三話 姫君との出会い、そして王都への誘い
鳥鎧機から降り立った淡紫色の髪を持つ美少女――フィルメリア。
彼女が聖リメロア王国の第一王女であることを告げ、完全に硬直するタカト。なぜ王女様がこんなところに、どうして鎧機に乗っているのか、次々に浮かぶ疑問に対する思考処理が追い付いていない状態だ。
タカトから一向に返事がこないため、待つことに飽きたのか、フィルメリアは少し不満そうな表情をして、タカトに再び訊ね直した。
「返事が返ってこないけれど、私の声が聞こえなかったのかしら。あー、こほん、あなたのお名前は何ですかー?」
「あ……」
目の前まで近寄られ、じと目で見上げられたことで、ようやくタカトの意識は復活した。
異世界の王族に対する礼節も作法も分からないタカトであったが、とにかくこの見下ろすような形は拙いと判断した。
慌てて膝をつき、頭を垂れてタカトは慣れない敬語でフィルメリアへ名を名乗った。
「お、お初にお目にかかります。俺……じゃなかった、私はプフルの街に住んでいるタカト・ナガモリと言います」
「タカト? ナガモリ? ふうん……なるほどね」
タカトの名乗りに、フィルメリアは一人納得するような声を発していた。
その反応は彼女だけではなく、背後で彼女を守るように並ぶ二人の人物も似たように様子をみせていた。一人は白髪の初老の男性、もう一人は紅髪の二十歳過ぎた年頃の女性だ。
そんな彼らの反応の意味が分からず、頭に疑問符を浮かべるタカトだが、彼の疑問を解消することなくフィルメリアは彼に言葉を紡いだ。
「色々訊きたいことはあるんだけど、それは後でゆっくり話してもらうとして。まず優先すべきは経緯。あなたがこれに乗って正体不明の虫鎧機と戦っていた理由、教えてもらえるかしら?」
タカトの背後の竜鎧機を見上げながら、フィルメリアは問いを投げかけた。
その質問にタカトは全て虚偽なく説明を行った。街に突然、正体不明の虫鎧機が現れたこと。街を守護するヴァリエラドが二機とも撃墜されてしまったこと。身を守るために竜神岩へ避難したが、なぜか虫鎧機が追ってきたこと。もう駄目かと思ったとき、突如竜神岩が光り輝き、竜へと変貌したこと。その竜が鎧機であり、虫鎧機を街から追い払うためにタカトが乗りこんだこと。
全ての説明を真剣に聞き終えたフィルメリアは、軽く息を吐いてタカトを窘めるように声をかけた。
「この国の王族の一員として、あなたが民を守るために頑張ってくれたことには感謝するわ。けど、無謀過ぎ。もし蒼竜が鎧機じゃなかったらどうするつもりだったの? 虫鎧機にペチャンコに潰されて死んじゃったら、一緒に逃げてた女の子だって悲しむでしょ? 恋人を泣かせる行動は慎みなさいな」
「す、すみません……竜神様が危ないと思って、自分も何とかしなくちゃって思いこんでしまって……あまりに無謀でした。あと、シャリエは恋人じゃありません……」
「あら、ごめんなさい。でも、そうやって人の指摘を素直に受け入れられるところ、好印象よ。うん、顔も良い線いってるし全然悪くないわ」
ふんわりと気品を漂わせながら、それでいて気さくに微笑むフィルメリア。王女でありながら、王女らしくない顔を見せる彼女にタカトは少しばかり緊張を削がれた。
アンベルたちの話から、王家の人々はガッチガチの権威主義かと思っていたが、かなりフランクな人々のようだ。タカトを楽しげに見つめるフィルメリアだが、会話も長くは続けられない。
小型の連絡装置によって情報を得た初老の男性が、何かをフィルメリアに耳打ちした。表情を一瞬顰めたフィルメリアだが、すぐさま表情を戻してタカトに言葉をかける。
「さて、タカト。申し訳ないけれど、あなたには竜鎧機と共に今すぐ王都へ来て貰わなければならないわ。本当にこういうことを言うのは、権力を武器に脅しているみたいで嫌なのだけれど……もちろん、あなたの身柄を拘束するわけでもなし、不当な扱いをするつもりもないわ」
「理由は……竜神様にあるんですよね?」
「その通りよ。あなたはこの竜鎧機に契約者として認められ、動かすことができてしまった。なぜ、そのことが理由になるのかの説明も含めて、全ては王城に戻ってから行わせてもらうつもりよ。素直に一緒に来てもらえるかしら」
むろん、その問いに対してタカトが断る権利などない。これは要請という名の強制なのだから。
ただ、フィルメリアが最大限にタカトに配慮をしているのは誰だって分かることだ。王家の人間にも関わらず、言葉を選んでタカトに頼む姿は彼にも十分伝わっている。
少し考えるものの、タカトは即座に答えを出す。ここで断ることはできないし、何より断る理由もない。
フィルメリアたちは、少なからずタカトよりも情報を握っている。正体不明の虫鎧機のことも、タカトたちを守ってくれた竜神様――竜鎧機のことも、なにもかも。
ならば、彼女に同行して少しでも説明を受けたほうがいい。その結論に辿り着き、タカトはフィルメリアに答えを返した。
「王都への同行はこちらからもお願いします。本当に俺……じゃなくて、私は状況が全く分からないんです。正体不明の虫鎧機のことも、竜鎧機と呼ばれる竜神様のことも、どうして自分が操縦できたのかも……今は少しでも情報がほしいんです。だから、お願いします」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ。だけど、タカト、あなたって歳幾つ?」
「え? あ、えっと、今年十七になりました」
「私と同じね。十七にしては、随分と落ち着いているというか、状況をしっかり把握できるというか。慌てたり怯えたり状況に取り乱したりするかと思ってた」
「それはもう一年前、異世界に来た時に散々やり尽くしましたから」
苦笑気味に笑って告げるタカトに、言葉の意味を理解できずフィルメリアは首を傾げるばかり。
そんなフィルメリアに『なんでもないです』と流して、タカトは一つお願いをした。
「あの、一つお願いがあるんですが」
「何かしら? 私たちにできることならなんでも」
「えっと、プフルの街のシャリエ……先ほど話しました、一緒に避難していた女の子に私の無事を伝えて頂けないでしょうか。何も言わずに出て行ったら、凄く心配すると思うので」
「ああ、その心配はないわ。シャリエって娘はあなたと一緒に竜鎧機を見たのよね?」
「はい、そうです」
「だったら、その娘もそのままって訳にはいかないわ。あなたと一緒に王都まで来てもらうことになるからね。あなたとその娘の家族にはしっかり伝えておくから安心してね」
「しゃ、シャリエも連れていくんですか!?」
「もちろんよ。竜鎧機の情報を持っている人を放置しちゃうと、色々危険だもの。それに、あなたも一人じゃ流石に心細いでしょうし、恋人が一緒なら安心できると思うしね」
「あの、ですからシャリエは恋人じゃないです……」
力なく否定するタカトと、上品に笑うフィルメリア。どうやらワザとタカトを弄ってからかっているらしい。
全ての話は王都についてからということになり、タカトは竜鎧機に乗り込んでフィルメリアたちと共に王都へと向かった。
先頭を駆けるフィルメリアの紅の鳥鎧機、その後ろを駆ける馬と牛の獣鎧機。その後ろ姿を眺めながら、タカトは一人思考する。
虫鎧機しか残されていないという話だった聖リメロア王国、しかし今ここに虫以外の鎧機が四機も存在している。その理由も王城で教えてくれるのだろうか。
カメラを動かし、タカトは背後を飛ぶ王国軍のヴァリエラド隊へと視線を向けた。彼らがロープ状のもので正体不明の虫鎧機の残骸を運んでいた。
その虫鎧機を見て、タカトの脳裏を過るのは二人の兵士。アンベル、ラミエラ、街を守るためにヴァリエラドで戦い抜いた知人たち。
飛び立つ前に、フィルメリアに二人の安否を訊ねたタカトだが、彼女は真っ直ぐにタカトを見つめて一言呟いた。
『――騎士アンベル、騎士ラミエラは街の人々の命を守るために戦い抜いた忠義の士だったと父に報告するわ』
彼女の言葉から、二人の命が失われたことがはっきりと証明されてしまった。
遅れてやってきた胸の悲しみに、タカトは袖で何度も目を拭う。もう二度と二人には会えない。もう二度とヴァリエラドを借りて二人に礼を告げることもできない。本当に良い人たちだったのに、どうして。
悲しみを抑え込みながらも、タカトは無理矢理自分を納得させるしかない。これが異世界なのだ。人の命など突然吹いた突風に消し飛ばされてしまうくらいに脆い世界。
二人は街の人々のために、タカトやシャリエを守るために戦い抜いて果てたのだ。だからこそ、タカトは瞳を閉じ、黙とうを捧げる。
彼らの死を受け入れるにはまだまだ時間がかかるだろう。けれども、二人のことは絶対に忘れない。誰かを守るために戦い抜いた、二人の姿を決して。
空を飛ぶこと十数分。鎧機の加速によって、タカトたちはあっという間に王都へと辿り着いた。
城下街上空を飛び、聖リメロア城の敷地内へとタカトたちは降り立った。竜鎧機から降り立ったタカトと同様、鳥鎧機から降りたフィルメリアがタカトに声をかけた。
「戦いといい、飛行といい、本当に手慣れているわね。あなた、今日初めて鎧機を触った訳ではないのかしら?」
「ランベルさんとラミエラさんにお願いして、何度もヴァリエラドに乗せてもらってましたから。初めてではないです」
「それにしても、よ。正体不明の虫鎧機は錬金工房へと運びなさい! どうせ『空』でしょうけれど、少しでも手掛かりとなるような尻尾を掴むのよ!」
タカトとの会話を途中で一度きり、フィルメリアは兵士たちに指示を飛ばした。
そして、再びタカトに向き合って、何でもなかったように会話を続けた。
「それじゃ部屋に案内するけど、その前に竜鎧機を鎧機解放した後に休眠化してもらえる? 流石にこんな大きいのを敷地内に置いておくのはね。かといって竜を虫牧場に置く訳にもいかないし」
「休眠化、ですか?」
「あ、そうか。竜鎧機は今日触ったばかりだから、知る訳ないわよね。簡単に説明しておこうかしら」
そう告げて、フィルメリアは鎧機の仕組みと休眠化について説明を始めた。
鎧機とは既存の生命体を錬金術により、巨大人型化した生き物であり、当然命ある存在だ。ゆえに、休息を必要とする。
その休息の手段として、虫鎧機のヴァリエラドは団子虫のごとく、丸くなって眠り続けることによって行っていたのだが、これはあくまでヴァリエラドが低級の鎧機ゆえにそれしかできないからである。
上位の鎧機、それこそ獣や鳥などを元にした鎧機はもっと効率的に休息を取ることが可能なのだという。それがフィルメリアの語る『休眠化』なのだ。
ものは試しにとばかりに、フィルメリアは右腕の紅の腕輪を鳥鎧機に掲げ、言葉を発した。
「イーグレアス、お疲れ様――休眠化!」
フィルメリアの声に呼応するように、鳥鎧機は淡い紅の光に包まれ、ゆっくりとその巨大な体を収縮させていく。
光が収まったとき、そこには大きさにして40センチほどの、全身を紅に染めた小柄な鷲のような鳥が現れた。
鳥はフィルメリアの右肩に収まり、高い鳴き声を響かせる。驚くタカトに、フィルメリアは微笑んで説明を続けた。
「こんな風に小さな姿になることで、体を休めることができるのよ。だから鎧機と常に一緒にいられるし、いつでも鎧機を呼び出せる。何より、身の安全を守ってくれる最強の護衛にして最良の友にもなるわ」
「は、初めて知りました……」
「当たり前よ。上位の鎧機は我が国でも三人しか乗り手がいないんだもの。今ではあなたも含めると四人かしらね」
やり方を教えてもらい、タカトも彼女同様に竜鎧機へ向けて腕輪をかざして叫んでみる。
「竜神様、ゆっくり休んで下さい――休眠化!」
タカトの腕輪から放たれる淡い緑の光に包まれ、竜鎧機は鳥鎧機同様その姿を変えていく。
収縮する光の中から現れたのは、体高五十センチほどのずんぐりむっくりとした小さな蒼いドラゴンだ。
頭から生えた後ろ向きの二本の短い角に、背中に生えた気持ち程度の羽はなんともファンシーな有様である。
短い手足をちょこちょこと必死で動かし、タカトの足元にすり寄る姿はとても竜神様とは言い難い。予想外の姿に呆然とするタカトと、楽しそうに笑いながら言葉を紡ぐフィルメリア。
「可愛いじゃない。しかもよくあなたに懐いてるみたいだし。頭でも撫でてあげたら?」
「そんな、街の守り神様に恐れ多いです……」
「その状態なら体力も回復するから、鎧機の必要のない時は常にその姿にしてあげてね。戦闘中に体力切れ、なんてなったら洒落にならないわよ」
「分かりました」
「それじゃ、部屋に案内するわね。私もお父様への報告したりしなきゃいけないから、あなたとの話し合いは夜になると思う。それまで部屋でゆっくり休んでね。その時間には、あなたの恋人さんも城についてると思うから」
「ですから、シャリエは恋人じゃないです……」
フィルメリアに案内され、タカトは小さくなってしまった竜神ドルグオンと共に城内を歩く。
途中、ドルグオンが階段の段差を短い足では昇れず、結局途中からタカトが抱きかかえてつれていくという波乱があったりしたものの、何とか無事に客間へと辿り着いた。
その部屋は豪勢かつ広々とした部屋で、何人も眠れそうな大きなベッドや絢爛なシャンデリアなどが置かれていた。元の世界なら、いったい幾ら払えば宿泊できるのか、そんなレベルの部屋だ。
タカトたちを部屋に案内して、『また後でね』と笑って別れを告げたフィルメリア。部屋に残されたタカトは軽く息をつき、足元のドルグオンにそっと言葉を紡いだ。
「とりあえず、全ては夜になってからかな……俺、これで良かったんですよね、竜神様」
「グァン」
アヒルのようなカモのような、不思議な鳴き声を返しながら、竜神ドルグオンはタカトの足にゴンゴンと頭を擦り付けていた。
ベッドの上に腰を下ろし、ドルグオンを優しくベッドの上に運んであげながら、タカトは今日一番の大きな溜息をつくのだった。
竜のモンスター、ドルグオンを選ぶんじゃな、この子は本当に元気がいいぞ。(鎧機博士)
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。