蒼宮編_#6
あの日から一週間が過ぎた。
その間、同じ屋敷内にいるにも関わらず、宮と姫は言葉を交わすことなく、互いを避けていた。
そして、二人に少し距離が生まれ始めていた。
そんな時、綾宮が意識を取り戻した。
姫は母親である綾宮に対して、これからどのように接していけば良いのか複雑な気持ちだった。
だが、綾宮の目覚めの知らせは素直にうれしかった。
いてもたってもいられず姫は綾宮の許へ駆けていく。
またいつもの優しい微笑みに会えると信じて。綾宮の部屋に着くと、父親である宮の姿が見えた。
宮はあの日以来、物忌みと称して、宮中への出仕を控え、綾宮の傍から片時も離れず寄り添っていた。
寝ることも食べることも忘れて。
その様子に堪えきれず、周囲の者たちが心配の声をかけても、静かに微笑み「私は大丈夫だよ。おまえたちの心遣いをうれしく思うよ」と返してしまう。
そんな父親の姿を心配する姫であったが、あの日以来、言葉にできない怒りや悲しみが胸の中で、疼いていた。
だから、同じ屋敷内にいても顔を合わせることを避けてしまっていたのだ。
そして、母親の部屋へ着いて目にした光景。
傷ついたままの姫の心をさらに深くえぐった。
長い間、眠り続けていた母親はやつれていた。
その姿だけなら、まだ良かった。
部屋へ入ることがためらわれた姫は、その入り口で、呆然と立ち尽くしていた。
少女のような笑みを見せる綾宮。
その姿を見つめる宮は笑顔だった。
でも、その瞳は悲しみにゆらゆらと揺れていた。
「榊宮。今日はとても気分がよいわ」
頬を赤く染めて父親に尋ねる母親の姿。
湿ってまとわりつくような風が吹き、姫は嫌な汗が流れるのを感じた。
そして、彼女は持っていた扇を落としてしまった。
その音に驚いたような視線を向ける綾宮と、悲痛な視線を向ける宮。
先に口を開いたのは綾宮だった。
「はじめまして。あなたはどなた?」
少女のような笑みと話し方。
柔らかく笑み、落ち着いた声で話す綾宮の姿を、そこに見いだすことができなかった。
そして、綾宮にかけられた言葉が残酷に響く。
姫の表情は硬くなり、その唇は言葉を紡げず震えていた。
宮の表情にも戸惑いの色が隠せない。
古参の女房の松風が機転をきかせ、姫をその場から連れ出した。
部屋の前から連れ去られた姫の背中を見つめながら
「榊宮。あの方は?」
綾宮が聞いてきたので、宮は「遠縁の者だ」と告げた。
それを聞いた綾宮はぽつりと呟く。
「あの方……。とても悲しい瞳をされていたわ。まるで今目の前にいるあなたと同じような……」
と続けようとした言葉を飲み込んで。
「なぜかしら? とても胸が締め付けられるの」
部屋へ戻った姫は押さえていた思いを吐き出すように声を上げた。
とめどなく次から次へ溢れてくる涙。
その場に座り込み、周囲が驚くほどの大声を上げて泣き続けた。
「嫌よ。嫌よ嫌! なぜなの? 答えてよ。誰か答えてぇ!」
こみ上げてくる終わりの見えない怒りと悲しみ。
自分という存在がとてもあやふやなものに感じずにはいられない。
生まれて初めて感じた人を憎む気持ちに戸惑い、姫の心が、目の前で起きた出来事を受け入れられず、悲鳴を上げていた。