七話 蜻蛉の奥に潜みし者
王城二階、少し大きめの室内に足を踏み入れたタカトは、内部の人々から集まる視線に怯んでしまった。
前方に配置された机と、それに向かうように並べられた二十の椅子と座っている兵士たち。例えるなら学校の教室のような配置だろうか。彼らは入室してきたタカトを興味深げに見つめていた。中にはレミドナとグレオノの姿もある。
集まる視線を気にすることなく、タカトを連れてフィルメリアは前方の机への前に立ってタカトを紹介する。
「紹介するわ。彼はタカト・ナガモリ、竜鎧機に選ばれた操縦者よ。これからのトンボ型掃討作戦には彼も参加する事になるからよろしくしてあげて。タカト、彼らは第三軍鎧機隊で各個別隊を纏めている長よ。彼らの頂点に立つのがグレオノとレミドナってわけ」
「なるほど……初めまして、タカト・ナガモリです。これからよろしくお願いします」
無難に挨拶をするタカトを拍手で迎える兵士たち。
頭を下げながら、タカトも用意された椅子へと座る。そのタカトの横の席ではレミドナが笑って目だけで挨拶を交わしてくれた。夜通しでロイーダでの任務を終えた体でそのまま会議に参加しているらしく、少しばかり目が眠そうだ。
全員が揃ったことを確認し、フィルメリアは会議を開始する。
「それでは始めるわね。まずは昨日のロイーダの戦闘結果の報告。今から報告書を回すから各自確認して」
そうして各員が手渡しされた紙切れ、それをタカトはじっと見つめたが、すぐにその無駄な行動を放棄した。タカトはこの国の文字が読めないのだ。
言葉は分かるのに文字が読めないこと、異世界にきて一年が経過する今でも理由は分かっていない。タカトも一年間で文字を身につける努力はしているのだが、簡単な文章の読み書き程度しかできずにいた。
タカトの解読能力で読みとる限り、昨日のトンボ型の発生時刻や戦闘内容、被害の状況などが書かれていると推測した。
あとで詳細を訊こうと決めたタカト。やがて全員が報告書を読み終え、顔を挙げたのを見計らってフィルメリアが話を進行する。
「見て分かる通り、今回の襲撃はこれまでとは訳が違うわ。個別ではなく、一気に三十機もの大群が襲ってきたこと、これは非常に状況が深刻であることを証明してしまった。トンボ型はまだまだ数多存在するかもしれないこと、そして一番の脅威はトンボ型が独立してではなく統率された行動を取ることを可能としていることよ」
フィルメリアの言葉にタカトは納得する。昨日は戦い抜くことで頭がいっぱいだったが、冷静に振り返れば一番の脅威はそこなのだ。
トンボ型が三十機も同時に襲ってきたこと、それはトンボ型同士が同じ群れに所属しており、共同で襲撃できるということ。
もし、トンボ型の数が百、二百と増えたことを考えると落ち着いていられない。動揺するタカトや兵士たちに、フィルメリアは壁に開かれた地図を示して説明を続ける。
「そして、次に問題なのは、トンボ型の襲撃場所が段々と王都に近づいて来ていること。三日前のケルロンに始まり、二日前のムラリク、そして昨日のプフルにロイーダ。トンボ型が次々と南下していることが分かるでしょう」
そう告げて指示棒でフィルメリアは各街の場所を指し示した。
アルメーナ大陸の地図をじっとタカトは眺める。彼の知識では九州の形に近いだろうか。
大陸南に位置する王都に近づいてくるように、北から出現場所が顕著に南下を始めている。
掌で指示棒を受けながら、緊迫した表情でフィルメリアは話を続けた。
「ここまでくれば、トンボ型が無軌道かつ無作為に行動して街に現れているとは思えないわ。奴らの最終的な狙いが王都であることは明白、ではなぜ最初から王都を狙わず、周囲の街に現れているのかなのだけれど……タカト、あなたはどう考える?」
「お、俺!?」
突如指名され、タカトは驚きながらも地図を見つめて思考する。
元の世界ではただの学生だった彼にとって、こんな状況を考えることなど初めてだ。しかし、己が経験していなくても知識としてタカトの中にこのような状況を判断する欠片は存在していた。
それはテレビであり、映画であり、漫画であり、小説であり、ゲームであり。元の世界でタカトが触れた娯楽、その知識が彼にこの状況でおおよその推理を働かせてくれた。
十数秒の思考の後、タカトは答えをフィルメリアに返した。
「情報収集と撹乱、そして可能ならば王都の戦力を削ること……こんなところだと思う」
「そう考える理由は?」
「トンボ型の行動と送りだし方に人の意思が感じられる気がすること。まず、トンボ型なんだけれど、あいつらが鎧機と戦うことを何よりの目的としているのは、身を以って経験してる。あいつらは、街に現れても、街を破壊するよりもヴァリエラドと戦うことを優先していた」
「街を襲うのに邪魔だから真っ先に排除した、とも考えられるけど?」
「プフルの街でのことなんだけど……プフルに現れたトンボ型は二機のヴァリエラドを破壊した後、街を離れて竜神様のところに現れて、岩になった状態の竜神様を壊そうとしていたんだ。街を放置して、わざわざ洞窟まで来て暴れる理由……それはトンボ型の目的が鎧機との交戦、もしくは破壊って設定されてるからじゃないかと思う」
腕の中で眠るドルグオンに視線を落として、タカトは自分の推測の理由を語る。
その答えに満足しているのか、フィルメリアは笑顔のまま続きを促した。
「奴等が鎧機を壊そうとする理由は分からなかったけど、そこに人の意思が込められていると考えると、一本の理由が通ると思う。例えば、トンボ型を操る黒幕みたいな奴がいて、その黒幕が最終目的を王都と定めていると考えれば、これまでの行動の流れが見えてくる。一機でヴァリエラドと戦っていたのは、トンボ型の性能を試すため。王都の守りを固めるヴァリエラドと戦ってどれだけ戦果をあげられるか、戦闘データを得るためと考えたら分かりやすいかもしれない」
「なるほど、それで?」
「戦闘データが得られ、ヴァリエラドと対等以上に戦えると踏んだなら、次に知りたいのは集団戦のデータだと思う。最終的に王都を攻めると考えたとき、当然何百ものヴァリエラドと戦うことになるだろうから。どのくらいの数でどの程度のヴァリエラドをねじ伏せられるのかを確認したかったんじゃないかと思う」
タカトの話に、兵士たちは成程と声を上げる。隣のレミドナは意外なタカトの一面に驚き目を見開いていた。
そんなタカトに、思考するような仕草を見せながら、フィルメリアはタカトに再び問いかけた。
「もし、タカトの推測が全て当たっているとして。タカト、あなたがトンボ型を指揮するとしたら、この後どう動くかしら?」
「様子見をしつつ、可能なら戦力を増やす。自分の手元にトンボ型が何機いるのかにもよるだろうけど、ロイーダでの敗戦でトンボ型三十機ではヴァリエラド十機と上位鎧機の混合軍には勝てないことを示してしまった。だから、可能な限り戦力を増強する方向に動く。例え相手が上位鎧機でも、数でねじ伏せられるくらいに。……あとは、可能なら上位鎧機のデータ収集かな。王都を攻めるとして、一番邪魔になるのは間違いなくそこだろう……か、ら……」
そこまで語ったタカトだが、この部屋全員の視線がタカトに完全に集まり切っている現状にようやく気付いた。
そして、タカトは恥ずかしさに顔を赤く染めてしまう。漫画やゲームによって得られた知識、経験を我が物顔で正規の軍人に語る自分に恥ずかしさを感じてしまったのだ。
こうなってしまえば、自分の意見に胸を張れるはずもない。急に尻ごみして、タカトは補足とばかりにフィルメリアに付け足すのだった。
「いや、これは本当に素人考えによる憶測だから、頭の隅にでも置いてくれると……」
「ええ、しっかり『参考』にさせてもらうわ。タカト、ありがとう。あなたの話、非常に意義のあるものだったわ」
嬉しそうに微笑むフィルメリア。微塵もタカトの説明を疑っていない彼女の純真さに、タカトは縮こまるばかり。
しかも、その後の会議がタカトの発言を中心に展開されたのだからたまらない。顔を真っ赤にしてタカトはドルグオンを抱きしめて羞恥に耐えるしかない。何故ドヤ顔であんなにも得意気に語ってしまったのだろう、と。
結局、話し合いの結論としては、タカトの推測を中心に今後の行動が決定されてしまった。王都に主要部隊を固めつつ、相手の出方を窺い、可能な限り各地に偵察を送ってトンボ型の発生地を探ること、それがリメロア軍の下した決定だった。
会議を終え、フィルメリアとレミドナと共に客室へと戻るタカト。
先頭を歩くタカトは、後ろで並び先ほどの会議のことを振り返る二人の会話に参っていた。タカトのドヤ顔推理を二人揃って褒め殺してくるからだ。
「いやあ、さっきはタカトに驚かされたねえ。まさかあんな風にトンボ型の後ろを読むなんて。ますます気に入ったよ」
「そうね、とりあえずと思ってタカトに話を振ってみたんだけど、まさかあそこまでスラスラと語れるなんて思わなった。とても参考になる意見だったわ」
「か、勘弁してくれ……」
早く二人の話題が逸れることを祈りながら、タカトは部屋へと戻る速度をあげる。
会議を終えた後、タカトはフィルメリアに今日いっぱいは特に任務は与えないことを告げられた。
自由時間を与えられたタカトだが、特にすることも思いつかなかった。そんな彼の脳裏に浮かんだのは、会議前に出会ったフィルメリアの兄アリウスだ。
彼は錬金工房の長を務めており、いつでも遊びに来てくれとタカトに言っていたことを思い出した。
タカト自身、鎧機に関する知識に非常に興味がある。ちょうどいいとばかりに、タカトはフィルメリアにアリウスのところに行く旨を告げた。そのときのフィルメリアは心から嫌そうな顔を浮かべていたのだが。
アリウスのところに顔を出すことが決定し、案内役としてフィルメリアが、おもしろそうだと興味本位でレミドナも一緒についてくることになった。
一人シャリエを部屋に残し続けるのも可哀想だということで、今は部屋に戻り、シャリエを誘おうとしているという訳だ。
とにかく一刻も早く先ほどの会議のことを忘れたいタカトは、客室の扉をノックもなしに迷わず開き、シャリエに声をかけようとしたのだが。
「ただいま。シャリエ、今から出かけることにしたんだけど、一緒……に……」
扉を開けたタカトは言葉を続けられず、完全に動きが固まってしまう。
室内に居たシャリエ、彼女は今、着替えの真っ最中であり下着姿だったからだ。
健康的な肢体、女性特有の膨らみにタカトの視線は完全に釘づけになってしまう。対するシャリエも何が起きたのかすぐに理解できなかったようだ。
やがて、自分の体がタカトに見られている現実に気付き、全身を真っ赤に染め、震えながら絶叫。シャリエの悲鳴に追いだされるように、タカトは慌てて扉を閉めて謝罪の言葉を叫び返した。
扉を閉じ、顔を真っ赤にするタカトに彼の腕の中で何事かと見上げるドルグオン。
そして、タカトははっと視線をフィルメリアとレミドナへと向ける。今、タカトが行ったのは故意ではないが完全な覗き行為だ。
失望されたり侮蔑されたりしたかもしれない、そう不安に思っていたタカトだが、女性陣の反応はさらにその上を行く。
不思議そうに首を傾げたフィルメリアとにししと楽しげに笑うレミドナはタカトに各々の感想を告げるのだった。
「何をそんなに恥ずかしがってるの? 一緒に住んでいたんでしょ? 下着姿なんて見慣れたものじゃないの?」
「み、見慣れる訳あるかっ!」
「いやー、初心で可愛いねえ。タカトはからかい甲斐があるから、お姉さんかなり好感だよ。でも、彼女の綺麗な体を褒めるくらいの余裕も欲しいかな?」
「シャリエは彼女じゃないんですってば……」
必死に顔の熱を冷ますことにタカトは集中した。心臓の音が高鳴り過ぎて、ドルグオンが不思議がっているほどだ。
やがて、タカトの動悸が落ち着きを取り戻した頃、ゆっくりと扉の向こうから恥ずかしそうにシャリエが姿を現した。
彼女はまだ恥ずかしいのか、視線を下に向けながらタカトに注意するように言う。
「部屋に入る時はその、ノックくらいしてほしいかな……」
「わ、悪い……今後気をつけます……」
素直に謝るタカトに、何とか笑みを作っていいよと許すシャリエだった。
そしてタカトはふとシャリエの服装の変化に気付く。彼女の格好は街にいたときのものではなく、給仕の女性が身に着けていたような服であった。
白と黒のツートーン、フリルがついたメイド服。シャリエの格好に首を傾げるタカトに、シャリエは笑ってその理由を語った。
「タカトが戻るまで部屋のお掃除とかしていようかなって。兵士さんに頼んで服を借りて来ちゃった」
「部屋の掃除って……あなたがしなくても給仕の者がやるでしょうに」
「いえ、これくらいは自分でやらないと体も心も鈍っちゃいそうで。どう、タカト、似合ってるかな?」
「ああ、うん、似合ってる、かな」
タカトの言葉に喜びながら、シャリエはドルグオンを受け取って抱きしめる。どうやらドルグオンを抱き抱える役目は極力自分がやりたいらしい。
笑顔を見せるシャリエに、タカトは改めて用件を伝える。フィルメリアの兄、アリウスの錬金工房へ一緒にいかないかと訊ねると、彼女は笑顔で二つ返事。
シャリエを連れ、タカトたちはアリウスの待つ錬金工房へと向かう。その建物は敷地内の城から少し離れた場所にあるという。
歩いて城の裏側へと出た三人だが、そこには城の正面からは見えなかった建物が姿を現した。
大きく広がる牧場のような敷地と、草原に寝転がる巨大な団子虫たち。タカトたちのいる場所から確認するだけでも、二、三十匹はいるだろうか。
おお、と嬉々とした声を上げるタカトに、フィルメリアは楽しげに説明をする。
「ここは虫場。城を守るヴァリエラドを虫鎧機解放して放牧しているのよ。ヴァリエラドはこの子たちのように休眠化できないからね。何かあったら兵士はここにきて、自分のヴァリエラドを起動して戦場に向かうというわけ」
「な、なるほど」
「ほら、あそこにある大きな建物が錬金工房。虫鎧機に関する全ての管理を任せているから、虫場の横に建てられているのよ」
肩の上に止まっている紅鷹イーグレアスを撫でながらフィルメリアは錬金工房へと案内した。
ぽっかりと開いた虫鎧機でも入れるほどの大きな入り口を潜り抜け、目の前に広がった光景にタカトは興奮の声を上げた。
建物内に並ぶ虫鎧機化したヴァリエラドたちと、それに集まり作業を行っている紫のローブを羽織った人々。
その光景を説明するように、フィルメリアは彼らについて語った。
「この錬金工房では、我が国の錬金術師が集まり、鎧機に関する仕事を行うの。今、やっているのは修復作業ね」
「修復作業?」
「そうよ。鎧機はある程度の傷ならば、自然治癒するけれど、重傷の場合はそうもいかない。だからああやって、錬金術師が直接どこが拙いのかを調べ、場合によってはその部分ごと交換したりするの」
「医者みたいな役割なのかな」
「そうね、彼らは言うなれば虫鎧機専門の医者ってところかしら。あとは、交換部位を精製したりするのも彼らの役割ね」
タカトの視線の先では、昨日の戦闘で中破したヴァリエラドの腕の交換作業が行われている。
その作業を目を輝かせて見守るタカト。子供のようなタカトに苦笑する女性陣だが、彼以上に目を輝かせた男の声が錬金工房に木霊する。
アメジスト色の髪をたなびかせ、ビン底眼鏡の奥から眼光を輝かせながら現れたアリウスだ。
「タカト君! 必ず来てくれると思っていたが、まさかこんなにも早いとは思わなかった! やはり、私と君は鎧機愛という名の絆で結ばれているらしい!」
「アリウスさん! お邪魔してます」
「邪魔だなんてとんでもない! 我が夢の箱庭へようこそ! さあ、ずいっとずいっと見ていってくれたまえ!」
「お兄様、私たちもいるんですけれど」
「む、フィルメリアとレミドナも一緒か。お前たちもまあ、適当に暇を潰しているといい」
「この扱いの差、アリウス兄は相変わらずだねえ」
「はっはっは! 褒めてくれるな! 照れるではないか!」
嬉しげに笑うアリウスに呆れて笑うしかないフィルメリアとレミドナ。
そして、アリウスはふと見知らぬ少女、シャリエの姿に気付く。彼女を興味深げに見つめながらアリウスは訊ねかけた。
「ふむ、この可憐なお嬢さんはどなたかな? 私はアリウス・ルルーク・リメロア、この国、いや、この世界一鎧機愛を貫く男だ」
「シャリエ・ラクリラと申します。タカトのか、家族、です」
「なるほど! タカト君、君もなかなか隅に置けない男ではないか! この調子でどんどん素敵な女性を傍においてくれたまえ!」
よく分からない激励を受けて曖昧な返事を返すタカト。女性としての魅力を褒められたようで、嬉しげに顔をほころばせるシャリエだった。
タカトと並び歩きながら、アリウスは嬉々として錬金工房の仕組みや役割、功績を語っていく。終わることのない鎧機談義が始まってしまいそうだと思ったフィルメリアは、話題を強引に変えるようにアリウスに問いかけた。
「お兄様、トンボ型の解析は進んでますか? 少しでも分かったことがあれば教えてほしいのですけれど」
「トンボ型か! あれは実に興味深い鎧機だな、調べれば調べるほど私の魂が震えて止まらない。そうだな、報告書を回すよりも先に口頭で説明しておこうか。こっちだ」
アリウスに案内され、タカトたちは錬金工房の奥の倉庫へと案内された。
そこには、プフルの街を襲ったトンボ型がバラバラに分解された状態で置かれ、シャリエは少しばかり表情を強張らせてしまう。
残骸の前まで歩み寄り、アリウスはタカトたちへ振り返り、調べたことを語り始めた。
「調べて分かったことを並べていこうか。まず、このトンボ型の元となる生物が判明した。それがこいつだ」
そう言って、アリウスは机の上に置かれていたビンをタカトたちに提示した。
その中には、緑色の大きさにして10センチもないトンボがせわしく飛び回っていた。
「ザージエスサテラ。このアルメーナ大陸北部に主に生息している飛翔虫だ。トンボ型の各部位の成分を調べた結果、九割九分一致した。あのトンボ型はこの虫を元に生み出された虫鎧機であることに間違いはない」
「ザージエスサテラ……その虫を元にした虫鎧機なんて、どこの国でも確認されていないわ。新たにどこかの遺跡から出土した鎧機とは考えられない、あまりに多過ぎるわ」
「そう、現在確認されただけでも三十三機、これほどのものが一気に発見され、我らに知られることなく用いられるなど考えられない。つまり、ザージエスサテラを元に虫鎧機を生み出したと考えた方が一番しっくりくるだろう」
「あの、いいですか?」
「うむ、何かなタカト君」
「鎧機を新たに生み出したという話ですが、その方法は現在分からなくなってるんですよね? 鎧機を生み出す方法は歴史と共に消えてしまった、ロスト・テクノロジーだって話を聞いた気がするんですが」
タカトの問いに、アリウスは目を輝かせて『然り!』と声を大にした。
驚くタカトたちだが、アリウスの興奮は止まらない。拳を握りしめ、熱を込めて語っていった。
「虫鎧機は神々の帰還と共に生み出す方法が完全に失われてしまっている! 我らが祖先、初代国王すらもその方法を残していない! 唯一分かっているのは、『神々』にしか新たな鎧機は生み出せないということ! 私もその絶対を超えるべく、これまで数多の方法を考え、実行に移したが届かなかった! この世界一の鎧機愛を持つ私が成し遂げられなかった奇跡を私よりも早く実行した人間がいる、そのことが私には何よりも許せない! 私より鎧機に関して先んじる人間など存在してはならないのだ!」
「ちょ、ちょっとアリウスさん、物凄く物騒なこと言ってますけど!?」
「いいのよ、いつもの病気だから」
困惑しながらフィルメリアにタカトは視線を送るが、冷たい妹は兄を軽く一蹴した。
やがて興奮のあまり、肩で呼吸をしながらアリウスは説明を続けた。
「悔しいが、非常に悔しいが、私より先んじて何者かが虫鎧機を造り出す方法を発見したと考えるしかないだろう。その者は虫鎧機を生みだし、統率することができる。そして、その者の最終的な目的は王都だろうな」
「お兄様もそう思われますか」
「無論だ。トンボ型のこれまでの動きを考えれば想像がつく。問題は私たちにどれだけの時間の猶予が残されているのか、だ。トンボ型の先にいる愚か者が王都へ動きを見せる前に、私たちは元凶を断つ必要があるだろう」
これまでのおちゃらけた雰囲気が一変し、真剣に語るアリウス。その毅然とした空気に、タカトは彼がフィルメリアの兄であることを改めて肌で感じ取った。
鎧機に我を忘れて興奮したりするが、その中身は間違いなく誇り高き王家の一員なのだ。
軽く息をつき、アリウスが再び口を開く。
「もしこれから敵の生産拠点を探すなら、大陸北部を当たるといいだろう。ザージエスサテラが生息する地域は限られている、これで大分場所を絞ることができるはずだ」
「ありがとう、お兄様。非常に有用な情報だわ」
「引き続きこのトンボ型の情報を引き出してはみるが……くうう、何が、何が私には足りないというのだ! 私が鎧機を造り出すためには、いったい何が欠けているというのだ! これまで試してみた方法その数三千九百六十二! 全てにおいて失敗した私を出し抜いて鎧機の製法など……」
「また始まった……そんなに行き詰っているなら、ブロルカ伯父さんでも探せばいいじゃないか」
「嫌だ! 奴に頼るのだけは絶対に嫌だ! 私は奴に頼らず鎧機を生みだしてみせるんだ!」
レミドナの助言にアリウスは子供のように駄々をこねて拒む。その姿は流石に格好良いとは言い難い。
ただ、彼女の口からでた名前にタカトとシャリエは誰だろうと疑問を浮かべる。そんな二人に説明するように、フィルメリアは話していく。
「私やお兄様、レミドナの伯父、お父様やグレオノの兄に当たる人よ。お兄様が着任する前の錬金工房の長を務めていたわ」
「へえ……とすると、鎧機に関して詳しいってことか。その人にこのトンボ型のことを訊けば、何か分かるかも」
「駄目だぞタカト君! あの男になど頼ってはいけない! あいつは人として終わってる! 鎧機のためなら他がどうなろうとも構わないと思ってる駄目人間だ!」
「お兄様、それは自己紹介でしょうか。タカト、お兄様の言葉じゃないけれど、ブロルカに私たちは頼ることができないの。ブロルカはある日城を飛び出して、それ以来どこに行ったのかも分からないのだから」
「城を飛び出したって……どうして?」
「私も詳しいことは分からないけれど、お父様やグレオノと国のことで揉めたらしいの。ブロルカは鎧機を他国侵略に用いるべきだって考えで、それがお父様たちには受け入れられなかった。腰をあげようとしないお父様たちに辟易したみたいで、気付けば城からいなくなってたわ」
「とにかく虫鎧機に詳しく優秀な人だったからね。姫様のイーグレアスや私のホースレブカを使えるように仕上げたのも伯父さんなんだよ」
「へええ……凄い人だったんだな」
「タカト君、私の前であんな男を褒めるな! 私はもっと凄い男だぞ!」
「張り合わないで下さい、気持ち悪いです」
ブロルカの協力が得られそうもないことにタカトは肩を落とした。
結局、そこから新しい情報は特に得られなかった。日が暮れるまでの間、嬉々として興奮するアリウスに振り回されてタカトたちは一日を過ごすことになった。
是非とも竜鎧機を見せてくれと懇願してきたアリウスに、タカトはドルグオンを竜鎧機化してみせたのだが、それを見てアリウスが満足気に大量の鼻血を吹きだしたことが一番の事件と言えば事件だったかもしれない。
進展のないまま、一日を終えて眠りにつくタカト。そんなタカトだが、翌日の朝、そんな彼の元にフィルメリアが現れて新たな任務を言い渡した。
――上位鎧機のみによる大陸北部におけるトンボ型生産拠点の探索任務。それがタカトに与えられた任務だった。
ラッキースケベの星の下に生まれずして主人公と言えるだろうか。(反語)
ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。次も頑張ります。