十二話 狂った国士の夢の果て、漆黒に染まる最強の鎧機
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台座の上に立つ白髪の老人、ブロルカ・ルルーク・リメロア。
姿を見せたブロルカに対し、タカトが言葉を発するより早く他の機体が行動に出る。
イーグレアス、ザージエスジェイド、ホースレブカ、ブルディレオが銃口をブロルカへと突き付けたのだ。
人間の身に対し、あまりあるほど巨大な銃口を突き付けられてもブロルカに動揺は無い。愉悦の笑みを零しながら、手に持つ通信機に語りかける。
『久しぶりの再会だというのに、随分と物騒ではないか』
『ほざいてくれる。王国に正体不明の虫鎧機を差し向けた貴様が言えたことか』
『グレオノの言う通りよ。ブロルカ……まさかあなたが今回の事件の首謀者だったなんて思いたくなかったわ。他の誰よりも聖リメロア王国の存続と繁栄、そして民の幸福を望んでいたあなたが、まさかこんなことをしでかすなんて』
悲痛なフィルメリアの声に、ブロルカは笑って言葉を返さない。
それがタカトの感情を激しく揺さぶった。ドルグオンの右腕、有線式クローをブロルカに突きつけてタカトは感情のままに叫んだ。
「何がおかしい! 死んだんだぞ! お前の、お前のせいで、アンベルさんが、ラミエラさんが死んだんだぞ! それだけじゃない、街の人にだって犠牲が出たんだ! それを、それをお前っ!」
『そうか、犠牲者が出たか。それは喜ばしいことだ』
「何だと……」
『犠牲者が出れば出るほど、偽りの平和に淀んだリメロアの民の心に危機感が植え付けられる。鎧機の脅威、恐怖を二度と忘れぬようにな。だが、まだ足りぬ。所詮は辺境の街の人間が死んだだけ、王都の人間の首元に刃を突きつけねば人々は真の恐怖を味わえぬ』
淡々と語るブロルカに、タカトは動揺せずにはいられなかった。
ブロルカはドルグオンに視線を向け、じっとタカトの方を見つめ返した。まるで全てを見透かすような瞳。言葉を失ったタカトに、ブロルカは語りかけた。
『タカト・ナガモリか。『神々の血脈』にして異界より現れた来訪者。そして『歴史の竜』ドルグオンに選ばれた少年』
「な、なんで俺のことを……」
『君のことだけではない、ワシは王国の情報は全て掴んでいる。お前たちが今日この時この場所へ訪れることも知っていた。ワシが生み出せるのは大型の虫鎧機だけだと勘違いしていたか?』
話しながら、ブロルカは指をそっと差し出した。その人差し指に止まるのは、原型の大きさであるザージエスサテラ。
その姿を眺めながら、アリウスは忌々しげに言葉を吐き捨てた。
『……監視していたか。虫鎧機だけでなく、己の目として機能させたザージエスサテラを放っていたとは……』
『然り。ワシが生み出した虫鎧機、そしてザージエスサテラの全てはワシの目として動いてくれる。まだまだ見抜けなかったか、肝心なところでお前は詰めが甘い。今回の事件の元凶がワシであることも、冷静に考えれば即断できただろうに、下らぬ感情がお前の思考を鈍らせる』
『黙れっ!』
声を荒げたアリウス、その姿はいつも飄々とした彼が始めて見せた素顔かもしれない。
ブロルカの言葉に、彼の実弟であるグレオノは感情を見せない声で訊ねかけた。
『監視していたならば、我らが行動を起こす前に叩くこともできたはずだ。それを何故しなかった』
『そんなことをして何になる? ワシはこの大陸全ての民に鎧機の重要性、そして恐怖を叩き込まねばならん。この国の弱り切った鎧機、その全力を正面から捻じ伏せて初めてワシの望みは達成する。この国の民の全ての意識を塗り替えるほどの衝撃を与えねば意味がない』
『分からないわ……ブロルカ、あなたの目的は何? 無数の虫鎧機を用いて、いったい何を企んでいるというの?』
『ワシの望みなど生まれた時より一つしか存在せぬわ。ワシの望みは聖リメロア王国の永遠の繁栄のみ』
「繁栄のため、民のためと言いながら、リメロアに刃を向けているじゃないか! アンタの言ってることは滅茶苦茶だ!」
『瞳に映る光景しか見えてない人間には分かるまいよ。このリメロアが今、どれほどの危機に瀕しているか。その危機を民どころか王家の者すら正確に理解しておらぬ。この王国は仮初の平和というぬるま湯につかり、自身の体に巣食う病魔の存在にすら気付けない。愚かにも虫鎧機など不要と叫ぶ馬鹿も出てくる』
ブロルカの言葉に、タカトは以前アンベルやラミエラに教えてもらったことを思い出す。
虫鎧機、操縦者を志望する者の減少、それはこの国で頭の痛い問題であった。倒すべき相手もなく、仕事と言えば街の警護と言う名の辺境勤務。
かつては守護者として活躍した鎧機も、ただの出番のない巨大兵器として人々はみなしてしまっていた。それがこの国の現状だった。
タカトは知る由もないことだが、虫鎧機の維持にも金がかかる。そのため、貴族たちから数を減らすように何度も声があがっていた。
鎧機は役に立たない、使う機会のない兵器に金をかける必要はない。そんな空気がこの国には生まれ始めていたのだ。
軽く息を吐き、ブロルカは話し続けた。
『それだけではない。隣国のレベルド、ガデュッセイア、バング。それらの国が我が国から数多くの虫鎧機の錬金術師を引き抜いていることは知っているか? そして、それらの国はレドナ水晶の産出国。これだけで我らは脅威を感じるに値する情報だ』
『それは……隣国が鎧機を秘密裏に生み出そうとしていると?』
『研究を押し進めているのは事実。外敵が存在せぬ今、他国が鎧機の研究を推し進めている理由など考えるまでもあるまい。お前たちが偽りの平和に浸っている中で、奴等は着々と準備を進めている。だからこそ、ワシはレクスに幾度と進言した。敵の戦力が揃わぬ内に、お前たちがまだ上位鎧機を扱える内に戦争を仕掛けろとな』
『そんなことできる訳がないでしょう!? 戦争なんてすれば、いったいどれほどの民が犠牲になると思っているの!』
『ならば黙って敵の侵攻を受けろというか。まともに鎧機の揃わぬこの国が、平和ボケした人間たちが、準備を整えた敵国の侵略を防げると思っているのか! これから先、愚かな貴族どもは鎧機の削減へ動き、王家もその動きを止められぬだろう。民も同調するだろう。弱り切ったところを狙って、ハイエナどもが押し寄せる。そのような分かり切った未来を無抵抗のまま受け入れ、聖リメロア王国が潰える様を、民が蹂躙されるままを眺めていろと言うか!』
『……全ては貴様の憶測に過ぎん。他国が戦争をしかけてくるという証拠も何もない』
『アリウス、目を背けたところで現実は変わらんぞ。この愚かな滅びの流れを食い止めるには、国の全ての人間の意識を変えるしかないのだ! だからこそ、ワシは計画を実行した! 鎧機の恐怖を、蹂躙される恐怖を民に教えるために、それに対抗するための手段の重要性を叩き込むためにな! それこそが、この国を、民を救うための――』
「――止めろっ!」
ブロルカの言葉を遮るように、タカトは悲鳴のように叫び声をあげた。
壊れかねないほどに強く操縦桿を握りしめ、タカトはブロルカを睨みながら声を続けた。
「その口で、民のためなんて言うな! 勝手な理由を押し付け、その守るべき民を傷つけた人間が、誰かの為だなんて言うなっ!」
『これほど言ってもまだ分からぬか。所詮、異世界の人間にはこの国の民などどうでも……』
「大切な人たちだったんだ! アンベルさんは、もうすぐ子どもの誕生日だから会うのが楽しみだって、何度も俺に話してくれたんだ! ラミエラさんも、もうすぐ結婚するからって幸せそうに笑ってたんだ! アンベルさんも、ラミエラさんも、幸せな日々を過ごしてて、明日も明後日もその先も、大切な人と笑いあう未来があったのに……それを、それをぶち壊したお前がっ! この国の幸せなんて語るなっ!」
『その者たちの犠牲は無駄ではない。ワシの計画で生まれた犠牲、その流れた血をもとに多くの人々が幸せになるのだ! それも分からぬ小僧が偉そうなことを抜かすな!』
「俺は十七年しか生きてないガキだけど、少なくともアンタが間違ってることくらい分かる! アンタは国の未来を憂う自分の行動に酔ってるだけだ! アンタの自己満足の計画のために、犠牲になっていい人なんて、この世界にはたった一人もいないっ!」
『――タカトの言う通りよ、ブロルカ』
タカトの叫びを継いだのはフィルメリアだった。
その声は凛として強く。ブロルカの訴えを退けるように、はっきりと言い放つ。
『例えどんな理由があっても、民たちを傷つけていい理由にはならない。あなたは二人の兵士だけでなく、百人近い民の命を奪った。この国の民の上に立つ王家の人間として、いえ、同じ王家の人間だからこそ、あなたの罪は許せない。ブロルカ、あなたの罪、私たちが裁きます』
『やはり受け入れられぬか……甘いのだ、お前も、アリウスも、レミドナも、グレオノも、そしてレクスも。近い未来、必ず私の語る未来が訪れるぞ。他国に蹂躙される、聖リメロア王国の悲惨な末路だ』
『そうならないために尽力するのが私たちの役割よ。そして、最悪戦争になったとしても、私たちは必ず民を守るわ。大切な人々を守るため――それが鎧機と契約者の役割なのだから。さあ、ブロルカ、抵抗は止めなさい。あなたを王都まで連行します』
『愚かな……ワシが素直にこのまま捕まると思っているのか。なぜ、ワシがお前たちの前に現れたのか考えなかったか?』
『何を……』
『ザージエスジェイドだったか。アリウスよ。ワシと同じく、鎧機の生み出し方を見つけたことには賞賛を贈ろう。だが、やはり発想はまだまだ青い。虫を鎧機にして乗りこむでは効率が悪かろう。それでは他の全てを一人で蹂躙する事などできはしまい』
そう告げて、ブロルカはローブに包まれていた右腕をそっと翳した。
ローブの中から現れた腕、それを見て一同は驚愕する。その腕は人間の腕ではなく、昆虫の足のようなものと化していた。
満足気に笑みを浮かべながら、ブロルカは嬉々として語っていく。
『鎧機を生み出すに必要なものは素材となる生命体、核の素となるレドナ水晶、そして『神々の血脈』だ。だが、我らの血液は長い年月を経て薄れてしまい、鎧機を生みだすほどの力はない。ならば血液をどうするか。アリウス、お前は幸運にも『歴史の竜』に選ばれた異界の少年と出会うことができたが当時のワシにはその血液を入手する方法がなかった。だが、ワシは諦めることなどできなかった。考えたよ、どうすれば『神々の血脈』を手に入れることができるのか。答えはこの地にあった』
そう告げ、ブロルカは周囲を見渡した。大空洞に広がる遺跡の残骸、そして幾つもの白骨死体。
古戦場跡を見つめながら、ブロルカは嬉しげに語り続けた。
『この場所は二千年前、闇教を崇拝する集団と聖リメロア王国が大規模戦闘を行った戦場跡だ。当時、鎧機を駆りぶつかり合っていたそうだが、あまりに激しい戦闘で何人もの操縦者が犠牲となった。その中には、当時のリメロア王も含まれていた。分かるか? 二千年ものリメロア王の亡骸だ、さぞや濃い神々の血脈を有しているとは思わんか?』
『貴様、まさか禁断の人工生命錬金を!』
『ワシの睨んだ通り、リメロア王の白骨を元に復元した遺体、そこから生み出された血液はワシの求める水準に達していた。必要量の血液を確保した後、リメロア王にはもう一度静かな眠りについてもらったがな』
『そこまで……そこまで堕ちたか、ブロルカっ!』
『何とでも言うがいい、全てはワシの望みのため。全ての材料を得て、ワシは最強の鎧機を生みだした! 強靭さと量産、知識、全てを兼ね備える、この国を変える鎧機をな! 見るがいい、これがワシの研究成果の全てだ!――鎧機化!』
ブロルカの声に反応するように、彼の体が紫の輝きへと包まれる。
全身を輝きで包み込むブロルカの変化に、フィルメリアたちは迷わず引き金を放つが一歩遅かった。
巨大化するブロルカは銃弾の全てを弾いていく。ぐんぐんと肥大するブロルカに、全機は距離を取った。
そして、光が収まるとき、その化物は姿を露わした。大きさにして八十メートルはあるだろうか。
漆黒の頑強な兜と上鎧、そして下半身は肥大化し丸く膨らみ、その横から大地に根付くような四本の足が生え。
全てを握り潰すような巨大な二本の鋏手、そして背中に抱える巨大な一門の砲台。巨大な女王蟻のような鎧機がドルグオンたちの前に現れた。
そして、その鎧機から愉悦混じりに通信が響いてくる。
『これぞワシの研究の到達点、『人間』を素体にし、虫の組織と神々の血脈、レドナ水晶を混じり合わせて生まれた最強の人鎧機、『ペシュメルギア』! 数多の鎧機を生みだすためのペシュメアントの能力、そして人の生命力の強さを併せ持った鎧機よ! この鎧機でお前たちを叩き潰し、王都を侵略し、ワシが王になった後に全兵力で全ての他国を蹂躙してくれる! 全ては我が祖国、聖リメロア王国のために! ワシの叡智とペシュメルギアの力で世界を征してくれる!』
「くるわよ! 各機、戦闘に備えて!」
フィルメリアの声と共に、各機は散開を行う。その刹那、ペシュメルギアの胸部から拡散するような光が解き放たれ、タカトたちのいた場所を容赦なく貫いた。
恐ろしく速く鋭い射撃。各機はそれぞれの得物を握り、最強最悪の敵――人鎧機ペシュメルギアへと挑むのだった。
タカト「たかが女王蟻一匹、ドルグオンで押し出してやる!」
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。
朝起きたらお気に入りが倍増しててびっくりしました。ベッドから落ちました、痛かったです。(関係ない
本当に本当にありがとうございます、とても力になりました。完結までしっかり最後まで走り切れるよう、頑張ります。




