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蒼宮中宮物語  作者: 花詠 詞子
2/9

蒼宮編_#2

 霜月のある日に行われた朝儀。

 さまざまな議論が進む中、帝は突如、咳払いを一つし、公卿たちの集中を自分に向け、皆の視線が集まったことを確認すると。


「皆のものに聞いてもらいたい。東宮は来年、十五になる。三ヶ月後の如月の吉日に元服させたいと思う」


 それを聞いた公卿たちは、口々に感嘆の声を上げる。それを手で制し、帝は言葉を続ける。


「本当なら、藤の大臣の姫君を迎えたいが、何分幼すぎる。そこで、東宮女御に中務卿の姫宮、涼子女王を入内させることとする」


 藤の大臣は、あまりの衝撃に手にしていた扇を落としてしまった。

 まさに寝耳に水。

 自分の預かり知らぬところで東宮女御について、話し合いがなされていたのかと思うと、腹の虫が暴れまわる、顔を真っ赤にした大臣は異を唱えようとした。

 それを遮るように帝は大臣が言葉を発するより、先に。


「これは決定事項である。皆のもの、よく心得ておくように。それでは、後のことは任せた」


 と言い放ち、その場を去った。

 追いかけて問いただしたい気持ちはあったが、まだ朝儀中とのこともあり、退席するのも憚られ、藤の大臣はその場を動けず、怒りばかりが膨らんでいった。




◇◆◇◆◇◆◇




 弘徽殿までの廊下。

 足を踏み鳴らし歩く男がいた。

 その顔は凄まじい形相をしている。

 部屋へ着くなり、不作法に御簾を上げ、威圧的な態度で。


「葉桜女御はおるか」


「はい、兄上様。どうされましたか?」


 のんびりとした声音で、東宮生母である葉桜女御は応えた。


「そなたはこの後宮で何をしていたのだ」


 藤の大臣は理由も告げず、物凄い剣幕をぶつけてきた。


「そなた、東宮に中務卿の姫宮が入内することを知っていたか」


 葉桜女御は、心底驚いた様子で。


「兄上様。その話、初めて聞きましたわ。もう宣旨が出ておりますの?」


 藤の大臣は怒りを込めた声音で。


「突然、朝儀の場で、たくさんの公卿がいる前でだ。高らかに宣言しおったわ」


 その言葉を聞いた葉桜女御は複雑な表情をした。

 だが、藤の大臣は怒りで、妹のそのような表情には気づかなかった。


「まったく、帝は何を考えているのだ。我らが後盾したからこそ、即位できたということを。その恩を忘れたとしか思えん所業だ」


 その言葉を聞いた葉桜女御は、一瞬、ハッとし我に返り、兄に同意するよう頷く。


「我ら一族をないがしろにしおって、許せぬ」


 そして、左大臣はそう言い捨てると、苦虫を噛み砕いたような顔をした。


「そうですわ。兄上様。帝は何か勘違いをされているよう。兄上様のおかげで、今の政事が回っているというのに」


 葉桜女御は眉をひそめ、信じられないという表情を見せた。

 妹から、帝は間違っているという言葉を聞いて、藤の大臣は怒りから満足そうな笑みを浮かべ。


「そうだな。後宮の事はそなたに任せた。せいぜい、中務卿の姫宮を可愛がって差し上げるのだ」


 それから、不敵な笑みに変わり。


「我が娘が入内できる年齢に達するには、今少し、時間が必要だ。それまでの間を埋める。我が意を汲む公卿たちの中から、当たり障りのない姫を探すとしよう」


 そう言い終えると、先程とは打って変わって、上機嫌な様子で、藤の大臣は弘徽殿を後にした。

 その姿を見送る葉桜女御の瞳は深い悲しみに揺れていた。




◇◆◇◆◇◆◇




 朝廷が東宮妃内定の報で、俄かに騒がしくなっている頃。

 中務卿宮邸では、綾宮と姫が琴をかき鳴らしていた。

 綾宮が姫へと向ける眼差しは、どこまでも穏やかで、慈しみが降り注いでいる。

 幼き日に死別した母親を思い、泣き暮らしていた綾宮が、手に入れた幸せ。

 それが壊されてしまうかもしれないという不安に、彼女の心は蝕まれ始めていた。

 たまに遠い目をする、心此処にあらずな母親を心配そうに見つめる、姫の視線に気付かないほどまでになっていた。


(お母様、どうされたのかしら?最近、ご様子がおかしいわ)


 なぜか、母親の姿を見ると嫌な胸騒ぎがしてならない。

 表面上はつとめて、平静に見える母親の姿。

 いつもと変わらない姿で微笑んでいるのに、なぜ、そんなふうに思ってしまうのだろうと姫は悲しくなる。




◇◆◇◆◇◆◇




 月の輝く夜。

 書物に目を通す、中務卿宮のもとへ、神妙な面持ちの姫が来た。


「お父様。お話があります」


 宮は読んでいた書物から顔を上げ、姫へと視線を移した。


「ちょうど良かった。私も姫と話がしたかったよ」


 と慈しみあふれた笑みを向ける。

 姫は大きく息を吸い込み、意を決したように言葉を発した。


「お父様。私、お母様を見ていると不安な気持ちになるのです」


 姫は宮へ悲しみに傷ついたような眼差しを向けて。


「ふだんと変わらぬ笑みを向けて下さっているはずなのに」


 言葉を詰まらせた姫を労るように。


「そなたの不安になる気持ちは痛いほどわかる」


 宮も悲しそうな表情を浮かべた。


「姫よ。そなたに心配をかけてしまってすまない」


 姫は頭をふる。


「お父様。私はお二人の娘よ。何かあれば心配するのは当たり前ですわ」


 少しはにかんだような笑顔を向けた。

 宮は姫の言葉を微笑ましく思ったが、綾宮の事情をまだ話す時期ではないと考えていた。


「今は詳しいことは言えぬが、いずれ話す。姫よ、少し時間をくれぬか?」


 しっかりと視線を合わせて話す。

 父親の真摯な思いを感じとった姫は納得したように頷いた。


「わかりましたわ、お父様。話して下さるまで待ちます」


 父親を安心させるように笑顔を浮かべて言った。


「そういえば、お父様の話は何?」


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