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五話 闇夜に染まりしロイーダ上空戦






 伝令役の兵士からの話を聞き、フィルメリアは視線をレミドナとグレオノへと向けた。

 視線だけで彼女の意図が伝わったようで、二人は胸に手を当てて敬礼を取る。フィルメリアが二人に下した指令――出撃である。

 再びタカトとシャリエへ向き直り、フィルメリアは二人にこれからのことを話した。


「ドタバタしちゃって悪いけれど、今日のお話はここまでみたい。聞いていたと思うけれど、正体不明機がまた現れたから、出撃しないといけないわ。続きはまた明日、改めて時間を用意するわ」

「なあ、今、奴らが三十機も一斉に出たって……」

「ええ、そうよ。だから私たちは今すぐロイーダへ向かわないといけないの。あの場所に配備しているヴァリエラドは十機、とてもじゃないけれど三十機も相手にできないわ。そういうことだから、失礼するわね」

「待ってくれ! お、俺も一緒にいかせてくれ!」


 タカトの言葉に、フィルメリアは少し驚いたような表情を見せるものの、やがてゆっくりと首を横に振った。

 彼女の答えは拒否。それはタカトにとって予想外の答えだった。

 先ほど、彼女は自分の力を借りたいといってくれたはずだ。竜鎧機を戦力として当てにしていると、それなのにどうして。

 疑問が解消されないタカトに、フィルメリアはそっと窓の外を指差した。窓の外は既に太陽が落ち、闇が支配していた。

 未だ理由が分からないタカトに、仕方ないとフィルメリアは理由を説明し始めた。


「既に太陽は沈んで夜になってしまったの。分かる? 私たちは今から、この暗闇の中で奴らと戦わなければならないのよ。あなた、鎧機による夜戦の経験なんてないでしょう?」

「あ……」

「昼と夜では鎧機の戦闘において、見える世界が大きく変わるわ。一応、一部の空を明るくするための装置は存在してるけど、微々たる光よ。私たちは僅かな光源を頼りに、空を翔けまわって敵と戦わなければならないの。私たちはその状況を想定した鍛錬を日々重ねているけれど、あなたは今日が鎧機による戦闘は初めてでしょう?」


 フィルメリアの言葉に、タカトは悔しさに唇を噛み締める。

 アンベルに頼みこみ、明るい間に虫鎧機を借りて空を翔けまわっていただけのタカトに、夜戦など経験があるはずがない。

 彼女の言葉は、遠まわしにタカトは戦力外であると告げていた。正論なために、言葉を返せないタカトに、フィルメリアは優しくフォローするように言葉を紡ぐ。


「勘違いしないで。あなたの力が必要なのは確か、けれど今は無理をする時じゃない。あなたにはしかるべき鎧機の操縦訓練を重ねてもらい、そのうえで戦場に出てもらいたいの。竜鎧機の力は確かに魅力的よ。だけど、それと同じくらい『神々の血脈』を持つあなたに無理はさせられない気持ちもある。納得出来ないかもしれないけれど、今は何とか堪えて頂戴」

「わ、かっ、た……」

「タカト……」


 震えるほどに力を込めて拳を握りしめ、タカトは必死に自分を抑え込む。

 力になりたいと誓ったのに、できることを精いっぱいやると誓ったのに、今自分にできることはこうやって心を抑え込むことだけ。

 そのことがタカト自身悔しくて、情けなかった。ここで反発して無理矢理ついていきたいと訴えても、それはフィルメリアたちの貴重な時間を奪うことにつながってしまう。それはすなわち、救援に向かう時間が遅れるということだ。

 今は一分一秒でも急ぐ時。そのことを理解しているからこそ、タカトは悔しさを押し殺して堪えていた。

 そんな彼を心配そうに見つめるシャリエと腕の中のドルグオン。納得してくれたことに安堵して、フィルメリアは最後の言葉を残して室内から去ろうとした。


「それじゃ、また明日会いましょう、タカト、シャリエ。レミドナ! 今すぐ虫場に待機しているヴァリエラドと兵士を揃えて……ふきゃっ!?」


 去ろうとしたのだが、それは叶わなかった。

 何者かが彼女の薄紅色のドレスの裾をがっちりと固定し、彼女を引っ張ったためだ。

 急に後ろに引っ張られ、哀れフィルメリアはその場にバタンと倒れ込んでしまった。肘を床につけて立ちあがりながら、いったい何事かとフィルメリアは背後を振り返ると――そこには裾をがっちりと噛み締めたドルグオンの姿があった。

 いつのまにシャリエの腕の中から抜けだしたのか、ドルグオンは短い手足で床を踏みしめ、梃子でも動かないとばかりにドレスの端を噛み締めていた。


「りゅ、竜神様、何やってるんですか! いくら竜神様とはいえ、相手は王女様なんですから駄目ですよ!」

「フカーッ」


 そんなドルグオンに、慌ててタカトはフィルメリアから引き離そうとするが、ドルグオンは決して口からドレスを離そうとしない。

 口の端から息を吐き出しながら、ドルグオンは踏ん張り続けている。その姿を呆然と見つめていたフィルメリアに、後ろから笑いながら声をかけたのはレミドナだった。


「ほら、姫様がタカトに意地悪するからドラゴンちゃんが怒っちゃった」

「い、意地悪なんてしてないわよ!? 私はタカトの安全を考えて、最善の判断を……ああ、こら、引っ張るなあ!」


 フィルメリアを解放する気配が見えないドルグオンの姿。それはまるでタカトに何かを訴えかけているようだった。

 そんなドルグオンをじっと見つめていたタカトだが、彼より先に声を発したのはシャリエだった。

 彼女はフィルメリアにおずおずと口を開いた。


「あの、フィルメリア様……どうか、タカトと竜神様を一緒に連れて行ってあげてください」

「シャリエ!?」

「……シャリエ、あなた話は聞いていたでしょう? タカトは夜戦の経験がない、これはとても危険なことなのよ? タカトが危ない目にあってもいいの?」

「よ、よくないですっ! 本当なら、私だって、戦場なんていかないでタカトにずっと安全なところにいてほしいです……でも、でも」


 そこでシャリエは言葉を止めることになる。タカトが手で制したためだ。

 最後の一歩を踏み出せない自分に代わり、ドルグオンとシャリエが声に出してくれた。自分の叫びを行動に起こしてくれた。これを最後まで代弁させるなんて、情けなさ過ぎる。

 自分の意思をしっかりと伝えるために、タカトはフィルメリアに頭を下げるのだった。


「どうかお願いだ、フィルメリア様! 俺と竜神様を戦場へ連れて行ってくれ! 足手まといになるかもしれないというフィルメリア様の言葉は理解できるけど……駄目なんだ! またあの光景が俺の知らないところで繰り返されるなんて、絶対に嫌なんだ! 我儘だってのは十分承知してる、だけど、だけど!」

「私からもお願いします! タカトのことは、きっと竜神様が守ってくれます! タカト、毎日欠かさず竜神様にお祈りしてたから、絶対絶対守ってくれるはずです! だからお願いします!」

「ぐぁふ」


 二人と一匹が揃って頭を下げる姿に、流石のフィルメリアも絶句して言葉を続けられなくなってしまう。

 背後で他人事だと爆笑しているレミドナを一睨みした後、不機嫌そうに頬を膨らましながら、フィルメリアはタカトに告げる。


「タカト、今日これまでのあなたの評価を全面撤回するわ。賢い理解が早い物分かりが良い、ぜーんぶ否定! あなたは最高に物分かりの悪い頑固者だわ!」

「返す言葉もない……ごめん」

「約束すること! 戦場では何あっても必ず私たちの指示に必ず従いなさい! どんな理由があっても、命令違反は許さないんだから! それが条件、いいわね!」

「あ、ああ! ありがとう、フィルメリア様!」


 感極まって声を大にして礼を告げるタカトに、フィルメリアはぷいっとそっぽを向いて答える。

 彼女がタカトを受け入れたことで、ドルグオンもようやくドレスの裾から口を離し、タカトに纏わりつく。それは一仕事終えて満足するような顔だった。

 ドルグオンを抱きあげ、礼を告げるタカト。そんな彼に、さっさと庭に降りて鎧機に乗りこむように指示を出すフィルメリアだった。












 暗闇に満ちた夜空を切り裂くように、十機の鎧機が翔けていく。

 先頭を翔けるのはフィルメリアの鳥鎧機イーグレアス。少し遅れて彼女の背後を守るようにレミドナの獣鎧機ホースレブカ、グレオノの獣鎧機ブルディレオだ。

 闇の中にも関わらず、タカトがカメラで他機の姿を捉えられるのは、鎧機の周囲に浮遊する球状の物体から放たれる光源によるものだ。

 その球体は夜戦用に生み出された光源装置で、各鎧機の周囲を二つ必ず纏わりつくように浮遊して機体を照らしてくれている。

 城内の錬金工房で開発された装置なのだが、鎧機の航空速度にも振り落とされることなくついていく不思議な仕組みに、タカトは異世界であることを実感するのだった。

 左操縦桿頭頂部のスティックを倒し、タカトはカメラをホースブレカへと向けた。全身が茶色に染められており、頭部が馬の顔のような兜に覆われ、下半身が馬そのものの形状となっている獣鎧機。例えるならケンタウロスか。

 巨大な鎌を両手で持ち、それ以外の表立った武装が見えないところをみると、明らかな近接戦闘用鎧機だ。

 再びカメラを切り替え、その右を飛ぶブルディレオへと向けた。漆黒の機体色に、巨大な二本の牛角が特徴的な兜を有し、かなり頑強そうな体に肩についた二本の砲門。そして右腕に持つ片手持ちのライフルから見て、遠距離支援型鎧機だろう。

 それぞれ仲間の鎧機の特徴を頭に入れるタカト。背後を飛ぶ残る六機のヴァリエラドはプフルの街にあったものと同じ武装だ。

 初めて夜空を翔けていたタカトだが、彼の操縦席情報の通信機からフィルメリアの声が響き渡った。


『間もなくロイーダ上空に辿り着くけれど、恐らく到着してすぐに戦闘が予測されるわ。各員心の準備を整えておいて。特にタカト! あなたは初めてなんだから、絶対に無茶をしないこと! グレオノの指示に必ず従うこと、危ないと思ったら下がること、いいわね! 分かったら復唱!』

「りょ、了解! タカト・ナガモリ、決して無茶はしない!」

『ここは戦場! 私は上司! 敬語! 公私混同しない!』

「も、申し訳ありません! タカト・ナガモリ、決して無茶はいたしません!」


 どうやらまだご立腹らしく、先ほどまでの敬語じゃなくて構わないという言葉を覆す理不尽な命令をフィルメリアはタカトにぶつけた。

 慌ててそのとおりに返答したタカトだが、それが周りの兵士たちのツボに入ったらしい。通信機から兵士たちの笑い声が響き渡り、タカトは恥ずかしさに顔を赤く染めてしまう。もっとも、一番大きな笑い声をあげていたのは、他の誰でもないレミドナだったのだが。

 だが、そんな会話のおかげか、タカトは肩の力を少しばかり抜くことに成功した。初めての夜戦ということもあり、変に硬くなりすぎていたのかもしれないと反省すると共に、もしかしたらそんな自分を彼女は見抜いていたのかもしれないと考える。

 心の中でフィルメリアに礼を告げるタカト。やがて、少し遅れてグレオノから各機への指示が始まった。


『間もなく戦闘に突入するが、作戦は来るまでに説明した通りだ。ブルディレオ以外の上位鎧機三体はトンボ型に斬り込んでもらう。敵の意識が三機に引きつけられている隙に、ブルディレオ他六機の砲撃によって低空より各個掃討していく。切り込む三機は高度を二百マルカ以上に固定せよ』

「二百マルカ……二百メートルか。了解です!」

『上空で敵と戦闘を行う三機は砲撃の使用に細心の注意を心掛けろ。敵を撃ち抜くなら上からではなく下にまわりこんでからだ。間違っても地上の友軍機を打ち抜いてくれるなよ。それとこれはタカトにのみ忠告だ。夜戦において敵機と離れ過ぎた場所からの砲撃では自動照準に頼るな。鎧機も命があり、生きている。鎧機自身の目で捉えられない者に照準は当てられん。撃つならば映し出される映像を拡大するか、照準可能な距離まで詰めるか、手動で動きを読んで撃つかを徹底しろ』

「了解しました! タカト・ナガモリ、徹底します!」


 彼の返事に再び兵士たちの笑いが起きるが、グレオノの忠告をしっかり頭に焼き付ける作業で忙しいタカトの耳には入らない。

 やがて一番大笑いしたレミドナが、明るい声でタカトに捕捉を続けた。


『とにかく大事なのは攻撃よりも足を止めないことだね。タカトは今回、自分で敵を倒すことが一番大事なんじゃない、トンボ型の意識をひきつけることが一番の役目だからね』

「わ、分かりましたっ」

『私にまで敬語はいいって。ま、とにかく生き残りなよ。多分途中で頭がこんがらがって訳わかんなくなるだろうけど、そんなときこそ深呼吸だ。一人で戦ってるんじゃない、仲間と一緒に戦ってるんだってことだけは忘れないようにね』

「りょ、了解――」


 レミドナの声に返答した刹那、遠くの上空で激しい爆発光が生じた。

 その爆発と光に、まっ先に反応したのはレミドナだ。通信機から彼女の空気を緊迫させる一言が放たれた。


『あれはヴァリエラドの魔力砲が誘爆した光だね。どうやら一機やられたみたいだ』

「――っ」


 レミドナの声に、思い出されるはプフルの街で崩れ落ちるアンベルとラミエラのヴァリエラド。

 悪夢を首を強く振って振り払い、タカトは心を強く持って左右の操縦桿を握りしめなおした。

 戦場が目前に迫り、戦闘開幕を告げるため、先頭を翔けるフィルメリアが指示を出す。


『それじゃ私たちは先行して戦場を突っ切るわね。いくわよ、レミドナ、タカト!――鳥鎧機イーグレアス、出るわ!』

『了解!――獣鎧機ホースレブカ、切り込むよ!』

「了解です!――竜鎧機ドルグオン、いきます!」


 先頭を翔けるイーグレアスの背中を追うように、タカトは右足でペダルを踏み込んで加速して戦場へと向かう。

 指示された高度まで上昇しつつ、タカトはいつ敵が見えてもいいように右人差し指を攻撃トリガーへとかけた。

 流れる闇の景色、視界にこそ映らないが、モニターに見えるいくつもの友軍外反応。タカトを先導する二人は決してそれを見逃さない。

 流れるような速度でトンボ型に近づき、フィルメリアは敵機の下に回り込み、迷わず狙撃を行った。


「好き勝手暴れてくれてるみたいね――それもこれまでだけどっ!」


 イーグレアスが抱える巨大な槌型銃、その先端から放たれる巨大な光の柱。それはまさしくイーグレアスの誇る最強の砲撃。

 砲撃の光に呑みこまれ、二機のトンボ型が光の中に消えさっていく。そして、光照らされたトンボ型をレミドナは見逃さない。右アクセルを踏み込み、一気に加速して逃げようとするトンボ型に巨大な鎌を振り下ろした。

 あまりの鋭い踏み込みと斬撃に、トンボ型は逃げることもできず胴体から真っ二つにされて大地へと墜落した。

 その光景にタカトは驚くことしかできない。自分は敵機を探すことに必死になっているというのに、二人は僅かな反応と景色から即座に敵を見つけ出し、三機も撃墜してみせたのだ。これがフィルメリアの語る経験の差か。


タカトは左レバーを倒して方向転換し、再び戦場を翔けていく。何とか接近して射撃を行い、二人のように自分も倒さなければならない。あまりに見事な二人の戦いに、そんな余計な雑念がタカトの心に侵入してしまっていた。

 二人は宙を翔けまわり、敵機の動きを抑制している。射撃も行うが、それはあくまで牽制ついで。当たれば幸運程度に考えている射撃だ。

 敵が狙った方向へと動いてくれれば、それでいい。後は地上から上空を窺うグレオノの部隊が掃射で叩き落としてくれるのだから。

 そう、初手こそ派手ではあったが、二人の役目はあくまで敵をかき回すことと意識を集中させること。

 つまり、そういう意味ではタカトも十分に役割を果たしていたと言える。逃げ回るだけでもこの戦場は意味がある。


 しかし、タカトは冷静さを失いかけていた。

 否、初めこそ冷静ではあっただろうが、重苦しい時間の経過と共に、慣れない戦場がタカトの心からゆっくりと思考力を奪ってしまったのだ。

 初めての夜戦、どこから敵が現れるか、どこから攻撃がくるのか目で確認する事も出来ない不安と圧迫。とにかく早く戦いを終わらせるためには、敵機を減らさなければならないという焦燥感。

 それは初めて鎧機で戦場に出る者がほぼ必ずかかってしまう言わば新人病だ。この極限の状況でそうなってしまったタカトは、敵機から逃げることではなく探すことに意識を傾けてしまった。それが彼の失策だった。

 周囲の敵を見つけるために、逃げ回る速度を落としてしまった。足を緩め、カメラを切り替えて敵を見つけようとしたタカトを敵は逃さなかった。

 彼の背後から待っていたとばかりに、トンボ型が体ごとぶつけてきたのだ。


「うああああっ!」

『タカト!?』


 激しく加速の付いたトンボ型の突撃は、幾ら頑強な竜鎧機とはいえ、衝撃を消し切れるものではない。

 大きく揺れる機体に声をあげるタカト、機体はコントロールを一瞬失い、そのまま大地へと叩きつけられそうになる。

 だが、タカトはギリギリのところで冷静さを取り戻した。大地に叩きつけられそうになる刹那、左レバーを後方へと倒し、左右のペダルを同時に踏み込んで大地とは逆方向へブーストをかけたのだ。

 元より鎧機のスペックが違い過ぎた二機がこうなってしまえば勝負にならない。空へと急上昇を始めたドルグオンに、トンボ型は為すすべなく押し込まれてしまう。

 その上空に向かう途中で、タカトはブレーキを踏み込み、一度空中で制止する。そして機体の向きを変え、未だ慣性で上空へと飛ばされていたトンボ型に右レバーを操り照準を定め、迷わず叫び声と共に攻撃のトリガーを引いた。


「このおおおおっ!」


 ドルグオンの頭部、竜の口が開かれ、上空のトンボ型に向けて光の柱が放たれた。

 黄金の光に飲み込まれたトンボ型は為す術もなく四散する。撃墜を確認したタカトは、すぐにアクセルを再び踏みこみ、移動を始めた。

 何とか窮地を脱したタカトの機転は見事なものだったが、彼を待っていたのはお姫様の罵声だった。怒鳴るように通信機からフィルメリアの叱責がタカトに飛んでくる。


『何で足を止めたの!? 攻撃よりもとにかく逃げ回れって言われたばかりでしょ!?』

「す、すみませんっ! 以後気をつけます!」

『本当にもう……心配させないでよね! まだ戦いは続くわよ、本当に大丈夫なのね!?』

「いけます!」


 タカトの返答に満足したのか、それ以上フィルメリアからの怒声は響いてこなかった。

 城の彼女とは打って変わって、鎧機に乗る彼女は本当に厳しい。そのことを身で感じながら、タカトは己の慢心を戒めた。

 戦場に酔って、自分でケリをつけようとしたこと。一人で戦おうとしたこと。それが身の危険を生んでしまった。

 一度自分の頬を叩いて現実を認識し直す。ここはゲームの世界でも何でもない、現実の戦場なのだ。油断すれば、甘い考えで望めば死が待つだけ。それだけではない、仲間の命すら危機に陥らせてしまう。

 とにかく初心を忘れないこと。自分にできる精いっぱい、それ以上もそれ以下も仲間からは求められていないのだから。

 タカトはレミドナのアドバイスを思い出す。大きく深呼吸して、心を落ち着かせ、大切なことを牢記する。これはゲームではなく戦場、戦場とは一人で戦っているのではない、仲間と共に戦い勝利を勝ち取る場所なのだと。


 再びアクセルを踏み直し、タカトは高度を保ちながらとにかく今は逃げ回ることに腐心する。他のことは考えず、それだけに集中する事で、タカトの緊張で狭まっていた視界はゆっくりと開けていった。

 そして、戦場を飛びまわりながら戦況を冷静に見つめることで、様々なことに気付いた。下方から敵を狙い撃っているグレオノたちだが、彼らが砲撃を行うのは決まって空を飛びまわる三機が敵の近くを通り過ぎたときだった。

 どうしてタイミングが統一されているのか、その理由をタカトは思考して導き出す。彼らは先行する三機の明かりを頼りに、敵を狙い撃っているのだと。鎧機の周囲を飛行する光源が敵を照らす僅かな瞬間、そのタイミングで自動照準をあわせ、引き金を引いていたのだ。


それだけではない、戦場を観察すればするほど、次々に様々な情報が得られる。

 時々放たれるフィルメリアの強大な砲撃。あれを上空に撃つことで、一瞬周囲が明るく照らされる。そのタイミングに合わせて、レミドナは敵機へ踏み込み切りつけていた。

 すなわち、フィルメリアの攻撃は敵をせん滅するためではなく、あくまで仲間への援護のためのものだったのだ。


「あれが、集団の戦い方……周りを活かすために、どうすればいいかを考えながらフィルメリア様は常に戦ってるんだな。フィルメリア様が作ってくれている好機を、無駄に浪費しちゃいけない」


 レバーを握りしめ直し、タカトはレミドナと同様に、フィルメリアの砲撃の呼吸にあわせて敵を叩くことを決断した。

 先ほどと同じ轍を踏まないためにも、絶対に逃げる足は止めない。無理はしない、逃げることが何より優先。だが、逃げる動きの中で、大きなチャンスがあったなら、レミドナのように最小限の動きで敵を仕留める。そして即座に離脱する、それを心がけること。

 タカトは上空を飛びまわりながら、フィルメリアが砲撃を行うタイミングを見計らう。そして、彼女が銃を上空へと構えたとき、タカトはイーグレアスに向けて最大速度で飛翔した。

 彼女が放つ砲撃、照らされる周囲のトンボ型たち。その一機をタカトは逃さない。


「このタイミングならっ!」


神速のごとき速度で近寄り、速度を落とさないまま照準を合わせ、間髪いれずにトリガーを引いた。

 ドルグオンの右甲から飛び出したワイヤー付きの竜爪が容赦なくトンボ型の頭を貫いた。落下するトンボ型の無事を確認することもなく、タカトは航空速度を保ったまま大きく離脱した。

 上空を翔けまわりながら、タカトは軽く息をついて言葉を紡ぐ。


「倒せた……のか。いや、今は確認なんていらない。倒し損ねてもグレオノさんが仕留めてくれるはずだ。俺は仲間を信じて自分のできることをするだけだっ」


 再び夜空を駆けて逃げ回りながら好機を待つタカト。彼の駆るドルグオンの早さは疾風、トンボ型では捉える事などできはしない。

 彼の一撃離脱の戦法、それに意識を奪われたのはトンボ型ではなくフィルメリアだ。彼が見せた戦法、事前にコンビネーションなど教えてもいないのに、彼は見よう見まねでやってのけたのだ。

 言葉を失うフィルメリアに、個別回線から紡がれるレミドナの声。


『姫様、タカトに同時攻撃の指示を出したのかい?』

「そんなわけないでしょう……あれは教えても咄嗟にできるものじゃないわよ」

『ふふっ、となるとあれは私の動きを見て真似てみただけってことかな。いや、本当に凄いね。アンベルたちがタカトを手放しでべた褒めしていた理由がようやく肌で実感できた気がするよ――本物だよ、タカトの鎧機の才能は』

「そう、ね……本当に、凄い。あ、うん、まだまだだけどね! 危なっかしい操縦ばかりだし、もっと安全性を高めないと駄目よ!」

『説教は戦闘が終わってからご随意にっと』


 戦場を経験し、恐ろしき速度で学んでいくタカトに目を奪われながらも、フィルメリアも戦場へと戻っていく。

 モニターの敵反応の傍を横切るようにタカトは何度も夜空を駆け、フィルメリアやグレオノの砲撃で明るくなった瞬間に一気呵成に敵に近づいては叩き落とした。

 後半戦では、タカトも周囲の補助を率先して行い始めたほどだ。上空に向かって光の砲撃を放ち、敵を照らしだすことで味方の照準を合わせやすくしていた。

 初めての夜戦、余計な雑念を捨て、仲間のために何ができるのかの一念を貫くことで、タカトは操縦者として大きな成長を遂げるのだった。


 結局、戦闘が始まってから一時間ほど後に、モニターの敵機の反応が全て消えることになる。

 今回の戦闘における撃墜数、五機。それがタカトの初めての夜戦および集団戦における堂々たる敵機の撃墜スコアであった。もっとも、彼は目の前のことでいっぱいいっぱいで、何機落としたかなど数えてもいなかったので知る由もないのだが。







トンボ型虫鎧機「そうそう当たるものではない」(有線式クローが顔面にずどーん)

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。次も頑張ります。

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