、それをアリウスが許すはずもない。タカトの両肩をがっしりと両手で抑え込み、アリウスは興奮が最高潮に達したままタカトに懇願するのだった。
「タカト君! お願いだ、後生だ!」
「ひいっ!?」
「頼む、タカト君、私に君の――君の血をほんの少しだけ分けてくれ!」
有無を言わさぬ迫力に、タカトはコクコクと頷くことしかできなかった。断れる雰囲気など微塵もなかったのだから。
上空では契約者の危機を何も気にすることなく、ドルグオンが自由気ままに空を飛びまわるのだった。
カブト虫ロボだよ。固い、強い、遅いの三拍子そろった凄いやつだよ。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。次も頑張ります。
※連休終わりましたので、更新ペースが戻ると思います。あふん。