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 ところがそれから二週間経っても、わたしはラウロの店には行けなかったのだ。


 理由は、マーネに厄介な客人が訪れたからだ。十年前より鎖国しているルークス王国、その王太子アレクセイが紫衣の魔道士キーラ・エーリンに仕事を依頼するために来たのだ。


 アレクセイ王子には最強と名高い傭兵集団『灰虎』が護衛としてついている。けれどマーネの責任者として、ベルナルド市長はアレクセイ王子の護衛をわたしたちに命じた。アレクセイ王子に知られぬよう、陰ながらお守りするように、という指示の面倒くささにわたしは溜息をついたものだ。ただ、アレクセイ王子はわたしたちの存在に気づいていたのではないかと感じていた。時折、油断ならない眼差しでこちらを見ていたからだ。


 それは気のせいではなかった、と、アレクセイ王子はマーネを去る日に教えてくれた。


「いままで、守ってくださってありがとうございます」


 多くはない荷物をまとめたキーラに付き添って『灰虎』の船に近づくと、黒髪黒目の傭兵がひょい、と、キーラの荷物を取り上げて船のなかに入っていった。キーラはわたしに礼を云い残して、あわてて黒髪黒目の彼を追いかける。面白がったリュシーとメグもついて行ってしまった。大丈夫かなあ、と心配な気持ちで見送っていると、アレクセイ王子が歩み寄ってきて、そう話しかけてきたのだ。


 わたしはまじまじと王子を見あげて、ふう、と息を吐いた。


「お礼を云われるほどの働きはしていないの。アレクセイ王子が強いから、わたしたちの出番は皆無に近かったわけだし。キーラがいなければ不審者の追跡もできなかったし」

「それでも、わたしのために時間を割いてくださった事実には変わりありません。お礼を申し上げますよ、マーネの守護者どの」


 やわらかく微笑むアレクセイ王子は、なんともまあ、魅力的な『王子さま』だった。

 リュシーが見たら喜んだだろうにな、と考えながら、気になっていたことを口にする。


「アレクセイ王子にお訊きしたいのだけど」

「なんでしょう?」

「どうしてキーラに依頼したの? ギルド長の推薦があることは知っているけど、キーラはあまり魔道士として活動したがっていないのに。理由、知ってる?」

「夢があるから、ですよね」


 ああ、知らないんだ。ううん、とわたしは首を振って、ちろりと船を見あげた。キーラはいない。ずるっこをしている気持になったけど、こそり、と、囁く。


「キーラは、魔道士である自分がきらいなの。本当はね」

「……それは、驚きですね」


 キーラがなぜ紫衣の魔道士になっているのか、知っている人は多くはない。少なくともわたしは知っていたから、くわしい事情を話してもよかった。でもやめておいた。


 やっぱりそれは、キーラ本人が話すべき内容だし、アレクセイ王子に妙な偏見を持ってほしくなかったのだ。キーラ、わたしたちの大切な友達。紫衣の魔道士として、わたしたちより厳しい修行を経験してきただろうに、普通の女の子のような夢を捨てない友達が、正直に云えば、心配でたまらない。今回の依頼は、アレクセイ王子に協力してルークス王国に潜入すること。つまりそのままルークス王国の政変に巻き込まれる可能性が大きいのだ。その結果、傷つくことにもなるのではないか、とわたしは予感している。それでもキーラだから大丈夫だろうと信じているけれど、心配なものは心配なのだ。


「だからね、アレクセイ王子、お願い。もしキーラが不要になったら、すぐにマーネに帰してあげて。ずるずるとあの子を利用しようとしないで。キーラは普通の女の子だもの。いつまでも王子さまについていけるような子じゃない」

「――――そうですね、わかっていますよ」


 穏やかに微笑んで、アレクセイ王子は、ポン、とわたしの頭に手をのせた。


 温かな感触は、まったく違う人を思い出させる。ラウロ。そういえばどのくらい会っていないんだっけ。また食べに行くと約束したのに、と、ぼんやり思い出しているわたしの前で、アレクセイ王子は身をひるがえし、船に上がっていった。入れ替わりに、リュシーとメグが帰ってきたから、わたしは二人の手をつかんで、真剣な顔で提案した。


「今日の夕食は、ぜひとも外食しよう。マリナーラを食べたい」


 二人の妹たちは顔を見合わせて、にんまり、と不気味に笑ってうなずいた。


「よいとも。いよいよ我らに紹介してくれるのじゃな?」

「しっかり見極めないとなりませんわね。わたくしたちの姉上さまにふさわしいか否か」


 なにやら意味不明な内容を云い交わしている妹たちを連れて、そうしてわたしたちは八区にあるラウロの店にやってきたのだけど、驚きに立ちすくむことになる。


 なぜならラウロの店は、開店時間を過ぎているのに、扉が固く閉ざされていたからだ。



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