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蒼宮中宮物語  作者: 花詠 詞子
6/9

蒼宮編_#6

 あの日から一週間が過ぎた。

 その間、同じ屋敷内にいるにも関わらず、宮と姫は言葉を交わすことなく、互いを避けていた。

 そして、二人に少し距離が生まれ始めていた。

 そんな時、綾宮が意識を取り戻した。

 姫は母親である綾宮に対して、これからどのように接していけば良いのか複雑な気持ちだった。

 だが、綾宮の目覚めの知らせは素直にうれしかった。

 いてもたってもいられず姫は綾宮の許へ駆けていく。

 またいつもの優しい微笑みに会えると信じて。綾宮の部屋に着くと、父親である宮の姿が見えた。

 宮はあの日以来、物忌みと称して、宮中への出仕を控え、綾宮の傍から片時も離れず寄り添っていた。

 寝ることも食べることも忘れて。

 その様子に堪えきれず、周囲の者たちが心配の声をかけても、静かに微笑み「私は大丈夫だよ。おまえたちの心遣いをうれしく思うよ」と返してしまう。

 そんな父親の姿を心配する姫であったが、あの日以来、言葉にできない怒りや悲しみが胸の中で、疼いていた。

 だから、同じ屋敷内にいても顔を合わせることを避けてしまっていたのだ。

 そして、母親の部屋へ着いて目にした光景。

 傷ついたままの姫の心をさらに深くえぐった。

 長い間、眠り続けていた母親はやつれていた。

 その姿だけなら、まだ良かった。

 部屋へ入ることがためらわれた姫は、その入り口で、呆然と立ち尽くしていた。

 少女のような笑みを見せる綾宮。

 その姿を見つめる宮は笑顔だった。

 でも、その瞳は悲しみにゆらゆらと揺れていた。


「榊宮。今日はとても気分がよいわ」


 頬を赤く染めて父親に尋ねる母親の姿。

 湿ってまとわりつくような風が吹き、姫は嫌な汗が流れるのを感じた。

 そして、彼女は持っていた扇を落としてしまった。

 その音に驚いたような視線を向ける綾宮と、悲痛な視線を向ける宮。

 先に口を開いたのは綾宮だった。


「はじめまして。あなたはどなた?」


 少女のような笑みと話し方。

 柔らかく笑み、落ち着いた声で話す綾宮の姿を、そこに見いだすことができなかった。

 そして、綾宮にかけられた言葉が残酷に響く。

 姫の表情は硬くなり、その唇は言葉を紡げず震えていた。

 宮の表情にも戸惑いの色が隠せない。

 古参の女房の松風が機転をきかせ、姫をその場から連れ出した。

 部屋の前から連れ去られた姫の背中を見つめながら


「榊宮。あの方は?」


 綾宮が聞いてきたので、宮は「遠縁の者だ」と告げた。

 それを聞いた綾宮はぽつりと呟く。


「あの方……。とても悲しい瞳をされていたわ。まるで今目の前にいるあなたと同じような……」


 と続けようとした言葉を飲み込んで。


「なぜかしら? とても胸が締め付けられるの」


 部屋へ戻った姫は押さえていた思いを吐き出すように声を上げた。

 とめどなく次から次へ溢れてくる涙。

 その場に座り込み、周囲が驚くほどの大声を上げて泣き続けた。


「嫌よ。嫌よ嫌! なぜなの? 答えてよ。誰か答えてぇ!」


 こみ上げてくる終わりの見えない怒りと悲しみ。

 自分という存在がとてもあやふやなものに感じずにはいられない。

 生まれて初めて感じた人を憎む気持ちに戸惑い、姫の心が、目の前で起きた出来事を受け入れられず、悲鳴を上げていた。

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