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一話 戦火は平穏を焼き尽くして



 大空を飛翔するトンボ型の虫鎧機イセク・アマンズトの尾から放たれた一撃は、強固と謳われた王国の虫鎧機ヴァリエラドの装甲を容易く貫いた。

 胸元に大穴を空けてしまえば、鎧機アマンズトはおろか、中のパイロットすら無事でいられるはずが無い。崩れ落ちるようにヴァリエラドは膝から倒れ落ち、激しい地響きと砂煙を巻き起こして大地へ沈んだ。

 その絶望の光景の始終を眺めたプフルの街の人間たちは、阿鼻叫喚に包まれながら必死に街の外へと避難する。当然だ、街の守護者である二体の鎧機が為すすべもなく未知の化物に仕留められたのだ、恐怖に心狂わない訳がない。

 突然街に現れた正体不明の虫鎧機に少年――永森タカトは怯えと憤りを感じながらも、未だその足を動かせずにいた。


「タカト、逃げよう! ここにいちゃ危ないよ! あの化物がいつ私たちを襲ってくるかも分からないんだよ!」


 呆然と立ち尽くしているタカトに、先に状況を把握して意識を取り戻した少女――シャリエが声を荒げて避難を呼びかけた。

 シャリエの声にタカトは頷きながら、彼は視線を空に浮かぶ虫鎧機と大地に転がる虫鎧機だったものとの間で何度も反復させる。

 虫鎧機ヴァリエラド。王国から派遣された、この街を守るための守護者。搭乗者だった騎士アンベルと騎士ラミエラ、二人はタカトにとって親しい知人だった。身近な人の命が目の前で一瞬にして奪われたこと、それは平和な日本で生まれ育ったタカトにとっては未だ信じ難く受け入れにくい現実だった。

 シャリエに引っ張られ、喧騒に満ちる街中をタカトは必死に駆け抜ける。背後では正体不明の虫鎧機が動きの止まったヴァリエラドの四肢を両腕のハサミで引き裂いていた。それはまるで命の価値を知らぬ幼子が虫の命を捻り潰しているかのように残酷で。

 一方的な虐殺現場から目を背け、タカトはシャリエと共に安全な場所へ避難するために必死に走り続ける。息を切らしながら、タカトは悲しみと怒りの混じり合った負の感情を必死に押し殺す。胸の中に湧き上がる想いを心の中だけで口にして。












 ――ああ、このどうしようもないほどに痛感してしまう。こんな理不尽が許されるこの世界は、まごうことなく『異世界』なのだと。
























 聖リメロア王国。建国三千年の歴史を誇り、北方のアルメーナ大陸を治める国だ。

 その国内の西方に位置するプフルの街。王都ほどではないが、人の活気に溢れた中々に栄えている街である。

 人が賑わい、露店が立ち並ぶ大通り。その中を永森タカトは空になった台車を引きながらのんびりと歩いていた。

 顔見知りの知人に出会っては笑って簡単に挨拶を済ませる。中には売り物である果実などをタカトに分けてくれる人もいた。

 異世界に来てはや一年。その時間はタカトと異世界の住人との結びつきを確かなものにするには十分過ぎる時間だった。


 今より一年前。タカトは突然この異世界に足を踏み入れた。

 切っ掛けは何だったのかは今も分からない。学校の休み時間にふらりと自販機にジュースを買いに行こうとし、教室から一歩足を踏み出した刹那、気付けばこの異世界だった。

 制服姿のまま、財布を握り締めてタカトは呆然とするしかない。学校にいたはずなのに、彼がいる場所は右も左も見渡す限り麦畑。

 困り果てたタカトだが、そんな彼の存在に最初に気付いたのは農作業に励んでいた少女――シャリエだった。

 いつの間にか麦畑に現れた見慣れない少年に、シャリエは首を傾げながらもタカトに素姓を訊ねかけた。対するタカトも困り果ててしまう。相手は金髪に青眼の少女、明らかに日本人ではなく異国の人間だが、彼女が日本語で話しかけてくれたことが少しばかりタカトに安心をもたらした。

 必死にシャリエに対し、タカトは自分が日本人であること、学校にいたのに気付けばここにいたことを語った。しかし、彼の説明にシャリエは首を傾げるばかり。日本などという国を彼女は耳にしたことがなかったからだ。

 彼女の反応に、タカトはそんな馬鹿なと眉を顰めるしかない。彼女は日本語でタカトと会話をしているというのに、日本という国を知らないという。そんなことがあり得るのか。

 とにかく自分では分からないから、両親に訊いてみてあげると優しく笑ってくれるシャリエに、タカトはお願いしますと頭を下げた。この時点でタカトはまだ、この場所を日本以外の外国なのだと信じて疑わなかった。

 だが、世界は容赦なくタカトに現実を突きつける。プフルの街中を歩き、彼女の両親と会話を重ね、タカトもこの場所が自分のいた世界ではないことに気がついた。

 六本足の鳥が荷車を引いたり、三つ目の馬に人々が乗っていたり、それらの光景に加えて、シャリエの両親から語られた国の歴史に一切タカトの知る世界のことが語られなかった。


 自分が異世界という場所に来てしまったことを理解し、タカトの心を初めて恐怖が襲った。右も左も分からぬ世界で自分はどうやって生きればよいのか、どうすれば元の世界に帰ることができるのか。

 まだ十六を迎えたばかりで、生きる術を知らない少年にとってこの現実は重過ぎるものだった。涙に崩れるタカトだが、そんな彼を救ったのはシャリエとその両親だった。

 素姓も分からない、怪しい少年にも関わらず、シャリエたちは彼を家に滞在させてくれた。自分の帰る場所が見つかるまで、好きなだけここにいてくれていいと。

 どうしようもないほどのお人好しの人々だが、当時のタカトは精神的に追い詰められており、彼らの優しさに報いることなどできなかった。

 最初の一カ月、彼はひたすら絶望していた。二度と元の世界に帰れない絶望、家族に会えない悲しみ。全てを一瞬にして失ったつらさに打ちのめされていた。

 しかし、そんな彼をシャリエを筆頭に優しく支え続けてくれた。特にシャリエはタカトを強引に外に連れ出したり、一方的にではあるがおしゃべりをしたり、どんなにタカトに邪険にされてもいつも笑顔で接してくれた。

 やがて、二カ月の時が流れ、タカトもようやく現実を受け入れ始めることができた。そして、自分がこれまでどんなにシャリエたちに恩を仇で返すような態度を取っていたのかを悟り、シャリエたちがどれだけ自分を元気づけるために一生懸命になってくれているのかを知る。

 全てを受け入れたとき、タカトは早かった。シャリエと彼女の両親に、立ち直ったタカトは深々と頭を下げ、礼を告げた。

 彼の目の輝き、その光を取り戻したことを理解したシャリエたちは心から喜び、タカトによく頑張ったと声をかけてくれた。

 そんな温かいシャリエたちに、タカトは涙を零しながら、新たな決意を固めるのだった。


 もう元の世界へは戻れないかもしれない。けれど、今はこの世界で生きていこう。

 自分を救ってくれた大切な人々のために、この恩に報いるために、必死に今を生きていこう。それがタカトの誓いだった。


 それからタカトはシャリエの両親の家業を自分から積極的に手伝い続けた。

 シャリエの父、ラルフは農業を営んでおり、タカトは毎日その手伝いを行っていた。

 元の世界ではただの学生であり、農作業など右も左も分からないタカトであったが、ラルフやシャリエの指導のもとに何とか最近は一人でも作業ができるようになった。

 彼の成長ぶりをシャリエたちは自分のことのように喜んでくれて、それを大袈裟なと思いつつも、タカトも嬉々として仕事に励み続けた。

 今では収穫した農作物を台車に載せ、注文の入った店に卸す作業も一人でこなすことができた。先ほどもその一仕事を終えたばかりだ。


 空になった台車を引いて、タカトは家へと辿り着いた。庭に空台車を置き、玄関の扉を開く。

 タカトの帰宅に、家の中で掃除に励んでいたシャリエが嬉しそうにタカトに近づいて言葉を紡いだ。


「おかえり、タカト。今日もお疲れ様っ」

「ただいま、シャリエ。ラルフさんとピリエナさんはもうちょっと作業してるって」

「お父さんもお母さんも畑に入ると長いからね」


 そう言ってはにかむシャリエに、タカトも笑って肯定する。

 金の髪を肩口で切り揃え、優しい空気を身に纏った少女、シャリエ・ラクリラ。異世界で絶望していたタカトを救ってくれた少女であり、今ではタカトにとって最良の友人であり家族である。

 街でも評判の美少女さは最近輪を増してきており、ちょっとした仕草にもタカトは時々目を奪われてしまう。もちろん、そのようなことは彼女に決して伝えられないのだが。

 掃除の片づけを行い、シャリエはエプロンを外しながらタカトに訊ねかけた。


「今日のお仕事は終わりなんだよね。これからどうするの?」

「いつもどおりかな。竜神様に豊穣祈願の御祈りして、アンベルさんとラミエラさんさんのところに遊びに行くよ」

「むう、タカトはいつも二人のところばっかり。そんなに虫鎧機がいいの?」

「もちろん!」


 シャリエの不満そうな問いかけに、タカトは満面の笑みで肯定した。

 目をキラキラと輝かせるタカトの表情に、シャリエは小さく溜息をつくばかり。仕事が終わり、時間が空けば彼がいつも街を守る虫鎧機の元へと駆けだしてしまう。そのことがシャリエはちょっとだけ不満だった。

 少しくらい街で一緒に遊ぼう、なんて言ってくれてもいいのに。そんな心を隠し通すシャリエに、空気を読まずタカトは楽しげにいつもの蘊蓄を語るのだ。


「虫鎧機は俺の元いた世界では決して成し遂げられなかったロマンなんだ! 巨大な獣から街を守るために配備された巨大ロボット! 完全二足歩行に加えパイロットによる手動操縦、毎日眺めていても飽き足らないくらいだ!」

「また『チキュウ』の訳の分からない言葉ばかり。でも、タカトが楽しいならそれでいいよ。私もラミエラさんとお話したいし一緒に行くね」


 タカトの熱のこもった言葉を遮りながら、シャリエは外出の準備を進めた。

 簡単なローブを上から羽織ったシャリエを連れて、タカトは街の外へと足を進めた。街から出て道なりに進むこと二十分、切り立った岩壁を大きくくり抜いたような洞窟がそこにはあった。

 しかし、その洞窟内にはそこまで奥行きは無い。ドーム状に五十メートルほどくり抜かれた中、その最奥に大きな巨岩が置かれていた。

 高さにして二十メートルほどだろうか。歪な形をした巨岩は『竜神岩』と呼ばれ、街の守り神として人々に祀られていた。

 古い言い伝えでは、かつて巨大な獣が人間たちを滅ぼさんとしていた時代、竜神ドルグオンが姿を変えて人間たちに手を貸し、それらを撃退したという。力を使い果たした竜神は次の使命を果たすために、こうして岩となって眠り続けているのだと。もっとも、その話はあくまでおとぎ話だと街の人々は考えているが。

 その竜神岩に対し、タカトとシャリエは胸に手を当てて瞳を閉じて瞑想する。タカトが祈るのは豊穣祈願、そしてシャリエたちの息災、気持ち程度の元の世界への帰還。

 帰れるものなら帰りたいが、今となってはそれが叶わぬ願いだとも分かっている。だからこそ、今はこの世界で手にした大切な人々のことを考えたい、それがタカトの心であった。

 祈願を終え、竜神岩に一礼し、タカトとシャリエは洞窟を後にする。洞窟を出ながら、シャリエはタカトに問いかけた。


「タカトって毎日竜神様に御祈りしてるよね。街の人でもそこまで信心深い人っていないのに。どうして?」

「ううん……実は自分でもよく分からないんだよな。何となくこう、引かれるというか。この場所を知って以来、ここで一日一回竜神様に会わないと落ち着かないというか」

「なにそれ、変なの」

「むう、竜神様を馬鹿にしちゃいけないぞ。昨日、竜神様にいいことがありますようにって祈ったら、今朝ヨネロイおばさんからロパの果実をもらえたんだから」

「じゃあ私も毎日真剣にお祈りしたら、どっかの誰かさんが街で遊んでくれたりしてくれるかなあっと」


 笑いながら会話を続ける二人を見送るように、竜神岩は洞窟の中で静かに聳え続けていた。

 薄暗い洞窟の中で、僅かばかり竜神岩が淡い緑光を放ったことに、背を向けていた二人は気付くことなく。


 竜神岩に御祈りをした後、二人はプフルの街へと戻っていく。

 そして、街外れに広がる草原、そこに並び立つ二匹の団子虫を目印として目的の場所へと向かって行った。

 彼らが辿り着いた場所には、大きさにして十五メートルほどはあろうかという巨大な団子虫が二匹並んで丸まっていた。どうやら昼寝の時間らしい。

 その傍で談笑している鎧を身に付けた男女に、タカトは声を発して呼びかける。


「アンベルさん! ラミエラさん!」

「お、今日も来たな、虫鎧機ボウズ」

「虫鎧機ボウズって、その呼び方は勘弁してくださいよ」

「がはは! 悪い悪い、これに興味を示す奴なんて街でもお前くらいしかいねえからな。シャリエの嬢ちゃんみたいに気持ち悪がって近寄らないのが普通だぞ」


 そう言いながら、アンベルと呼ばれた中年の兵士は豪快に笑って片手でぱんぱんと団子虫を叩く。

 彼の反応に困りつつも、タカトは二人に挨拶をする。そして彼の背中に隠れつつもシャリエも一礼。どうやら巨大団子虫が苦手なようで、あまり直視はしたくないらしい。

 そんなシャリエに笑いつつ、アンベルの隣に並ぶラミエラと呼ばれた女性は楽しげに訊ねかける。


「今日もヴァリエラドに乗りにきたの?」

「もちろんです! 許可頂けるなら、ですが」

「許可も何も、自分から『こんなの』に乗りてえなんて言う奴はお前くらいしかいねえって。乗れよ乗れよ、そして早く虫鎧機の操縦者として王国に志願してくれ。お前なら試験無しで合格するよう、俺がかけあってやるからよ。優秀な操縦者は何人いてもいいからな」

「あはは、その話はそのうち……では、ヴァリエラドを虫鎧機化イセク・アマンズト・ファクタしてもらえますか?」

「あいよ、少し離れてな」


 アンベルの言葉に頷き、タカトたちは巨大団子虫から距離をとる。

 そして、アンベルは右手首に装着している腕輪を掲げ、団子虫に対して言葉をかける。


「起きろ、ヴァリエラド! 虫鎧機化しやがれ!」


 アンベルの声に応えるように、団子虫はその身体を光に包ませて変形させる。

 団子虫の姿から人の形を有した虫鎧機へ。重装な灰職鎧を身に纏い、兜の隙間から輝くは金色の双眼。

 両腕で支えるように持つのは、巨大な筒状の大型砲。全長十五メートルを超える巨人、王城より派遣された街の守護者、虫鎧機ヴァリエラドである。

 団子虫から人型へ変形する姿を満面の笑顔で見つめていたタカト。そんな彼に、ラミエラは笑って声をかける。


「そんなに嬉しそうに虫鎧機化を眺める人を私は初めてみましたよ。本当に君は虫鎧機が好きなんですね、タカト」

「大好きです! 最高に最強のロマンですよロマン!」

「普通は気味悪がるものなのですけどね。兵士の中にも気持ち悪いと渋々乗っている人が大半なのですけど」

「準備はできたからいつでも乗っていいぞ! いつも通り武装は封印してるからよ、右の操縦桿を触っても反応しねえからな!」

「分かってますって! ありがとうございます、アンベルさん!」


 アンベルに礼を叫びながら、タカトはヴァリエラドの右足にある玉石に触れ、操縦席へと転移するのだった。



 ――鎧機アマンズト


 それは、人が大型の獣に対抗するために生み出した生物兵器であった。

 今より遥か昔、魔物と呼ばれた化物が人間を今にも滅ぼさんとしていた時代があった。

 突如溢れ返った人間に敵意を持つ巨大な化物たちに、人間は手も足も出ず、絶望に心を染めていたとき、救世主が現れる。

 この世界に現れた『神々』と呼ばれる者たちが人間たちを束ね、己が知識と錬金術を駆使し、生み出した反抗の牙たち。それが鎧機だった。

 鎧機とは、この世に存在する生物と契約し、その生命体を錬金術によって人型へと成形させた兵器のことを指す。その鎧機をもって、人類はついに魔物を殲滅する事に成功した。

 役目を終えた神々は天界へと去り、残された乗り手のない己が意思を持つ鎧機たちもいずこかへと去っていったという。強き獣を宿した鎧機は乗り手を選ぶ。神々の血を持たぬ人間では乗りこなせないのだ。

 唯一普通の人間でも乗りこなせるのは、己の意思が弱く穏やかな虫鎧機だけだった。

 それから人類は長い歴史をこの虫鎧機と過ごすことになる。魔物は消えされど、大型の獣が消えたわけではない。この世界には十メートルを超える猛獣など幾らでも存在するのだ。滅多なことでは人間の住む場所に姿を現すことは無いのだが、それらに対する守り手として虫鎧機は人間と共に在り続けた。

 やがて、長い時を経て、鎧機の技術や知識も掠れてゆき、今となっては一から生み出す術もなく。

 この国に残る虫鎧機はこのヴァリエラドだけとなり、その数も五百弱となってしまった。そして、凶暴な大型の獣もめっきり姿を減らし、今となってはこうして主要な都市にて虫鎧機も暇を持て余しているというわけだ。

 生命を元に生み出されているだけに、虫鎧機は命ある存在だ。自分の意思を持ち、普段は元来の形態をとって生きている。乗り手の命に従い、人間に牙を剥くことは絶対にないのだが、それでもこうして大きな団子虫を見ると普通の人は気持ち悪がって近寄ろうとしないのだ。


 そんな虫鎧機だが、近年乗り手の減少に王国は頭を痛めている。

 虫鎧機の乗り手となってしまえば、その多くは辺境の地でこの二人のように日々をのんびり過ごすことになるため、はっきりいって人気が無い。王を守るためにと志願した兵士には特に人気がでない。

 また、虫鎧機の操作ははっきり言ってこの世界の人間にとって非常に難しい。多くの人間がものの数十分で頭を爆発させ、まともに動かせるようになるのは一握りの人間なのだ。

 ゆえに、王国は常に虫鎧機の優秀な乗り手を募集している。こうやって二人が一般人であるタカトを兵器に乗せているのも、それが理由だ。

 とにかく才能のありそうな者には虫鎧機に触れさせること、可能ならば兵士として引き入れること、それらは各地の虫鎧機乗りに厳命されていた。

 いくら虫鎧機が五百機あっても、乗り手が年々減ってしまえば意味がない。そんな国の背景から、タカトはこうして虫鎧機への搭乗を認められているのだ。


 水晶に運ばれ、タカトはヴァリエラドの胸部、操縦席へと腰を下ろす。

 椅子に座った彼を固定するように、彼の胸部は帯でしっかりと拘束されている。シートベルトのような役割を果たしているのだろう。

 操縦席に興奮しながら、タカトは両腕を左右の操縦桿へと運ぶ。前方はヴァリエラドの目から映し出された光景がモニターのように映し出されている。

 外部連絡用のスイッチを押し、音声を伝える管のようなものにタカトは気分を高揚させながら声を紡ぐ。


「こちらタカト! 虫鎧機ヴァリエラド、出ます!」


 タカトの声に両腕で大きな丸を描いたアンベルを確認して、タカトは左の操縦桿を前方へと倒した。

 彼の操縦に応えるように、ヴァリエラドは一歩、また一歩と前方へと進む。前に後ろに左に右に。簡単な歩行を終えたタカトは、本番とばかりに左脚で中央左のペダルを踏み込んだ。

 ヴァリエラドの背中から大気が吹き荒れ、その巨体はゆっくりと上空へ上昇していく。高度にして三十メートルほどだろうか。その位置でタカトは再左のロックペダルを蹴りあげて高度を固定し、待ってましたとばかりに再右のアクセルを踏み込んだ。

 刹那、ヴァリエラドは加速を初めて大空を翔け始める。左の操縦桿で方向を適宜切り替え、操縦桿頭部にある小さなスティックを動かしてヴァリエラドの視点を向きを転換する。

 大空を自在に駆けながら、タカトの気分は最高潮へと達する。まさか異世界に訪れ、こんな大きなロボットを動かせる日がくるなんて、彼の心はそんな感動でいっぱいだった。

 理由は分からないが、ヴァリエラドの操縦法はまるでゲームのように単純だった。左レバーによる移動、アクセル、ブレーキ、カメラ切り替えなど初心者のタカトですらすぐに覚えられるほどだ。

 彼は気付いていないが、それがこの世界の住人にとっては非常に難しい操作法だった。彼のように移動しながら高度を変える、移動方向とは異なる方向にカメラを切りかえる等、複数の操縦操作を瞬時瞬時にこなすということは、彼が人間界でゲームに慣れ親しんでいたがゆえに可能なこと。異世界の人間にとってはタカトの簡単が困難なのだから。


 そんな彼の才能を誰よりも認めるのが、地上から彼の操縦を見上げるアンベルとラミエラだった。

 彼のみせるヴァリエラドの動きに心から感嘆しつつ、楽しげに会話を弾ませた。


「本当に良い動きだな。ラミエラ、模擬戦をしたとして、あいつを捉えられると思うか?」

「無理ですね。タカトの動きを抑えるには、虫任せでは当たりません。ならば手動で彼の動きを先読みして魔弾を放たなければなりませんが……正直当てられる気はしませんね」

「だよな。あいつ、右の武装操縦桿の封印解けば、騎士団長様といい勝負するんじゃねえか? くぅ~、ますますアイツが欲しいじゃねえか。早くあいつも覚悟を決めて王都に……っと、冗談だよ、睨むなって、シャリエの嬢ちゃん」


 アンベルの言葉をじっと睨みつけるシャリエ。彼女としては、当然ながら大切な家族であるタカトが王都に行かれては困るのだ。

 そんな彼女の気持ちを理解しているゆえに、アンベルとラミエラも強くは言えない。何よりも、王都にいって虫鎧機の操縦者になる道を選ばず、シャリエたちと生きることを決めたのは他の誰でもないタカトの判断なのだから。

 彼にとって何より大切なのは、この世界で自分を助けてくれた人々を守ること。彼らと共に笑って過ごすこと。確かに虫鎧機は心惹かれる、大きなロボットを自在に動かすなど夢のようだ。しかし、そんな気持ちよりも優先したいものがある、だからこそ街に残る。それがタカトの気持ちだった。

 彼の断固とした気持ちを知るからこそ、アンベルとラミエラはタカトが気変わりしてくれるのを待つしかない。タカトの操縦技術、センスは間違いなく国でも最高峰のものであると確信しているからだ。

 そんな三人の気持ちを知らず、存分にヴァリエラドの操縦を堪能したらしく、タカトは操縦席から外へと転移して、三人のもとへ戻り礼を告げた。


「ありがとうございます、アンベルさん、ラミエラさん! 本当に楽しかったです!」

「ああ、またこいつに乗りたくなったらいつでもこいよ。操縦者になるためのの紹介状ならいつでも書いてやるからな!」

「あはは、か、考えておきます」

「考えなくていいのっ! ほら、帰ろっ」


 頬を膨らませてタカトの背を押すシャリエ。二人に別れを告げ、タカトたちは街へと戻って行った。

 彼らの背中を見つめながら、ラミエラは長い髪を指で梳きながら楽しげに声を漏らす。


「本当に残念です。タカトほど鎧機に愛されている人間を『あの方』以外、私は知りません」

「おいおい、それは流石に褒めすぎってもんだろ。まさかあいつが『神の血』を受け継ぐ存在だとでも言うつもりなんじゃねえだろうな。そんな戯言を誰かに聞かれでもしてみろ、王家に首切られても俺は知らねえからな」

「ふふっ、それは勘弁してほしいものです」


 軽口をたたき合いながら、アンベルとラミエラは二人の姿が見えなくなっても、タカトの話題で盛り上がるのだった。



「ねえ、タカトは王都になんかいかないよね?」


 街に戻り、家への帰り道の途中。

 どうしようもなく不安が胸に積もったのか、シャリエはおずおずと隣を歩くタカトに訊ねかけた。

 突然の問いかけに驚くタカトだが、ニッと優しく笑って当たり前だと一蹴する。


「俺が王都にいって何するのさ。俺は明日も明後日もその先も、ずっとこの街にいるよ」

「でも、王都にいったらタカトの大好きな鎧機に乗れるって……タカト、才能もあるみたいだし」

「馬鹿、アンベルさんたちは冗談で言ってるだけだよ。初心者を相手におだててちやほやして、その気にさせて入隊させる、よくある手法だよ。鎧機は確かに大好きだけど、俺の憧れだけど、それを仕事にできるほど世の中は甘くないの」

「そうかなあ……アンベルさんもラミエラさんも、本気でタカトのこと認めてるみたいだけど」

「仮にそうだとしても、俺は王都になんかいかないって。そもそも、王都になんていったらラルフさんの畑を手伝えないじゃないか。俺はまだまだラルフさんから習わなきゃいけないことがいっぱいあるんだから。今日もラルフさんに朝は何度も激励されたし」

「お父さん、なんて?」

「『私の農場を安心して継いでもらうためにも、タカトには頑張ってもらわなきゃいけないな』って。継ぐのは俺じゃなくてシャリエだって突っ込みは置いといて、ラルフさんの言葉に俺もまだまだ未熟、頑張らなきゃなって気持ちに……どうしたんだ、シャリエ。顔真っ赤だぞ?」

「な、なんでもないの、なんでも」


 隣を歩くシャリエが顔を真っ赤にして俯いてしまい、そのことにタカトは首を傾げるしかない。

 彼の父親の言葉の意味を理解したシャリエは、小声でお父さんの馬鹿と呟くことでしか胸の内を吐き出せない。どうやらタカトに対する想いは親公認だったようだ。

 そんなシャリエを深く追求する事もなく、両腕を頭の後ろで組んでタカトはきっぱり宣言するのだ。


「とにかく、俺が王都に行くことはないよ。俺が今、目指してるのはラクリラ農場をこの街一に発展させること。俺を助けてくれたシャリエやラルフさん、ピエリナさんに少しでも恩返しすること。ヤマトの国の男は恩を忘れないんだ」

「もう恩は十分に返してもらってるんだけどな……でも、うん、ずっと一緒だもんね、約束だからね、タカト」

「ああ、約束だ! 俺が絶対ラクリラ農場を劇的に発展させてみせる!」

「そっちじゃないんだけど……ま、いっか」


 満足気に微笑みながら、シャリエはタカトと並んで家への帰路へとつく。

 いつものシャリエが戻ったことに安心しつつ、タカトは空を見上げて思う。こんな日常がいつまでも続けば良い、と。

 もちろん、元の世界への帰還を諦めた訳ではない。未だに胸の奥底には故郷への強い想いが眠っている。なぜ、自分がこの世界に足を踏み入れたのか、その理由すら分からない。

 けれど、右も左も分からないこの異世界でタカトは沢山の大切なものを手に入れた。絶望に沈む自分を救ってくれた大切な人々、彼らの力になりたいという気持ちが何よりも今は強かった。

 元の世界に戻る方法などタカトに分かるはずもない。どうやって探れば良いのかすら見当もつかない。ならば、今自分は何をすべきか。

 自分ができることを精いっぱいすること、それがタカトの決断だった。自分を救ってくれた命の恩人であるシャリエたちに恩を少しでも返すこと、それがタカトの純粋な願いだった。

 だから、今はシャリエと共にこの穏やかな日常を歩いていこう。こんな日が明日も明後日も続いていく――そのはずだった。


「ん……? なんだ、あれ……」

「どうしたの、タカト?」

「いや、あれ……」


 空へ視線を向けていたタカトだが、大空の向こうから飛翔してくるナニか。豆粒のような小さな影を見つけ、タカトはそれを指差してシャリエに教える。

 ゆっくりと、しかし確実にプフルの街に近づいてくる何か。そこまで高速ではないが、その大きさは遠目でも鳥などではないことが分かる。

 どうやら周囲の人々もその存在に気付いたのか、道で足を止め、街の人々からざわつく声が聞こえ始めた。

 眉を顰めてその飛行してくる物体を見つめるタカト。薄気味悪さを感じたのか、シャリエが不安がってタカトの手を握りしめる。

 そして、やがて街の上空近くまで近づき、その飛翔物体のシルエットをタカトはようやく視界に入れた。


 街の上空に空に浮かぶ巨大な人型――黄土色の虫鎧機。

 ただ、それが聖リメロア王国の所有する虫鎧機でないことは外観から一目瞭然だ。

 上空で羽ばたいている黄土色の鎧機、そのフォルムを例えるならトンボ型。背から生えた四つの羽がせわしく羽ばたき、上半身は強固そうな鎧に覆われている。頭部はヴァリエラドと同じく兜型であり、隙間から瞳が覗いているが、頭頂部にはその目とは異なる二つの目玉のようなものがついている。

 両腕は獲物を捕まえて離さないようにするためか、鋏型となっていて、下半身より先は足が存在しない。尾のように細長く伸びた先には鋭い螺旋状の針がついている。

 このような虫鎧機は聖リメロア王国は所有していない。聖リメロア王国が所有する虫鎧機はヴァリエラドだけなのだから。

 すなわち、この機体はまさしく正体不明機ということだ。自然に生きる巨大化した獣や虫ではなく、明らかな虫鎧機。すなわち中には操縦者が存在するということだ。

 いったいどこの誰が。王国の新型なのか。そんな疑問を考えていたタカトだが、街中に響く聞きなれた声に意識を奪われる。

 それは、街の外にて守護を務めていた二機の虫鎧機ヴァリエラドから放たれた声。外部連絡装置を起動させ、ヴァリエラドを駆るアンベルが正体不明機へ武装の魔弾銃を向けながら警告を行った。


『正体不明虫鎧機の操縦者に告ぐ! こちらは聖リメロア王国第三軍鎧機隊所属のアンベル・カニンガだ! 今すぐ地に降り、虫鎧機解放イセク・アマンズト・ロスタを実行せよ! こちらの警告に従わなければ、国防法百七十二に従い、街を守るために武力鎮圧を行う! これは脅しではない! 繰り返す、ただちに虫鎧機解放を実行せよ!』


 アンベルの張り詰めたような声とその内容から、街の人々に更なる緊張が奔る。

 彼の警告の意味、それは正体不明機が聖リメロア王国所属ではなく、ややもすれば敵かもしれないということだ。

 銃口を向けた二機のヴァリエラド。そちらへ正体不明機は一度視線を向けたかと思った刹那、大きく上空へ飛翔した。その姿を見て、タカトは気付けば感じ取ったモノを思わず声にしていた。


「あいつ、戦るつもりだ……!」

「え、ええっ、わ、分かるの?」

「来るぞっ!」


 タカトの推測通り、大空を舞った正体不明機は上空から急降下するようにヴァリエラドへと襲いかかった。

 王国への敵対行動と判断し、アンベルとラミエラは右操縦桿を握りしめ、砲撃を開始する。ヴァリエラドが両腕で抱える長い狙撃砲から放たれる魔弾が上空の正体不明機へと放たれた。

 真っ直ぐに放たれた二発の魔弾だが、正体不明機は右に左に不規則な動きで回避してしまう。次弾を撃ち出すために再びトリガーに指をかける二人だったが、正体不明機がそれより早く攻撃へと転じた。

 尾をヴァリエラドへ向け、勢いよく正体不明機から放たれた螺旋状に回転する巨大針。それは想像以上に早い速度でヴァリエラドへと奔っていった。

 狙われたのは再射撃を行おうとしていたラミエラのヴァリエラド。回避する間も与えられず、巨大針がヴァリエラドの顔面へと突き刺さり、完全に吹き飛んでしまった。

 虫鎧機は完全なロボットではなく生命体。生物と同じく、脳を破壊されて生命活動を維持できるはずもない。


 首から上を失ったヴァリエラドは、その巨体を大地へと沈めてしまった。撃墜されたヴァリエラドへ近づこうとする正体不明機だが、まだアンベルの機体が残っている。

 同僚が撃破されても、アンベルは冷静さを失わない。正体不明機械に対して距離を取りながら、砲撃を二発、三発と解き放ち続ける。

 正体不明機に弾幕の一発が被弾するが、それほどのダメージは見えない。すぐに態勢を立て直した正体不明機は、再びヴァリエラドへ向けて小刻みに左右に揺れながら追撃をかける。

 ここで二機の性能差が明確に現れてしまう。ヴァリエラドは狙撃型の虫鎧機であり、お世辞にも速度に優れているとは言い難い。対して正体不明の虫鎧機は明らかに速度特化した機体だ。加えて一撃必殺とも思える先ほどの巨大針という武器がある。

 ヴァリエラドが逃げ、それを正体不明機が追うという形は完全に不利な状況だ。正体不明機はすぐにヴァリエラドにおいつき、右腕の鋏でヴァリエラドの右腕を掴み、そのまま捩じ切った。腕が切り落とされ、ヴァリエラドは砲撃手段を失ってしまう。

 残る武器は腰に下げたサーベルのみ。左腕でサーベルを握り、正体不明機を捉えようとするが、上空にするりと簡単に逃げられる。

 やがて、ヴァリエラドから距離を置いた正体不明機が再び尾に充填した巨大針を解放し、それがヴァリエラドの胸部へと突き刺さってしまった。瞳の光を失い、胸に大穴を空けてしまったアンベルのヴァリエラドは大地へと沈むのだった。






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