蒼宮編_#4
夜が明けた。
朝だというのに空は灰色で埋め尽くされていた。
まるで晴れない心を映しているような空だわと姫は見上げ、そっとため息をついた。
すると、廊下のほうから騒がしさが近づいてきた。
侍女たちが叫ぶ。
「綾宮様、お待ち下さい。宮様より、きつく言われております。姫宮様のお部屋へ通すなと」
「自分の娘に会えないですって。そこをどきなさい」
「きゃっ」
侍女の一人が、突き飛ばされた。
綾宮を取り巻くように屋敷のものたちはおろおろするばかり。
「どうしたの?」
騒がしさの正体を確かめようと姫は廊下へ出た。
姫の姿を見つけると、周囲を振り切って綾宮が駆け寄ってきた。
姫の両肩をつかみ、大きく揺さぶる。
「一の宮のもとへ行ってはダメよ。お父様も何を考えてるのかしら」
(えっ、一の宮? 私は東宮様の許に入内するのでは?)
姫は綾宮の言葉に困惑した。
今上には、皇子は姫と同い年の東宮ただ一人。
生まれてすぐ東宮に立ったので、綾宮が言うように一の宮とは呼ばれていなかった。
(一の宮って、誰のことを言っているの。お母様)
いつも控えめだが、美しく微笑み、低く安心感を与えるような話し方をする母親の姿しか知らなかったからだ。
今はまるで鬼子母神のような形相で興奮を抑えきれず金切り声を上げ、詰め寄ってくる。
今まで見たことのない母親の姿に、姫の中では驚きよりも衝撃が勝っていたため身動きが取れず、その場で体が固まってしまった。 動けずにいる姫へたたみかけるように綾宮は言葉を続けた。
「母の身分が低いせいで、こんな目に合うなんて。あなたまで同じ道をたどらせない! あの場所へは、一の宮の許へは行かせないわ」
そう言い放つやいなや、綾宮は姫の白い首を両手で包み、少しずつ力を加えていった。
「大丈夫、あなたを一人で行かせないわ。母もあとからついて行きます」
◇◆◇◆◇◆◇
嫌な胸騒ぎが消えない。
綾宮の心に深く刻まれた傷は、今もなお、血を流し続けている。
宮は抱いた不安から逃れるように頭を振り、書類へ目を落とした。
だが集中できるはずもなく、手に持っていた書類を机の上に置いた。
宮の屋敷から使いが文を持って来た。
送ったのは宮に仕える古参の侍女。
綾宮の事情を知り、支えてきた数少ない者の一人の松風からであった。
宮はパラパラと文を開き、中を見た。
そして、思わず瞳を閉じた。
いろいろな思いが宮の中をかけめぐる。
決心したかのように瞳を開け、立ち上がった。
「牛車の用意を。屋敷へ戻る」
低くよく通る威厳のある声が告げた。
◇◆◇◆◇◆◇
──宮様。今朝の綾宮様は、いつも以上にご気分が優れないようで。突然笑い出したかと思えば、泣きじゃくったりと、まるで幼子のようです。
そして、しきりに一の宮様の名を。
どうか、お戻りくださいませ。
そして、お側に。
松風──