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蒼宮中宮物語  作者: 花詠 詞子
1/9

蒼宮編_#Ⅰ




  花詠ふ

  心のまにま

  色づきし

  風に手折られ

  散る身悔ひなし



  蒼宮中宮




◇◆◇◆◇◆◇




 如月吉日。



 今東宮の許、御年十六になりたまふ、いと美しき姫宮、麗景殿に入り蒼宮女御と称す。この女御、父宮は先々帝が親王、母宮は先帝が内親王と、いと気高くおはす。またその御姿、梅の花の如く華やいで、心根も優れておはす御方なり。



 いとめでたき日とぞ、都人、皆心より祝ひける。唯一人、藤の大臣、屋敷で足ずりし悔しかると聞きうる。 



『中宮物語』蒼宮の巻冒頭より




◇◆◇◆◇◆◇




「もうお父様。どうなさったの? 先ほどから恐いお顔をなさって」


 声を掛けた少女は、表に薄い紫と裏は緑に重ねられた紫苑の衣に長く艶やかな黒髪が広がり、薄茶色の瞳が非難がましく父親を責めるように見つめていた。


「あぁ、すまん、すまん。少し考え事をしていただけだよ」


 お父様と呼ばれた男性は優しい声で応えた。


「そんなお顔で考え事をされては、業平が恐がって近づかないわ。ねぇ、業平」


 自分の名を呼ばれた真っ白な猫は、主の問いかけに返事をするように、一鳴きした。


「はは、まいったな。業平、姫だけではなく、おまえにも嫌われてはたまらんなぁ」


 父親は豪快に笑った。

 今まで控えめに事の成り行きを見守っていた女性が声をかけてくる。


「宮、姫に一本とられましたわね」


 口元を扇で隠し上品な様子で二人のやりとりに優しい眼差しを向け微笑んだ。 しばらくの間、和やかに会話を楽しんだ後、姫と呼ばれた少女は部屋を辞す。 姫の姿が見えなくなると宮は深いため息をつき、傍らにいる女性へ言葉を発した。


「綾宮よ。姫に東宮へ入内の話がきた」


 綾宮と呼ばれた女性は一瞬驚いた表情を見せ、それから睫を伏せる。


「宮、姫はもう十六になりますわ。決して早いわけではないでしょう。でもお相手が東宮様とは……」


 綾宮の言葉は最後まで続かない。

 その様子を見た宮は苦しげに呻くように言った。


「藤の大臣の姫はまだ五つだ。そして東宮のご生母は藤原氏の姫、今上としてはこれ以上、藤原氏に(まつりごと)へ口出しをされないよう、今から手を打つつもりなのかもしれない」


 綾宮は、切れ長の目に憂いの色を浮かべる。


「そのために、今上である我が兄上は藤原ではなく、皇族出の后が欲しいのですね」


「あぁ、しかも姫は東宮と年齢が釣り合う、そして何より我ら両親が皇族だ。そこで東宮妃候補の筆頭にあがったようだ」


 いったん言葉を切り。


「藤の大臣には内密にね」


 宮と綾宮は互いの顔を見つめ合う。

 そこに浮かんでいたのは心から姫の将来を心配する親の表情。

 二人の間に流れる沈黙を破るように。


「宮、入内を断ることはできないのですか? 今ならまだ間に合うわ。そうよ、姫は幸せにならなければ。わざわざ、あんな場所に」


 興奮した綾宮は、宮に詰め寄り直衣(のうし)の袖を掴み、必死に訴える。


「宮も知っているでしょう? 後宮は女たちが帝の寵を得るため、そして、その一族が権力を得るために醜い争いをしている場所。そんな場所に姫を送り出すなんてできない……できないわ」


 彼女の声は少しずつ震え、最後まで言い終えると突っ伏してはらはら泣き出した。

 宮は綾宮の肩に触れ、やさしく自分のほうへ抱き寄せる。

 その左手は姫にも受け継がれた長く艶やかな黒髪をなでながら窘めるように。


「すまぬ。綾宮よ。私に力がないばかりに、そなたと姫には辛い思いをさせる」


 宮は抱きしめていた綾宮を少し離し、涙で赤くなった彼女の瞳を見つめた。


「この入内は断れぬ。天皇家の未来がかかっているのだ」


 その声音は、まるで自分自身に言い聞かせるように、そして綾宮にも、これ以上の有無は言わせぬという宮の決意が滲んでいた。


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