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四話 語られる歴史、神々の血脈

 





「タカトッ!」


 案内された部屋で過ごすこと数時間。客室の扉が勢いよく開かれ、扉の向こうからタカトの見慣れた少女――シャリエが涙目で入ってくる。

 ベッドから体を起こしたタカトの胸に、シャリエは躊躇することなく飛び込んだ。勢い余って、そのまま二人はベッドに転がってしまう。

 そんなシャリエにタカトは安堵するように笑い、彼女に言葉をかけた。


「よかった、ちゃんと避難出来てたんだな。無事でよかった」

「それはこっちの台詞だよ! 竜神様に乗るなんて言い出したかと思ったら、走りだして、いつまで待っても戻ってこないし……本当に、無事で良かった」

「ラルフさんとピエリナさんは?」

「二人とも無事だよ。ちゃんと避難してて、さっきまで一緒だったもん。王国の兵士さんたちが街の人たちに安全を告げて、街に戻ろうとしたんだけど……」


 そう言って、シャリエは視線を背後の二人へと向けた。

 そこに立っていたのは、数時間前、フィルメリアと共にタカトの前に現れた獣鎧機の操縦者たちだ。

 表情一つ変えない鎧を纏った初老の男と、ニヤニヤと楽しそうに二人が抱き合っているのを眺めている軽鎧を纏った女性。彼女の表情から、現在自分たちが非常に恥ずかしい状態であることに気付き、慌てて姿勢を正すタカト。

 小さく咳払いを一つして、タカトは二人に頭を下げて礼を告げた。


「シャリエをここまで案内してくれたんですね。街からここまで、彼女を守ってくれて本当にありがとうございます」

「気にしない気にしない、良い物見せてもらったし」

「私たちの役目だ。任務をこなした、ただそれだけのことだ。いちいち頭を下げる必要はない」

「それでも、です。シャリエを守ってくれたことには変わりありませんから」

「おや、意外と頑固な一面も。通すべき筋は通すってところかしら、父さん、良かったじゃない、こういう子嫌いじゃないでしょ」

「仕事中だ。公私は混同するなと何度言えば分かる」

「ちゃんとすべきところはするって。シャリエちゃんも良かったね、ちゃんと愛しのタカトくんに会えて」

「わっ、わっ、わっ!」


 台詞を遮るように、必死に腕を振って赤髪の女性を止めようとするシャリエ。

 そんな彼女を笑いつつ、女性はタカトに向き直って口を開いた。


「さっきは姫様との話で自己紹介する暇もなかったからね。改めて名を名乗らせてもらうよ。私はレミドナ・リレリム・リメロア。この国の第三軍鎧機隊参謀を務めてる。よろしくね、タカト」

「よろしくお願いします」


 気さくに差し出してくる右手を、タカトは握り返し、握手を交わした。

 そして、隣に並ぶ初老の男性も改めて名を名乗った。


「第三軍鎧機隊の長を務めているグレオノ・リレリム・リメロアだ。タカト・ナガモリ、お前の話は以前からアンベルやラミエラから報告に上がっていた。機鎧の操縦技術に優れた、気持ちの良いくらい真っ直ぐな少年がいるとな」

「アンベルさんとラミエラさんが……」


 今は亡き二人の名を耳にし、タカトとシャリエは表情を曇らせた。

 そんな二人に、グレオノは静かに、そして力強い口調で語った。


「アンベルもラミエラも良き兵士だった。城に来たばかりの頃はひよっこで泣き事ばかり言っていたあいつらが、命を賭して街の者たちを守るために戦い抜いた。私はそのことを誇りに思う」

「はい……」

「死を悼み悲しむのは構わない。だが、二人の死に決して捕われるな。あいつらはお前たちを泣かせるために戦ったのではない。あいつらのことを真に想うなら、無理をしてでも笑ってやれ。私の言う意味が分かるな?」


 グレオノの問いかけに、タカトもシャリエも頷いて応えた。

 ここで悲しみ涙しても二人はかえってこない。そんなことをしても、二人が喜ぶはずもない。

 兵士の死を追悼するなら、悲しみではなく喜びがいい。誰かを守るために戦い抜いたことが、彼らの矜持。身を挺して守った人々の笑顔こそが最上の至福、兵士の生涯という軌跡を輝かせるのだから。

 悲しみを振り払い、視線を真っ直ぐ向けたタカトとシャリエに、グレオノはふっと小さく笑う。そんな三人の会話に割って入るように、パンパンと手を叩いてレミドナが明るく振る舞った。


「ま、そういう訳で私と父さんは聖リメロア王国の鎧機部隊を統率してるって訳。姫様が来るまでもう少し時間があるけど、何か訊きたいこととかある? 答えられる内容なら何でも答えてあげるよ」

「あの、それじゃ質問なんですけど……お二人の乗っていた鎧機、獣型でしたよね? お姫様の鎧機も鳥型でしたけど、聖リメロア王国には虫鎧機ヴァリエラドしかないって話を聞いてたんですけど」

「え、最初の質問がそれ?」

「す、すみませんっ、答えられないならいいんです! ただ、獣鎧機や鳥鎧機がどうしても気になって……」

「いやいや、別にいいんだけどね。ほら、普通はもっと先に気にすべき質問があるような気がするんだけど……シャリエちゃん、何かある?」

「ええと……私たち、これからどうなるのか、とか……無事に街に帰られるのかな、とか……あと、レミドナさんやグレオノさんのリメロアって、もしかして王族ってことなんじゃ……」

「そう! 普通はそっちが真っ先に気になるもんだよ! それなのに君って子は……報告通り、本当に鎧機に目がないんだねえ。面白い男の子だ」


 楽しそうに笑うレミドナに、タカトはただただ恥ずかしげに縮こまるしかできない。

 普通の人間ならシャリエのように自分の今後や目の前の人間の素性などが気になるものだが、タカトの興味は鎧機の方へと向けられてしまっていたようだ。

 そんなタカトの肩を叩きながら、レミドナは気さくに笑って話を続けた。


「まずはタカトの質問に答えようか。私と父さんが乗っていたのは、確かに虫鎧機ヴァリエラドじゃない。私が乗っていた鎧機は獣鎧機アニマ・アマンズト、名前はホースレブカ。父さんも同じく獣鎧機、名前はブルディレオ。どっちも正式に王国が所有している鎧機だよ」

「ホースレブカにブルディレオ……」

「王国に虫鎧機しかないという情報はアンベルたちからかな? その情報は正しく、そして間違っていると言っておこうかな。正確に言い直すなら、『制限無しで搭乗できる鎧機が虫鎧機しか存在しない』ってことだね。ある条件に適合した者でなければ、上位の鎧機は操縦できないんだ」

「ある条件っていうのは?」

「それは姫様から説明があると思うから後にしようか。同じ理由で私たちの姓が『リメロア』であることの説明も後回し。あとはシャリエちゃんのこれから君たちがどうなるのかって質問と、街に帰ることができるのかって質問だけど……うん、これも姫様が直接話してくれると思うよ」

「あの、それじゃレミドナさん、何も質問に答えられないってことに……」

「やははっ、実はその通りなんだ、ごめんね~期待させて」


 軽く笑って謝るレミドナに拍子抜けしたように肩を落とす二人。

 ただ、彼女と雑談に興じていたことで、十分な時間は費やすことができたようだ。ゆっくりと扉が開き、そこから一人の少女が姿を見せた。

 薄紅色のドレスに身を包み、肩に紅鷲を乗せた少女――フィルメリアがその場の全員を一瞥してそっと微笑む。


「お待たせしたかしら。と言っても、随分盛り上がっていたようだけど。部屋の外までレミドナの声が響いてたわよ」

「姫様、それは間違いです。こやつが一人で勝手に盛り上がって騒いでいただけです」

「あ、父さん酷い。何よ、気分を盛り上げてやろうっていう気遣いじゃないのさ」

「ふふっ、説明されなくても分かってるわよ」


 レミドナにフォローを入れながら、フィルメリアは視線をタカトとシャリエへと向け直した。

 ベッドから腰をあげて慌てて膝をつこうとした二人に、フィルメリアは首を横に振って制止する。


「今からお話をするのに、床に膝をついてもないでしょう? ベッドの上に腰をかけたままで構わないわ。私も適当に椅子に座ってお話しするから」

「そんな、王女様を相手に恐れ多いです……」

「気にしないで、というか、こっちが話しにくいんだってば。私のことを思ってくれるなら、そのままでお願い」

「わ、分かりました」


 有無を言わせないフィルメリアに、シャリエとタカトは改めてベッドに腰を下ろした。

 フィルメリアも椅子に腰を下ろし、軽く息をついてゆっくりと口を開く。


「あなたがシャリエね。私はフィルメリア・ルルーク・リメロア。よろしくね」

「は、はいっ。私はシャリエ・ラクリラと言います。本日はその、ご機嫌麗しく……」

「そういうのいいってば。私、堅苦しいのあまり好きじゃないから、気楽にね。それと急にこんな場所に連れて来ちゃってごめんなさいね、シャリエ。あなたもタカト同様、連れ帰らない訳にはいけなかったのよ。今からそれを含めて全て説明させてもらうわね」


 軽く息を吐き、フィルメリアはタカトとシャリエに一から説明を始めた。

 それは今回の正体不明の虫鎧機による街の襲撃事件の内容。


「今日、プフルの街を襲った正体不明の虫鎧機。実は今回が初めてのことじゃないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。始まりは二日前、大陸の北東に位置するケルロンって街があるんだけど……そこに今回と同じ正体不明の虫鎧機が現れたの。その街はプフルと同じく、二機のヴァリエラドを配備していたんだけど、どちらも大破させられたわ」

「そんな……街の人々は?」

「ヴァリエラドが時間を稼いでくれたから、何とか被害は最小限に食い止められたんだけど……それでも『最小限』の被害は出てしまっている。隠すつもりはないからはっきり言うけれど、三十四人の命が虫鎧機の攻撃によって失われたわ」


 フィルメリアの説明に顔を顰めるタカト。やるせなさの矛先が見つけられなかった。


「ケルロンの街に私たちは急いで駆けつけたんだけど、既に虫鎧機の姿はなかった。遠く離れた場所だから、既に虫鎧機は逃げていたのね。ただ、街の人々の証言から色々と情報は得られたわ。虫鎧機は街の人間ではなく、ヴァリエラドと戦うことを目的としているように、そちらへ飛びまわり、撃破し蹂躙した後、用は済んだとばかりに去って行ったと」

「プフルの街のときと同じです……プフルの街でもそうでした! あの虫鎧機、ヴァリエラドが現れると、まるで餌でも見つけたかのように、一目散にそっちに向かって……」

「そう、あの虫鎧機がヴァリエラドを目的としているのだと私たちは即座に見当をつけ、網を張ることにしたわ。それが昨日のこと。ケイロンより南西の街、ムラリク。その場所に私たちは十機のヴァリエラドに加え、私とレミドナ、グレオノの鎧機も配備につけたわ。正体不明の虫鎧機をおびき寄せるためにね。結果としては狙い通り、私たちの前に奴は現れてくれたわ。私たちは集中砲火をかけて、虫鎧機を仕留めることに成功した。虫鎧機の残骸を城へと持ち帰り、事件は解決したと考えていたのが昨日の夕方のこと……解決したと、思ってたんだけどね」


 忌々しげに表情を顰めさせて言葉を切るフィルメリア。そう、事件は何一つ解決などしていなかった。

 ケルロンの街に現れた虫鎧機、そしてプフルの街に現れた虫鎧機、その二つは同じ姿をしていても別々の鎧機だった。

 すなわちあの虫鎧機は複数存在したということだ。二機で終わりかもしれない、しかしもっと数多に存在しているかもしれない。その事実がフィルメリアの表情を顰めさせたのだ。明日、数十機の正体不明機が街を襲う可能性だってあるのだから。

 そんな彼女に、タカトは少し声を明るくして訊ねかけた。


「そ、そうだ! 中の操縦者に訊けばいいんですよ! 素姓と目的、敵の数も何とか訊き出せれば……」

「無理よ。あの虫鎧機に操縦者なんていないのだから」

「え……?」

「空なのよ。いいえ、空という言い方すらおかしいわね。あの虫鎧機の残骸を錬金工房に持ち帰って分解したけれど、操縦席らしきものがなかったの」

「そんな……鎧機を無人で操作するなんて、そんなこと可能なんですか?」

「少なくともウチの錬金術師はそんな方法誰も知らないわ。おかしいのはそれだけじゃないの。あの虫鎧機はヴァリエラドではない全く新たな虫鎧機な訳だけど……鎧機を新たに作り出す技術はとっくの昔に失われているの。とてもじゃないけれど、そんなこと出来るはずがないのよ」


 フィルメリアの説明に、タカトの頭はますます混乱する。

 操縦者のいない虫鎧機、生み出されるはずのない新型。フィルメリアは軽く息を吐いて言葉を続ける。


「とにかくあの正体不明機に関して分かっていることが今はあまりにも少な過ぎるのよ。今日の一件で、奴等がまだまだ沢山存在するかもしれないことが分かったけれど、次は何時どこに現れるのかなんて分からないわ。ヴァリエラドを狙って動いていることは分かっているから、私たちが今できることは街から離れた場所にヴァリエラドを配備し、数を集めて撃破するしかない。とにかく今は情報を集めなきゃいけないわ。奴等がどこから湧いているのか、ヴァリエラドを破壊する目的はなんなのか……これが今回の事件の現状、ここまでは理解できた?」

「はい。大丈夫です」

「ん、よろしい。飲み込みが早くて助かるわ。それじゃ次は君の可愛いドラゴンちゃんのこと」

「可愛いドラゴンちゃん?」


 フィルメリアの言葉に首を傾げるシャリエ。彼女はまだドルグオンが小さくなった姿を視界に入れておらず、フィルメリアの言葉の言葉の意味が理解できなかったらしい。

 彼らが話し合っている今、ドルグオンはどこに居るのか。小さな蒼竜はベッドの隅っこで丸くなって完全に眠りこけていた。

 タカトがドルグオンを指差して竜神様であることを説明した。刹那、シャリエは目を輝かせてドルグオンへと近づいていく。

 彼らの声に目覚めたドルグオンはシャリエと目を合わせ、相変わらず鳥のような猫のような不思議な鳴き声を一つ。それがシャリエには可愛くてたまらないらしい。キラキラと目を輝かせてドルグオンを抱きしめていた。

 嫌がるでもなく、されるがままに受け入れるドルグオン。嫌がられていないことに満足したのか、シャリエはドルグオンを抱きしめたまま元の場所に戻る。そんなシャリエとドルグオンに笑みを零しながら、フィルメリアは改めて説明を続けた。


「そのドラゴンちゃんが竜鎧機であることを今更説明なんてしないわ。あなたたちはそのドラゴンちゃんが竜鎧機になるところも、戦う姿も見ているものね。私が説明するのはその竜の過去と、タカト、どうしてあなたが操縦者に選ばれたのか」

「竜神様の過去と、私が選ばれた理由、ですか」

「うん。あと、今更だけど、無理に敬語使う必要ないってば。私って言うの、慣れてないでしょ? 会話しやすいようにして頂戴」

「分かりまし……じゃない、分かった」


 タカトの返事に満足し、フィルメリアは人差し指を立ててくるくると回しながら話を続けた。


「まずはドラゴンちゃんがどうしてあの場所に石となって眠っていたのか。その理由は、ずっとあなたを待っていたから」

「俺を……?」

「正確に言うと、あなたというよりも『神々の血を持つ者』。虫鎧機ではない上位の鎧機は普通の人間では操作できないことは?」

「あ、ああ、聞いてる」

「よろしい。遥か昔、人々が化物たちに滅ぼされそうになっていた時代、この世界に舞い降りた神々がいた。神々は化物たちに対抗するために己が知識と錬金術により、あまたの生物と契約を結び、対抗するための力『鎧機』を生みだした。神々の力を借り、化物たちは滅ぼされ、めでたしめでたしなんだけど……役目を終えた神々のほとんどは、自分の世界へと帰っていってしまい、残されたのは主を失った鎧機たち。誇り高い彼らは神々の血脈だけを認め、その血が流れる者を主に認めるの。さて、ここまで話して、私やレミドナ、グレオノが鳥鎧機や獣鎧機の操縦者として選ばれている理由は分かるかしら?」

「……聖リメロア王国、『リメロア』の者に神々の血が受け継がれているから。すなわち、フィルメリア様は神々の子孫だから……かな?」


 少しばかり間をおいて答えたタカトの答えに、フィルメリアは満足そうに満面の笑みを浮かべて『正解』と告げた。


「神々も全員が全員還った訳ではなかったの。その中でもこの世界に残ることを決めた一人が私たちの祖先であり、建国者というわけね。だから私や従姉妹のレミドナ、伯父のグレオノは上位鎧機に選ばれた。共に生きる契約者として認めてもらえた」

「でも、それだと変だ。だって俺はフィルメリア様たちのように王の血をひいていないんだ。それなのに、竜神様に選ばれる訳が……」

「なぜ? 選ばれる理由はちゃんとあるでしょう? いいえ、あなたは私たちよりもずっとその資格があるはずだわ。だからこそ、幻想種であり、とうの昔に滅び去ったはずの竜に選ばれたのでしょう? まだ答えが分からない? 自分のことになると鈍いのは減点よ」

「ご、ごめん……本当に分からない」


 降参するタカトに、仕方ないと肩を竦めてフィルメリアはその答えを紡ぐ。

 タカトを真っ直ぐに見つめ、彼女が紡ぎ出した答え。それはタカトをどこまでも驚かせる言葉だった。


「あなたが竜鎧機に認められた理由はただ一つ――タカト・ナガモリ、あなたがこの世界の人間ではないから」

「な……」

「この世界で聞き慣れない名前の響きといい、竜鎧機に認められたことといい、すぐにピンときたわ。あなたが私たちの祖先と同じ、『チキュウ』という異世界からの来訪者であるということをね。タカト、あなたは何時からかは分からないけれど、こことは異なる世界からやってきたのではなくて?」


 フィルメリアの問いかけに驚き過ぎて、タカトは口をぱくぱくとさせるだけで言葉を返せない。

 だが、寡黙は時として言葉を発するよりも雄弁に語る。タカトの反応に、してやったりと笑顔を浮かべ、フィルメリアは言葉を続けた。


「どうやら当たりみたいね。ご先祖様のお言葉通りだわ。いつの日か自分と同じような立場の者がこの世界を訪れるかもしれないと言葉を残されているけれど、竜鎧機に認められる人間がそうでないはずがないものね。ふふっ、私の代であなたがこの世界に来てくれたこと、心から喜ばせてもらうわ」

「え、あ、ど、どうも」

「あなたが竜鎧機に愛されているのは、それが理由。私たちですら薄れてしまっている『神々の血』。それを色濃く持つあなただけが竜鎧機を操れるのよ」


 フィルメリアの話を呆然と聞きながらも、タカトは心の奥底で納得していた。

 どうして鎧機の内部があんなにも自分の世界のモノと酷似していたのか、その説明が彼女の言葉ではっきりと理解できたからだ。

 アクセルやブレーキ、カメラやレバーなど、あちらの世界で経験した者が造り出したのならば、その不可思議さに説明がついてしまう。

 そして、元の世界の人間が乗りやすいように作り出したのならば、同じ世界の住人であるタカトにとって動かしやすいのは当たり前のことだ。

 鎧機とは、タカトと同じ世界の人間の知識と錬金術があわさって生まれた人型兵器だったのだ。

 示された真実に驚きながらも、タカトは気付けばそれを口にしてしまっていた。元の世界、元の人間の情報に触れたことで、今までずっと閉ざしていた気持ちを解放してしまったのだ。


「俺は、還れるのか……? 元の世界に還る方法が、あるのか……?」

「た、タカト……」


 タカトの問いかけに、シャリエの表情が一瞬悲しみに染まる。

 だが、今の彼はいつもとは異なり少しばかり余裕を失っていて気付けなかった。

 しっかりした姿を見せているが、彼とて元の世界ではまだ高校二年。大人とは言い難い少年だった。

 故郷に戻れるかもしれない、そう思うと心を止められなかった。気持ちを抑えられず訊ねかけたタカトだったが、彼の問いにフィルメリアは首を軽く横に振る。


「神々がどのようにして元の世界に戻ったのかは分からない。ご先祖様もその方法を後世に残してはいないわ。ただ、分かるのは還る方法はあるということ、けれどその方法は誰も知らないということよ」

「そっか……」

「そして、酷なようで申し訳ないのだけれど、例え知っていたとしても、私たちは今すぐ君を元の世界に戻すことはできないの」

「そんな……ど、どうして?」

「あなたが『神々の血』を色濃く持つ唯一の人間だから。長い時を経て、私たち聖リメロア王国に流れる神の血は年々薄まってしまっているわ。ここにあなたが現れたのは運命としか思えない。この国の人々を守るためにも、竜鎧機に選ばれたあなたを簡単に元の世界に返すことなんてできない。あなたにはこの地に『神々の血』を再び色濃く残してもらう役割を受け入れてもらわなければならないのだけど……ま、その話は『事件』が落ち着いてからね。今、あなたに去られて困る一番の理由は、純粋に竜鎧機の戦力を欲しているからよ」

「『事件』……正体不明の虫鎧機、か」

「そう。あの虫鎧機がこのまま二度と現れない、なんて私には思えない。今後奴らの大群が押し寄せても不思議じゃないわ。そんなことになれば、私たち三人の上位鎧機と虫鎧機だけでは国を守れないかもしれない。今は一人でも大きな戦力が欲しいわ。だからこそ、あなたには竜鎧機に乗って、私たちと共に民を守るために戦ってほしい」

「……それを断れば、どうなる?」

「どうもしないわ。しかたないと諦め、私たちで撃退するだけ。ただ、あなたを街へ帰すことはできない。『神々の血脈』が『悪意ある者』に利用される可能性だってあるわ……あなたの意思に反してでも、それを行う力を持つ者がこの世界には数多存在する。そんな者たちに上位鎧機を与える訳にはいかないのよ」


 真っ直ぐにタカトを見つめて言葉を返すフィルメリア。強き意志の込められた瞳に、タカトは言葉を返せない。

 彼女の示したものは、選択肢などと呼べないものだ。協力か、軟禁か。そのどちらかしかタカトには道が存在しないのだ。

 理不尽かもしれない。だが、それ以上にフィルメリアの本気が窺えた。迷うタカトに、フィルメリアは椅子から立ち上がり、その場に膝と手をついて頭を下げた。その光景にタカトはおろか、シャリエもレミドナもグレオノすらも目を見開いて驚愕する。

 止めるように言うレミドナとグレオノの言葉も無視して、頭を地につけたまま、フィルメリアは懇願するように言葉を吐きだした。


「あなたの望む願いは可能な限り叶えるわ。あなたが望むなら、この身だって捧げて構わない。私にできる対価は何だって払う。だからお願い――どうか、私たちに力を貸してください」

「な、なんで、なんでそこまで……」

「決まっているわ。私は王女であり、この命は国民のために存在している。民を守るためならば、この身がどうなろうと構わない――それが私の、フィルメリア・ルルーク・リメロアの覚悟だから」


 フィルメリアの言葉に、タカトの心はかっと熱を帯びたように炎に染まった。

 そう、彼女がタカトに要求をつきつけているのも、全てはこの国に生きる民を守るためだ。決して自分の私利私欲ではなく、この国に生きる人々が幸せに笑うためだ。

 王女でありながら、タカトに頭を下げ、どうなっても構わないと覚悟を決めている少女。その姿を見て、何も感じない筈がない。

 右も左も分からぬこの世界に迷い込んだ自分を救ってくれたシャリエたち。彼女やプフルの街の人が、このままでは危ないかもしれない。

 大切な人々が危険な目にあうかもしれない、それだけで動くには十分過ぎる理由ではないか。

 タカトだって恐怖はある。戦いにいくことが怖くないはずがない。目の前でアンベルやラミエラが殺され、自分もあと一歩で虫鎧機に殺されそうになった。

 けれど、ここで嫌だと逃げたところで何になる。今、この場に、この世界に自分の存在を必要としてくれている人たちがいる。自分にはそのための力が竜神様から借りることができる。

 一人でみんなを救うなんて大言を吐くつもりはない。だけど、このまま逃げて大切な誰かを失ってしまえば、きっと一生後悔するだろうから。

 覚悟を決めるなんて今さらだ。この世界に迷い込み、シャリエやその家族に救われたことで、タカトはずっと昔に覚悟を決めていたのだ。

 ――自分にできる、精いっぱいを。大切な人々に少しでも力になること、恩返しをすること、それが自分の決めた道だから。


 心を決めたタカトは、フィルメリアの前に立ち、迷うことなく床に頭を擦り付ける。それは見事な土下座であった。

 タカトの行動に呆然とするフィルメリア。そんな彼女に、タカトはごんごんと何度も頭を打ち付けて声を発した。


「お願いするのはこっちの方だ。フィルメリア様、どうか俺を使ってほしい」

「タカト……」

「このままプフルの街の人々が、この国があんな正体不明の化物に滅茶苦茶にされるなんて絶対に駄目だっ。この世界に来て、シャリエたちに救われて、俺は誓ったんだ。この世界の大切な人たちのために生きるって、できることを精いっぱいやって、力になるんだって。正直、フィルメリア様の話を聞いても、自分が特別だなんてちっとも思えない。何の役に立つのか何て訊かれても答えられない。戦場で戦うイメージなんてこれっぽっちも持てやしない。けど、そんな俺でも大切な人たちの力になれるなら……大切な人たちを守るために、やれることがあるなら、やらせてほしいんだ。きっとそんな願いを託すために、竜神様も身を挺して守ってくれて、俺に力を貸してくれたんだと思うから」

「タカト……ありがとう。約束するわ。あなたの力、私利私欲ではなく、かならずこの国の全ての民の笑顔を守るために活用する事を」


 頭を下げていたタカトの手をそっと包み込むように握り、フィルメリアは優しく笑顔を浮かべた。

 それはどこまでも見惚れるほどに美しい少女の笑顔。言葉を失って魅入ってしまうタカトだが、彼にはそんな余裕も与えられない。

 お互い床から立ちあがったタカトとフィルメリアだが、客室に慌しく足を踏み込む一人の兵士。

 彼は息を切らし、フィルメリアたちに報告を行った。


「ご会談の中、申し訳ありません! 火急の用件により、ご報告いたします!」

「何事だ!」

「はっ、王都より北西の街、ロイーダ付近に正体不明の虫鎧機が現れました! その数三十!」

「さ、三十ですって!? 間違いないの!?」

「は、はいっ! 現在街を離れて交戦中のヴァリエラド第三百十二番より緊急連絡、至急応援を頼むとのことです!」


 兵士の告げた伝令、その内容に室内は静まり返るしかない。

 タカトの身を包む戦火は夜になれど未だ消えることはなく。彼の身を焦がすかのように轟々と燃え上がるのだった。








 

虫鎧機「見せてもらおうか、王国の新型の性能とやらを」

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。

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