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「だからと云って、なぜこんなところに連れてくるんだ?」


 ずんずんと先を進んでいたディーノを、わたしは途中から腕を引いて別の場所へと誘導した。公園への道から外れたときには文句を云わなかったくせに、いざ、こうして目的地に近づけば不満を云うのだから面倒な男だ。わたしは軽く肩をすくめる。


「どうせなら、コンモツィオーネでお昼を食べたかった、って云ってたじゃない」

「たしかにそう云ったが、しかし、」

「一度くらいならいいと思って。別に、マリナーラばかりを食べたいわけじゃないの」

(まあ、嘘だけど)


 ディーノの口を封じるために、適当な言葉を並べたてながら、大きく扉を開け放たれたコンモツィオーネに入る。あぜんと口を開けているカットゥロに、にやっと笑いかけた。


「こんにちは。席、空いてる?」


 そう話しかければ、カットゥロはたちまち複雑に顔をゆがめた。

 なにを考えているのか。わかる気がするけれど、わたしたちは動き出そうとしないカットゥロを見限って、さっさと空いている席に進んだ。ディーノと二人、腰かけたころになって、ようやくカットゥロが近寄ってくる。「あー、……」、そんな前置きをつぶやいて、わざとらしい咳払いをして、ようやくいつもの調子を取り戻したようだ。


「ふっふん! ようやくコンモツィオーネの魅力が分かったかね。だが残念だったな。いまはどのような理由があろうとも、このわたし、カットゥロ・アッバティーニのピッツァが食べられないのだから! わたしはきみたちをこのうえなく憐れむよ。せっかくピッツァを食べるために来たというのに、このような試練を与えるとは神も残酷なことをする」


 わたしとディーノはそっと視線を交わした。


(おもしろい人よね)

(うるさいやつだともいうがな)


 なんとなく生温かい気持ちになりながら、でもわたしは、よしよし、とうなずいていた。


 以前のように、くるりと背中を向けて立ち去る事態も想定していたのだ。だからこうしてわたしたちの元に留まり、接客しようとする態度はまことに都合がいい。メニューをのぞき込み、それぞれ注文の品を告げると、注文票に書き込む。ようやく落ち着いた様子になったカットゥロを見て、よし、と、わたしはそもそもの目的を切り出した。


「アドリアーノじいさんの息子さん、マーネに戻ってきているみたいよ」


 カットゥロの動揺は、指に現れた。ポロリと注文票を落とす。

 同時に、驚いたようにディーノがわたしを見た。どういうつもりだ、と訊ねてくる眼差しがもどかしかったけど、そちらはきれいに無視してカットゥロの眼差しを捉えた。雄弁な眼差しは、いま告げた事実など、すでに知っていると語っている。動揺に入りこんでいたカットゥロは、わたしの視線に気づくと微笑んで見せた。やや、引きつった微笑みだ。


「そうか。レオが出奔してから師匠は気落ちしていたんだが……。そうか、よかった」

「でもね、喜んでいられないの。息子さん、ファミーリアの一員らしき人と一緒だから」


 ファミーリアと云うのは、マーネで暗躍している犯罪組織だ。人身売買や違法薬物の取引に手を染めている組織でもある。そしてわたしたち自警団とは、しばしば対立する立場をとる。しばしば、という表現を用いた理由は、まれに協力し合うこともあるからだ。


 正直に云えば、はったりだった。アドリアーノじいさんの息子が怪しい人物と一緒だったと云う証言はあったけど、ファミーリアだと云う確証はない。ただ、ファミーリアは一般人に犯罪組織と知られているから、カットゥロを揺さぶるにちょうどいいと考えただけ。


 ――――わたしの目的は、カットゥロに情報を吐き出させること。


 いくつかの断片は集まっている。でもまだ、決定的な情報は集まっていない。カットゥロが持っている情報が決定的だとは限らないけれど、少なくとも、追及を受けたら口をつぐんでしまう程度の情報を持っている。どんな情報なのか、確認しておきたいんだ。


 はたして、カットゥロはわかりやすく狼狽を表に出したのだ。


「ばかな、ファミーリアだって? あいつは、レオはそんなことを云わなかったぞ」

(本当に、素直な人だなあ)


 ちらっと苦笑してしまう。本当に、狙い通りに動いてくれる。

 わたしの微笑に気づいたカットゥロは、はっと口をつぐんだ。やや憮然とした様子で注文を確認して、テーブルを去る。ディーノが、とんとんと指でテーブルを叩いた。見つめ返すと、ふ、と息を吐く。


「そういえば、おまえはわりと手段を選ばない女だったな」

「倫理的に問題ありだと責める?」

「いや? これは駆け引きの範囲内だろ」


 さらりと云い放ちながら、ディーノはカットゥロを眺める。


 位置的にカットゥロはわたしの背後に向かったから、わたしはカットゥロを観察できない。だからカットゥロの天秤がどちらに傾いたか、判断できない。わたしたちに不信を抱いてさらに沈黙し続けるか、あるいは、事態を見極めて事情を打ち明けようと考えるか。


 そして、目的はもうひとつ。


「……アドリアーノじいさんの息子さん、レオがいかさま賭博に絡んでいるという情報は、わたしたちもつかんでいるもの。間違いなく、近いうちに身柄を確保するよう、指示が出るはずよ。もう、アドリアーノじいさんに隠しておける段階じゃない。自警団がじきに動き出す、と、知らせておきたかった、と云う理由もあったわ」


 わたしだって、アドリアーノじいさんには療養に専念していて欲しかった。アドリアーノじいさんの出奔した息子に、いかさま賭博などに関わっていて欲しくなかった。あのご老人は心臓を悪くしているのだ。今回の件は、どれだけの負担になるだろう。考えただけで、とても憂鬱になる。……だから、カットゥロに知らせたのだ。


 頑なに沈黙だけして、結局、事態を解決しようとしない彼に、ちょっと怒っていたから。


「――――ますます、ラウロに会わせる顔がなくなっていくなー……」


 ぽてんとテーブルに頬をつけて、こっそりぼやいてみた。ディーノはなにも云わなかったけど、腕を伸ばして頭を撫でてくれた。



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