二話 長き時を経て、神竜の目覚めはここに
二機のヴァリエラドの撃墜、それは街の守り手を失ったことを意味する。恐怖が街の人々の心に侵食し、人々は我先にと悲鳴をあげて逃げ惑う。
「タカト、逃げよう! ここにいちゃ危ないよ! あの化物がいつ私たちを襲ってくるかも分からないんだよ!」
ヴァリエラドだったものが正体不明の虫鎧機に弄ばれる光景を呆然と眺めていたタカトに、先に我を取り戻したシャリエが彼を引っ張って避難を促した。
彼女の叫びに、ようやく状況を理解したタカトは彼女と共に走りながら、先ほどの惨劇を思い出す。
あのヴァリエラドが、たった一撃で倒された。機体を貫かれた上、更に四肢をバラバラに切り刻まれている今、操縦者が生きているとは考えにくい。
そのことにタカトは奥歯を噛み締めることで必死に感情を抑え込む。アンベル、ラミエラ、二人は先ほどまで笑いあっていた。その人たちがもう、この世にはいない。
知人を一瞬にして失ったことへの悲しみを必死に堪えながら、タカトは前を向いて走りながらシャリエに指示を出す。今、すべきことは二人の死を悲しむことでも、正体不明機を探ることでもない。大切な人を守るためにはどうすればよいのか、それだけを考えなければならないのだから。
「シャリエ、農場へ向かおう。ラルフさんとピエリナさんが心配だ」
「う、うんっ」
「二人が既に避難してたならそれでいい。合流するにせよ、しないにせよ、そのまま竜神様のところまで避難しよう。正体不明機の目的は分からないけれど、民間人を追ってあんな洞窟の中まではこないはずだ」
「分かった!」
シャリエの同意を貰い、タカトたちは怯え惑う人々の流れから離れ、わき道を走って農場への道を急いだ。
街外れの農場に辿り着いた二人だが、ラルフとピエリナの姿は見当たらない。一通り探しても姿が見えないことに、避難をしたと判断し、二人はそのままの足で竜神岩の安置された洞窟まで走り続けた。
走ること十数分、山道を駆け、二人は何とか薄暗い竜神岩の洞窟へと辿り着く。
岩に背を預け、肩で息をしながら腰を下ろすタカトとシャリエ。ゆっくりと呼吸を整えながら、言葉を交わし合う。
「お父さんと、お母さん、無事かな……」
「大丈夫だよ、農場は街から離れているし、多分もっと街から離れたところに避難したんだと思う」
「そっか、そうだよね……」
タカトの根拠のない言葉でも、少しは安心できたらしく、シャリエは小さく笑みを零す。それは強がりの入った笑みでもあった。
静まり返った洞窟内。この場に逃げ込んだのはどうやらタカトとシャリエの二人だけのようだった。
竜神岩に背を預けたまま、二人は先ほどの光景を思い出しながら再び会話を続けた。
「あのトンボみたいな虫鎧機、なんだったのかな……あれ、虫鎧機でいいんだよね?」
「ああ、間違いない。ヴァリエラドとは形状が違うけど、人型を取っていたし……」
「ヴァリエラド……アンベルさん、ラミエラさん、大丈夫だよね? どかーんって倒されちゃったけど、虫鎧機に乗ってるから、大丈夫なんだよね?」
「ああ、大丈夫だ。虫鎧機は機内の水晶に手をかざせば脱出できるようになってる。致命傷を受ける前に触れば転移できるし、二人がそれを知らないはずがない」
「そっか、よかった」
タカトの言葉、それはシャリエを安心させるための嘘だった。
確かに脱出することは可能だ。だが、あの二人が自分の命を守るために、虫鎧機から脱出する可能性はほとんどないとタカトは考えていた。
彼らの仕事は街の人々を守ること。その役割を自分の命惜しさに虫鎧機を放棄するなど二人の性格から考えられない。
アンベルもラミエラも街を守ることに誇りを持っていた。目の前に街の人々の命を脅かすかもしれない正体不明の虫鎧機が暴れているなら、彼らは己の命を賭して戦い抜くだろう。
タカトの推測では、あの二人はきっともうこの世にはいない。けれど、そんな残酷な現実をシャリエに突きつけることなんてできない。
だからタカトは嘘をつく。シャリエを安心させるために、自分すらも騙せない稚拙な嘘を。
心の悲しみを悟られないように、必死に感情を押し殺すタカト。軽く呼吸をつき、心を落ち着かせる彼に、シャリエは不安を消し去るために子供のようにタカトに声をかけ続ける。
「街のみんな、ちゃんと避難できたかな……」
「正体不明機はヴァリエラドに執着していたから、逃げる時間は稼げたと思う。それに、もう少しすればきっと王国から虫鎧機が沢山派遣されてくるよ。あいつの正体は分からないけど、好き勝手できるのも時間の問題だって。すぐに倒されて、またいつも通りの日常が戻ってくるさ」
「そうだね……あの虫鎧機、どんな人が乗っててどんな目的であんなひどいことするのかな」
「それこそ王国のお偉いさんの役目だよ。虫鎧機ってことは中に人が乗ってるのは間違いない。どこの誰だか知らないけど、これだけのことをやってのけたんだ、しっかり犯人の罪を裁いてもらわないと」
「うん……とにかく今は、街の人々が無事でありますようにって祈るよ」
「そうだな。避難したところが竜神様のところだっていうのも都合がいいし、竜神様にみんなの無事を祈ろうか」
「だね」
タカトとシャリエは背後の竜神岩に向きあい、胸に手を当てて祈りを捧げる。
街の守り神として長年人々に祀られた岩に、二人は街の人々の無事を祈願した。どうか皆が無事でありますように、と。
祈りを終え、タカトがゆっくりと瞳を開いた刹那――竜神岩の異変に彼は気付いた。竜神岩がわずかばかり緑色の光を放っていたのだ。そのことに目を見開いて驚いたタカトは、それをシャリエに指摘するのだが。
「な、なんだこれ!? シャリエ、竜神岩が光ってる!」
「え? ……どこ?」
「どこって……全体が薄緑色に輝いてるじゃないか。いつの間にこんな……」
「全然光ってないよ? いつもどおりの竜神様だと思うけど……」
シャリエと食い違う言葉に、そんな馬鹿なとタカトは混乱した。
彼の目の前では、確かに巨大な竜神岩が淡い緑の光を放っている。だが、それがシャリエには見えないという。
理由も分からず、首を傾げるしかないタカト。いったい竜神岩に何が起きているのか――それを考える時間は彼には与えられなかった。
背後から響いてくる激しい羽音。その音に背後を振り返ったタカトとシャリエだが、彼らの視線の先に現れた化物――正体不明の虫鎧機に戦慄する。
なぜ、ここに。その理由を考えるより早く、タカトはシャリエの手を引いて竜神岩の裏側へと逃げ込んだ。
岩の裏側から街を襲った虫鎧機を睨みつけるタカト。そんな彼の横で涙目になっているシャリエが恐怖に捕われながら言葉を発した。
「な、なんで!? どうしてここにあの化物がいるの!?」
「分からないよっ! なんでアイツがこんなとこまで……とにかく、この状況は拙い。なんとか隙を見つけて、ここから脱出しないと……」
「そ、そうだね……でも、どうしよう、入り口は完全にあの虫鎧機が塞いじゃってるよ……こっそり横から抜けられないかな」
「とにかく、今は状況を見守ろう。もしかしたら、すぐに洞窟から出ていくかもしれない」
淡く輝き続ける岩陰に隠れながら、二人はじっと虫鎧機を観察する。
虫鎧機はふわふわと飛行しながら洞窟内へと侵入し、竜神岩を視界へと入れた。立ち止まったかと思うと、突如として攻撃を放つ。
頭部の目玉のような場所から放たれる光の散弾。撒き散らすように放たれたそれらは、竜神岩へ向けて次々にばらまかれる。
激しい衝突音と振動を受けながら、タカトはシャリエを守るように抱きしめて攻撃が収まるのを待つ。シャリエは唇を噛み締めて必死に悲鳴を抑えていた。
やがて、砲撃が止まり、タカトはシャリエを抱きしめたまま虫鎧機を再び覗きこむ。どうやら散弾では竜神岩を壊せないと判断したのか、今度は尾の巨大針を刺し向けようとする。
そこまで状況を把握し、タカトはあの虫鎧機の狙いがこの竜神岩の破壊なのだと判断した。理由は分からないが、あの虫鎧機はこの竜神岩を壊そうとしている。
その答えに辿り着いたとき、タカトは己の判断ミスを悔やむ。ここが安全だと判断し、逃げ込んだことが逆に自身とシャリエの命を窮地へと追い込んでしまった。
今から逃げ出そうとしても、それより早く虫鎧機の尾から巨大針が解き放たれるだろう。あれはヴァリエラドの装甲をも容易く貫いた破壊力を秘めた最悪の武装。
あれが竜神岩に放たれれば、岩は木端微塵に砕け、その飛散した岩に押し潰されることになる。ここにきて、タカトは己の死を悟ってしまった。
彼の心に溢れる感情、それは死への恐怖ではなく、後悔。自分が死ぬことよりも、腕の中の少女まで巻き込んで死なせてしまうことが彼は何よりも許せなかった。
守りたい。死なせたくない。この異世界で自分を救ってくれた大切な家族がこんなところで死んでしまうなど認められない。
強くシャリエを抱き締めながら、タカトは瞳を閉じて強く祈る。神でもいい、悪魔でもいい、誰でもいい、この少女を救って下さい。守るための力を貸して下さい。
瞳を閉じ、心の中で強く祈り続けるタカト。そんな彼の心の叫びに呼応するように、竜神岩は一際強い輝きを放つが、その竜神岩へ向けて虫鎧機の巨大針が放たれた。
螺旋を描き、着弾して全てが終わると思われた、その瞬間だった――緑の光、その奔流が洞窟内を塗りつぶすほどに広がったのは。
あまりに眩く、目を空けられないほどの輝きの嵐。光が収まり、タカトたちがゆっくりと目を見開いたとき、彼らを守るように、それは存在していた。
鋭い瞳に、蒼き鱗。口からはみ出すほどに鋭い牙。
二十メートルはあろうかという巨大な体躯を持ち、背中に翼を生やした幻想生物。その姿を見て、タカトは呆然と呟いた。
「……ドラ、ゴン……?」
そう、それはまさしく幻想生物の頂点に立つ圧倒的な存在――ドラゴン。
蒼鱗で全身を固め、雄々しく太い尻尾は力強く。二人を守るように虫鎧機を睨みつけて蒼竜は四足で大地に立っていた。
うなり声をあげる蒼竜に、虫鎧機は再び尾の一撃を放とうとするが、それより早く蒼竜は虫鎧機へ向けて飛び立った。
宙へ舞った蒼竜は、その巨体を虫鎧機へ押し付け、強引に攻撃を止めつつそのまま洞窟の外へと押し出した。
洞窟から出ていった二つの巨体を眺めて、シャリエはタカトにあわあわと声をかけた。
「タカト、タカトっ、今、今、竜神様が! 竜神様が本物の竜になっちゃったよ!? 何がどうなってるの!?」
「お、俺だって分かんないよ! と、とにかくチャンスだ! 洞窟から出て別の場所に避難しよう! 竜神様が作ってくれたチャンスを逃しちゃ駄目だ!」
「う、うん!」
二人は立ち上がり、慌てて洞窟の外へと脱出した。
そして、上空で繰り広げられている虫鎧機と蒼竜の戦いが視界へと入ってきた。飛びまわる虫鎧機を蒼竜は噛み砕かんと追いまわしている。
どうやら虫鎧機の意識は完全に蒼竜へと向けられたらしい。そのチャンスを逃してはならないと、タカトはシャリエを連れて洞窟から離れるように走った。
避難しながら、上空の戦いを見つめるタカト。そして、戦況の変化に歯噛みする。蒼竜の動きが鈍く、段々と虫鎧機に翻弄されはじめたのだ。不利を感じ取ったシャリエが必死に蒼竜に向けて応援の声を発する。
「頑張れ、頑張れ竜神様っ! そんな化物なんかに負けないで!」
そんなシャリエの声も空しく、蒼竜は虫鎧機の強烈な体当たりをくらい、大地へと叩きつけられてしまう。
その光景に表情を顰める二人。あまりに劣勢な状況に、タカトはふと疑問を感じた。
竜とはこの異世界で滅びを迎えたはずの幻想種、全ての獣を制するほどの力を持つ竜だというのに、なぜあれほどまでに一方的にやられているのか。
復活したばかりで力を失っているのか、それとも他の理由で力が完全に発揮できないのか――そこまで考え、タカトは一つの推測に辿り着いた。もしかしたら、あの竜は『鎧機』なのではないだろうか、と。
鎧機として契約をした生命は、鎧機と化したとき、信じられないほどの力を発揮する。しかし、その代償として本来の獣としての力を失う。あの竜は鎧機ゆえに、本来の竜としての戦闘力は発揮できないのではないだろうか。
タカトの知る鎧機とは虫鎧機であり、竜鎧機など見たことも聞いたこともない。しかし、街に残る言い伝えが竜神岩が鎧機であることを示しているなら話がつながるのも事実。また、仮に竜鎧機であったとして、自分が操作できるのか。遥か昔、虫以外の強き獣の鎧機たちは乗り手を選び、神々しか操作できなかったという話が残っている。ただの一般人であるタカトに操作などできるのか。
思考するタカトだが、このままでは蒼竜が虫鎧機に倒されてしまうことも事実。あの蒼竜が倒されてしまえば、もしかしたら再び虫鎧機が多くの人間の命を奪うかもしれない。
悩み抜き、そしてタカトは決断を下す。駄目もとでもいい、あの蒼竜が鎧機である可能性を信じて、接触してみようと。
タカトはその場に立ち止まり、隣に並ぶシャリエに真剣な表情で声をかけた。
「シャリエ、このまま森を抜けて街の裏側の穀物倉庫へと逃げるんだ。あそこは山に穴を掘って作られていて、多くの人が避難していると思う」
「う、うん……た、タカトは? タカトも一緒に行くんでしょ?」
「俺は今からあの竜神様に接触してみる。もしかしたら、竜神様は鎧機かもしれない。もし竜神様が鎧機なら、操縦者がつけば危機を乗り越えられるかもしれない。俺はそれに賭けてみようと思う」
「だ、駄目だよ! 危ないよ、タカト!」
「どっちにしても、このままじゃ竜神様があの化物に負けてしまう。乗れなかったらすぐに引き返してシャリエに合流するから、大丈夫」
「タカトっ!」
シャリエに避難を指示して、タカトは大地へ墜落した蒼竜の方角へと駆けだした。
森の木々を抜けたその先に、巨大な体躯の蒼竜は横たわっていた。墜落した後も何度か反撃を試みては、幾度と虫鎧機に叩き落とされたのだ。
ボロボロになった蒼竜にタカトは近づき、声をかける。
「竜神様……俺たちを守ろうとして、こんなにボロボロになって……本当に、ごめんな」
タカトの声に反応したのか、蒼竜は力なく、しかしゆっくりと起き上がり、タカトへ顔を向けた。
じっとタカトを見つめる蒼竜とそれに向きあうタカト。そして、蒼竜は空に向けて一際大きな咆哮を轟かせた後、瞳からタカトの右手首へ向けて淡い緑の光を放つ。
タカトが右手首に熱を感じ、腕が光に包まれた後、その腕には蒼い腕輪が装着されていた。
それは操縦者と鎧機とを結びつく絆の証。タカトの推測通り、蒼竜は鎧機だったのだ。そして、彼の腕に差し出したそれは彼を主と認める証明。
右手首のバングルを触り、タカトは蒼竜へと頭を下げる。それは心の奥底から紡いだ偽りなき想い。
「竜神様、この一度だけでいいんだ。大切な人たちを、この街を守るために竜神様の力を、俺に貸してくれ!――竜鎧機化!」
右手を翳して叫ぶタカトの声に、蒼竜はその全身を緑の輝きに包ませて変形を行った。
竜のその身から人型へ。竜の容貌を色濃く残し、後ろに伸びた鋭い角を有する兜と鋭い眼光から漏れる黄金の輝き。
力強き竜翼を広げ、強固な竜鱗によって身を包んだ鎧から伸びる左右の腕には、鋭い爪が甲から伸びている。
腰からは力強い尾が伸び、二本の足で雄々しく大地にそびえたつ。二十メートルを超える巨大な竜鎧機、それが竜神岩の正体だったのだ。
巨大な竜鎧機に見惚れながらも、すぐさま自我を取り戻してタカトは竜鎧機の右足の水晶へと触れて体内へと転移する。
そして、操縦席へと転移して、すぐさま操縦席周りの設備を確認した。右のL字操縦桿、左のI字操縦桿、足元のペダル、全てがヴァリエラドと同じ仕組みであることに安堵する。どうやら一から覚えなおす必要はなさそうだ。
操縦席に己の体を帯で固定し、操作を確認しようとしたタカトだが、それは叶わない。目前に虫鎧機が迫ってきていたのだ。
速度をつけて鋏を振り下ろそうとする虫鎧機に、タカトは慌てて、左レバーを下げて右アクセルを踏みつけた。刹那、竜鎧機は恐ろしい速度で後退した。背後にある木々ごとなぎ倒して。
ヴァリエラド同様、内部の操縦者に重力の負担などはないが、少なくとも振動は伝わってしまう。揺れを感じながらもブレーキを踏みこみ、タカトは驚きながら言葉を紡ぐ。
「ちょっと踏み込んだだけなのに、一気にあそこまで加速するのか!? この鎧機、ヴァリエラドとは比べ物にならないくらい軽い!」
森から抜けるために上空へと躍り出て、カメラで虫鎧機を捉えながらも、タカトは竜鎧機の恐ろしい性能に驚愕する。
ヴァリエラドと同様に考えていては機体に振り回されてしまう。そう考え、タカトは街から更に離れるように移動しながら、左レバーを操作して竜鎧機の動きを体になじませることを優先した。
追ってくる虫鎧機に恐怖を感じながらも、タカトは攻撃に転じることに焦らない。この竜鎧機の攻撃手段を知らないことも理由にあるが、何より機体の速度を覚え込まなければ判断を誤ってしまう。
タカトのゲーマーとしての感性がそれを優先させたのだが、その判断は結果としては正解だった。虫鎧機はとにかくタカトを追ってくるため、街から引き離す意味でも良手だったと言えるだろう。
上空へあがる速度、急降下する時間、前進からの方向転換にかかるラグ。その全ての大凡を次々に掴んでいくタカト。とにかく動かすこと、逃げることに集中しているので、敵は攻撃に移ることも敵わない。それほどまでに竜鎧機の速度が速過ぎるのだ。
捉えられないと悟ったのか、虫鎧機は追い掛けながら頭部からバルカンのような散弾を広範囲にばらまいた。
流石に範囲が広く、着弾を避けられないタカトであったが、竜鎧機にダメージはない。少しばかり揺れるだけで、びくともしない竜鎧機に、タカトは感心したように声を上げる。
「散弾じゃ貫くどころかびくともしないのか……速さといい堅牢さといい、とんでもないぞ、この鎧機」
十分に竜鎧機を振り回して速度を経験に染み込ませたタカトは、頃合いよしと判断して右操縦桿を操作する判断を下した。
右の操縦桿は攻撃を司る。ヴァリエラドをアンベルに乗せてもらったときは、一度も触ったことのない箇所だ。ただ、どのように操作をすればよいかを口頭で説明を受けただけ。
右レバーの親指で棒スイッチを上げ、上空を舞いながら、タカトは人指し指で攻撃のトリガーを引く。
刹那、竜鎧機頭部の竜兜、その口が開き、そこから光の柱が真っ直ぐに解き放たれた。言うなればビームというものだろうか。
ターゲットを設定していなかったため、虚空を貫いてしまったが、それで構わない。タカトが行っているのは、この竜鎧機の武装に何があるのかの確認作業だ。おそいかかってくる虫鎧機の攻撃を避けながら、タカトは次の武器、次の武器と試していく。
確認作業を終え、この竜鎧機に搭載されている兵器の全てを洗い出し終えた。持つ武器は全部で三つ、先ほどのビームによる砲撃、甲の爪を飛翔させる中距離射撃、そして尾を大剣へと変化させて切りつける近接戦闘の一撃だ。
どうやって虫鎧機を止めるか。迷ったタカトが選んだのは、尾の大剣による近接戦闘だった。距離を取って足を止めて射撃をしてしまえば、ヴァリエラドをねじ伏せた尾の一撃が放たれてしまう。あれをくらってしまえば、いくら性能の高い竜鎧機といえど、耐えられるかは分からない。ゆえに距離を潰して戦うことをタカトは選んだのだった。
右レバーの武器設定を大剣へと切り替え、意を決してタカトは虫鎧機との距離を詰める。
剣を構え、狙うは虫鎧機の羽。胴を叩き切ってしまえば、中の操縦者を殺してしまうかもしれないからだ。
人殺しを避けとうとするタカトの心も理由にはあるが、何より中の操縦者を殺してしまえば、なぜこんなことをしたのか理由を吐かせることもできなくなる。
これが鎧機による初めての実戦であるタカトにとって、手加減をする余裕はない。しかし、殺さずに済ますことができるほどの技量がタカトに、性能が竜鎧機には備わっていた。
恐ろしきほどの加速を伴い、タカトは虫鎧機の背後へ回り、迷わず攻撃のトリガーを引いた。
「羽を落とさせてもらうっ!」
自動照準ではなく、移動による場所指定によって放たれた剣の一撃は虫鎧機の片羽を容赦なく切り落とした。
羽を失ってしまえば、飛行は叶わない。大地に落ちていく虫鎧機に先回りして、タカトはもう一方の羽を叩き斬ってゆく。
竜鎧機のように二本の足をもたないトンボ型の虫鎧機では大地に立つことすら叶わない。移動手段を失い、大地でもがく虫鎧機を空から見下ろしながらタカトは安堵する。自分の勝利を確信し、少しばかり息を抜いた瞬間――それが彼の致命的な隙となる。
ゲームならばここで終わっていただろう。だが、ここはゲームなどではなく確かな現実。ゲーム感覚でレバーから手を離してしまったタカトへ向けて、大地で寝転がる虫鎧機が尾から巨大針を解き放ったのだ。
「あ――」
竜鎧機に迫る巨大針、その着弾の瞬間を呆然と見届けることしかできないタカト。
呆気ない命の終わりの瞬間、それを後悔する間もなく迎えようとした刹那った。回転して飛翔していた巨大針が、横から放たれた砲撃によって破壊されたのだ。
突然のことに驚くタカトだが、彼が驚きの声をあげるよりも早く二の矢三の矢が飛んできた。
紅き輝きを放つ砲弾は、大地に転がる虫鎧機の両腕、尾、頭部、その全てを破壊していく。完全に動きがとれなくなった虫鎧機の姿を息を呑んで見ていたタカト、そんな彼の竜鎧機内に響き渡る澄んだ女性の声。
『――まだまだね。機体の性能と操縦者の腕は認めるけれど、まだまだ戦場での『心』ができてない。戦いが終わってもいないのに気を抜くようでは、未熟者と言わざるを得ないわ』
「だ、誰だ!?」
機体の中に響き渡った少女の声に、タカトは慌てて機体のカメラを動かして声の主を探る。
竜鎧機より西の方角。上空を飛翔しながら近づいてくる数機の鎧機。その先頭を駆ける鎧機にタカトは目を奪われた。
巨大な鳥翼を広げた深紅の鎧機。頭部の兜は猛禽類を模しているかのように鋭く、腕には巨大な槌状の銃を抱えている。
明らかに虫鎧機ではない、言うなれば鳥鎧機。竜鎧機と同じく、初めて見る鎧機に驚きを隠せないタカト。
そんな彼に、声の主は再び通信を続けた。
『私の素性よりも先にあなたのことが知りたいわね。正体不明の虫鎧機が街に現れたと報告を受けて、出撃してみれば伝説の竜鎧機が戦っているんですもの。さて、正体不明の操縦者さん。あなたは聖リメロア王国およびその民に刃を向ける者かしら、それとも私たちの待ち望んでいた救世主なのかしら』
「お、俺はプフルの街の人間だ! この竜神様に乗り込んだのは、本当に色々あって……とにかくアンタ達は王国の援軍だろ!? 俺に敵対する意思はない!」
『了解したわ。それではその真意を示す意味でも、竜鎧機から降りてもらえるかしら。こうして鎧機ごしに会話してもお互い信頼が得られないでしょう? お互い生身で向かいあって話あって……ああもう、うるさいグレオノ! 街を守ってたのよ、どう考えたってこの竜鎧機は味方でしょ!? 心配し過ぎ! 危険なんてないわよ! 私がそうしたいって言ったんだから言う通りにしてなさい!』
「ぐ、ぐれおの?」
『――何でもないわ、横やりが入っただけ。とにかく、本当に敵意がないのなら、竜鎧機から降りてもらえるかしら』
「わ、分かった」
声の主に命じられるままに、タカトは少し虫鎧機から離れた場所に竜鎧機を停止させ、操縦席から降りた。
彼が姿を見せたことで、上空を飛翔していた鳥鎧機も向きあうように停止する。その後ろには二機のこれまた見たことのない牛型と馬型の鎧機が並んで停止した。
残る六機の虫鎧機、ヴァリエラドはそのまま飛翔していった。おそらく暴れ回った正体不明の虫鎧機を抑えにいったのだろう。
抵抗する意思はないという意味を込めて、タカトは両手をあげたまま鳥鎧機から人が降り立つのを待った。
そして、鳥鎧機の足元に転移して現れた少女にタカトは言葉を失った。
透き通るように美しいアメジストの長髪。絶世の美少女と評しても過分ではないほどに整った容貌と、意志の強さを窺わせる瞳。年齢もタカトやシャリエと同じくらいだろうか。
シャリエよりも一層女性らしい身体つきをし、緋色のドレスに身を纏った少女は、タカトの方へと歩み寄り、彼の顔を見つめて微笑みながら名を告げた。
「初めまして、竜鎧機の契約者さん。私の名はフィルメリア――フィルメリア・ルルーク・リメロア。この国の第一王女を務めているわ。さて、それではあなたの素姓とこの竜鎧機のことをお聞きしてもいいかしら?」
にっこりと微笑んで告げた少女――フィルメリアの素性に、タカトは絶句して即座に言葉を返せなかった。
王国の兵士だと思っていたら、まさか王族である王女様が出てくるとは微塵も思わず。王族に対する礼儀のれの字も分からぬタカトは固まるしか出来なかったのだから。
名前を名乗り返すことも、礼儀を示すこともできず、タカトはフィルメリアから再び声をかけられるまで凍りつき続けるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございました。次も頑張ります。