十話 戦士と悪鬼の翔ける空、リャシャ山脈の決戦
翌朝、城の敷地内に三百の兵士が整列した。
彼らは全てヴァリエラドの操縦者であり、今回の決戦に参加する兵士たちだ。
タカトもフィルメリアやグレオノ、レミドナらと共にその最前列に並んでいた。
彼らの視線の先には国王レクスの姿がある。静まり返る場の中で、これから戦場に向かうタカトや兵士たちに、レクスはゆっくりと言葉を紡いだ。
「……虫鎧機三百。こんな大規模な兵力を投入した戦いなんて、ここ千年は王家の記録に残されてねえ。他国と小競り合いになったときですら、だ。それだけでこの状況がどれだけやべえ状況なのかは分かってもらえると思う。はっきり言う、この戦いに負けは許されねえ。お前たち三百の虫鎧機が敗北したとき、それは王都陥落のときだ。周辺の守りと王都の守りに残る虫鎧機は二百弱しかねえんだからな」
兵士を見渡しながら、レクスは淡々と現実を告げた。
彼の言う通り、この戦いに負けたとき、それはこの国が敗北するときだ。上位鎧と虫鎧機の大多数を失った彼らに、トンボ型を止める術などないのだから。
兵士たちの顔を一瞥し、レクスは嬉しげに力強い笑みを浮かべる。
このような絶望を前にしても、兵士たちは誰一人として恐怖に折れない、屈しない。
心強く在り、この場の誰もが民を守るために戦場に向かうこと、戦うことを覚悟した顔を見せている。その想いに触れ、レクスは兵士たちに強く言葉を続けた。
「そうだ。俺は微塵もお前たちが負けるなんて思っちゃいねえ。戦場に向かうお前たちの顔を見れば、心に強く守りたいものを存在させていることがひしひしと伝わってくる。それが王家の者もいるだろう、それが家族の者もいるだろう。決して譲れぬ物のために、覚悟を背負って戦う奴ほど強い奴はいねえ。これから戦場に向かうお前たちに、俺から送れる言葉は多くねえ――お前たちの譲れぬ物を犯そうとするふざけた奴等に、お前たちの牙を突き立ててやれ! 最強であるお前たちの怒りを、容赦なく奴等にぶつけてやれ! 敵を全てねじ伏せ、生きてこの場所に帰った後に大いに笑ってやれ! そしてお前たちの帰りを待つ大切な人々のもとへ胸を張って帰ってやれ! それだけだ! お前たちの武運を祈る!」
王の言葉に、兵士たちは敬礼と共に声を揃えて力強く返答した。
レクスの台詞を胸に焼きつけつつ、タカトも慣れない敬礼と力強い声で応えた。その横でフィルメリアが微笑んでタカトに語りかける。
「王様の演説とは程遠いでしょ? まるで山族か何かの頭みたい」
「でも、心が熱くなる力強い言葉だと思う。王様の言う通り、自分の全てをぶつけるだけだ。譲れない物のために、強く気持ちをもつことが大事だと思うから」
「その通りね……絶対に勝ちましょう、タカト。戦いばかりのあなたとの毎日だったけれど……それも今日で終わらせる。生きて帰ってきて、全てはそれから」
「ああ、絶対に勝とう、フィルメリア様」
強く笑いあうタカトとフィルメリア。そんな二人のもとに、一人また一人と人々が集っていく。
グレオノとレミドナは言葉を交わし合う二人に声をかける。
「いいねー、何だか戦友として以外でも通じ合ってるみたい。二人とも、いつの間に私の知らない間に進展したの?」
「進展なんてしてないわよ。これからを始めるために、決着をつけに向かうんだから」
「へえ、姫様もタカトとのこと、前向きじゃない。嫌々なら手を回そうと思ったんだけど、そうじゃないなら祝福するよ。この戦いが終わったら、しっかり青春しなさいな。シャリエちゃんは手強そうだし、今は圧倒的不利みたいだけどね」
「押されている戦場こそ燃えるもの。まあ、その話は全てが終わってからよ。絶対に勝つわよ、レミドナ」
「当然さ。タカト、気張りなよ。お姉さんにタカトの格好良いところを見せておくれ」
「はいっ!」
力強く返事するタカトの顔に、レミドナは満足そうに笑みを零した。
そして、その横からタカトの表情を眺めていたグレオノは小さく笑みを零した。普段無表情な彼にとって非常に珍しいことだ。
「初めて出会ったときは、ひたすら必死に心を奮い立たせていただけの子どもに見えたが……良い戦士の顔になった」
「戦う勇気を分けて貰いました。一緒に戦ってくれる大切な人がここにいる限り、絶対に負けません。もう逃げたり折れたりしない、これが自分で決めた道ですから」
「それだけ言えるなら私からは何も言うことはない。生き残れ、タカト」
自分の胸を叩きながらタカトは言い切った。そう、戦場は共にできなくても、一緒に戦ってくれる人がいる。その想いがあれば、タカトはどこまでも強くなれることを知った。
タカトの返答に満足したように、グレオノは頷いた。戦士として強く在るタカトを、グレオノは同じ戦場を駆ける戦友だと認めたのだ。
そんな父の姿をレミドナは誰より驚いて目を丸めた。気難しい父がこんな風に操縦者を認めるのはいったいいつ以来だろうか。
多くの人の心を変えていく、そんなタカトの成長にレミドナは楽しげに目を細める。たったの数日でこんなにも大きくなった少年が、これから先どんな風に自分の取り巻く世界を変えていくのか、心から楽しみに思ったから。
そして、新たにタカトに近づく二人――シャリエとアリウスだ。彼女たちの姿を見て、タカトは声をかけた。
「シャリエ、それにアリウスさんも。見送りにきてくれたのか」
「うん、せめてこれくらいはしたいから。タカト、絶対に無事で帰ってきてね。タカトのこと、ずっとずっと待ってるから」
「約束する、絶対無事にシャリエのもとに帰ってくる。シャリエに強さを分けてもらったから、絶対に負けないから……だから、信じて待っていてほしい」
「うん……竜神様、タカトのこと、お願いします。私の大切な人を、守って下さい」
「ぐぁふ」
足元のドルグオンを優しく撫でるシャリエと、嬉しそうに声を漏らすドルグオン。
そして、タカトはアリウスが腕輪をつけ、ザージエスサテラを肩に止めていることに気付いた。まさかと思い、タカトは恐る恐る訊ねかけた。
「あの、アリウスさん、もしかして戦場に……」
「ははは! もちろんだ! 私の愛する鎧機、それを他者を蹂躙するために用いるなど言語道断! 私とタカト君のザージエスジェイドで黒幕を叩きのめしてくれよう!」
「え、えええ……い、いいのか、フィルメリア様」
「いいのよ。今は一機でも戦力が欲しい時だもの、お兄様と上位鎧機を遊ばせておく手はないわ」
「でも、流石にアリウスさんに鎧機をいきなりこんな決戦で操縦しろなんて無茶な……」
「問題ないわ。あなたもすぐに分かると思うから」
研究者であるアリウスに無茶ぶりをするフィルメリア。あまりにきっぱり断言するので、タカトもそれ以上何も言えなくなる。
当のアリウスもビン底眼鏡を怪しげに輝かせて笑うだけ。もし危ない状況になったらいつでも飛びこもうとタカトは誓うのだった。
やがて、作戦開始に移る時間となり、タカトたちは己が相棒を鎧機化させる。
そして、ドルグオンに乗りこむ前に、タカトは心配そうに見つめるシャリエへ振り返り、彼女を安心させるように力強く笑ってみせた。そんな彼の笑顔に応えるように、シャリエも微笑んだ。
「それじゃいってくる! シャリエ、すぐに帰ってくるから!」
「うん! 信じて待ってる、タカト、頑張って!」
シャリエの言葉に背中を押され、タカトはドルグオンの操縦席へと転移した。
ベルトを締め、両手で左右のレバーを軽く握る。熱く燃える心と共に、タカトは口を開く。
「竜神様、俺に力を貸して下さい。またシャリエと会うために、この最後の戦いに勝って生き残るための力を――タカト・ナガモリ、竜鎧機ドルグオン、出ます!」
足元のペダルを強く踏み込み、ドルグオンは大空へと飛翔した。
大空に溶けるように小さくなるタカトとドルグオンの姿を、シャリエは見えなくなるまで見送り続けていた。
両手を組み、必死に心の中で祈りながら――どうか竜神様、私の大切な人を守って下さい、と。
聖リメロア王国、その総力をあげた鎧機部隊が並んで空を翔ける様は圧巻だ。
五機一隊の編成を組むヴァリエラドが三百機と空を埋めるように飛ぶ光景を、タカトは先頭からモニターで覗いて息を呑む。
まさしく、鎧機好きのタカトにとって、この光景は一生忘れられないものとなるだろう。だが、彼以上に興奮している男が通信機越しに騒いでいたりした。
『はっはっは! どうだタカト君! これぞ聖リメロア王国が誇るヴァリエラド編隊! 国の守護者が一斉に戦場へ整然と向かう様は素晴らしいだろう!』
『お兄様、うるさいです』
通信機越しに妹に怒られているアリウスについつい笑ってしまいながらも、タカトはリャシャ山脈へ向けて飛行を続ける。
目的地はリャシャ山脈でタカトたちが見つけた洞窟だ。その一帯および内部に存在する全ての正体不明の虫鎧機を殲滅すること、そして洞窟内に存在するであろう生産拠点の破壊が今回の任務。
そのための作戦だが、細かいものはない。洞窟上空と飛んでいる虫鎧機を撃破しつつ、タカトたち上位鎧機によって洞窟の最深部を目指す。ヴァリエラド隊は虫鎧機の掃討、タカトたちは先行することが役割だ。
もし生産拠点があるなら、少しでも早く叩いておかなければ、次々に敵の援軍が来てしまうかもしれない。それを防ぐために、上位鎧機の少数精鋭によって洞窟へ先行するというわけだ。
よって、タカトたちは敵鎧機を無理に叩く必要はない。進軍の邪魔になる機体だけを叩きつつ、奥へ奥へ切り込むことを心がけることを必要とされる作戦だった。
『もうすぐ目的地につくわ。みんな、心の準備はいいかしら。ここからはずっと戦い続き、休む暇なんてないわ。覚悟だけはしておいて』
間もなく目的地という地点まで辿り着き、フィルメリアの言葉にタカトは気を引き締め直した。
もうすぐ決戦が始まる。この国の未来を賭けた、大きな戦いが開始される。熱くなる心を抑えながら、タカトは右手を胸に当てる。
一人で戦っている訳ではない、一緒に戦ってくれる人がいる。そう思うだけで心の重さも何もかもから解き放たれ、どこまでも羽ばたける。心を整え終え、覚悟を決めて戦場へタカトは向かった。
目的地、洞窟の上空付近の空へ抜けたタカトたちだが、目の前に広がる光景に言葉を失う。
上空を埋め尽くすほどのトンボ型とカブト虫型の群れ。その数はヴァリエラド隊と同数かそれ以上。
以前の偵察のときとは比べ物にならない数に言葉を失わずにはいられないタカトたち。空を塗りつぶすような敵集団を見つめながら、アリウスが感心したように言葉を紡いだ。
『どうやら私たちが攻めることを知っていたかのようだな。まるで我らを歓迎するような敵の配置、手際の良さ、あまりに準備が良過ぎる』
『まさか……攻め込む作戦を立てたのは昨日だというのに、いったいどうして』
『昨日、フィルメリアやタカト君と交戦して、この場所を知った我々がすぐに攻めてくると読んだのだろうな。敵は随分と我らの思考をよ見透かしてくれているようだが……ふむ、何の問題もない。我らの手が知られたところで、我らのやることに変わりはなかろう?』
『その通りです。鎧機各機へ! 前方に無数の虫鎧機が現れたわ! 作戦通り、敵の全てを殲滅します! 敵の数に惑わされず、落ち着いて一機一機対処して頂戴! これより全機による一斉砲撃の後、敵陣に突っ込むわ! 撃つタイミングを私に合わせて! さん、に、いち――今よ!』
フィルメリアの声と同時に、各鎧機に搭載された砲撃器より光と魔弾の嵐が虫鎧機たちへ降り注がれた。
上空の各箇所で爆発四散する虫鎧機たち。その爆風を身に纏って現れる夥しい数の敵機の中へ、タカトたちは迷わずアクセルを踏みこんで突入した。
リャシャ山脈上空、ここに聖リメロア王国の存亡をかけた過去類を見ないほどの大決戦が幕をあげるのだった。
死亡フラグ台詞をへし折ってイチャイチャしてこそ主人公。
ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。次も頑張ります。




