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「不動産登記の情報を見たい? なんでまた、」


 事務所に帰るなり、わたしたちに詰め寄られた仲間はさすがに困惑した。

 だがディーノの剣呑な表情とわたしの切羽詰まった表情を見比べて、なにやら察したらしい。言葉を半端に切って、さくさく動いてくれた。


 わたしたちが求めた情報は、アドリアーノじいさんの店に関する不動産情報だ。だれが所有者なのか。アドリアーノじいさんが所有者なのか、そうではないのか。登記を見たら正確な情報がわかる。ディーノは壁に寄りかかり、わたしは唇を結んでじっと待っていた。


 ラウロが胴元の協力者かもしれない。


 鋭い眼差しでそう告げた、ディーノの言葉がすごく不愉快だ。ラウロがそんなことをするはずがない。感情も理性も、まるっとディーノの言葉を否定しているけれど、ディーノはそう云い出した根拠を語ろうとしない。だから否定しようとしてもできない。正直に云えば、すごくストレスがたまる。


 こういうときこそラウロのマリナーラを食べたい、となにげなく考えて、ふっと息を吐き出した。さっき、別れ際に云われた言葉がまだ痛い。


『おれは嘘に固められた配慮なんか、いらない。話せないならそう云えばいいだろ』


 リーチャに何の用があるのだと問われ、わたしはやむなく、嘘をついた。


 さいわい、リーチャには人身売買組織と関わった過去がある。だからその方面から知りたい情報があるのだ、と云えば、ラウロはあっさりと嘘だと見抜いた。驚いた。わたしは正直な人間じゃない。仕事上、必要な嘘ならいくらでもつくし、表情もつくろうことができる。今回もつくろって事情説明したと云うのに、ラウロはわたしの嘘を見抜いたのだ。


『で、本当はどういう用事なんだ?』


 あっさり云い返されて硬直したわたしを、冷めた眼差しで見てラウロは云い放った。


『嘘をつかれることほど、おれ、嫌いなことはないから』


 そうして、先ほどの言葉だ。ぐうの音も出せない言分である。


 今度こそ嫌われたかな。そう、弱気になってつぶやく心は本当に憶病で、マリナーラを食べに行けないとつぶやいている。元気づけてくれる、あの、大好物を食べに行って、もし、あの冷めた眼差しで見られたら? そう考えるだけで、胸が震える感触がある。


(本当に、不公平だ)


 朝に考えていた内容を思い出す。ラウロはわたしにとってなんだろう。


 友達じゃない。友達ならもう少し対等なはずだ。ラウロがわたしを振り回すように、わたしもラウロを振り回していていいはずだ。でもいつもわたしばかりが揺さぶられている。


 この、不均衡な関係をなんと呼べばいいのか。


 もしかしたら、と、閃く。


 わたしはあまり、ラウロに近づかないほうがいいのかもしれない。


 ラウロに会ってからと云うもの、わたしは不安定になっている。弱気になりすぎている。まるで噂に聞く麻薬のように、ラウロの存在をわたしは求めてやまない。……正確には、ラウロの作るマリナーラを、だけど。


(でも、本当に不思議)


 どうして、わたしはラウロが作るマリナーラに、ここまで虜になっているのだろう。

 マリナーラはシンプルなピッツァだ。だから確かに作る人間の技量がもろに現れる。ラウロのマリナーラはたしかに、彼の優れた技量が現れたもの――――。でも、それだけだ。それだけなのに。


「見つけたよ」


 そこまで考えていると、一度部屋を出て行った仲間が、右手に資料を持って現れた。

 わたしははっと顔をあげ、ディーノは寄りかかっていた壁から体を起こして、仲間から資料を受け取る。ざっと見下ろして、「なるほど」とつぶやいて資料を寄越してきた。


「これで筋は通るな」


 資料に書かれていた、アドリアーノじいさんの店の所有者名は、カットゥロ・アッバティーニだった。前所有者から、ほんの一週間ほど前に、購入している。なるほど、と、納得した。


 だからラウロは、あんなことを叫んだのだ。だからディーノはラウロを疑ったのだ。

 所有者が変わることによって、おそらくアドリアーノじいさんは、店の賃貸契約が更新できなくなった。だからアドリアーノじいさんは店を手放すしかなくなった。――――こうしてラウロの、『師匠の店をつぶしたくせに』と云う叫びが芽生えた。納得だ。


(それにしては、しばらく店を『休業』します、と云う告知の意味が分からないけど)


 それはさておいて、ディーノの疑いを追いかけてみよう。


 ディーノはこう考えたのだ。ラウロは好い少年だ。気性のまっすぐな少年だからこそ、師匠の身に起きた出来事を憤っていた。だからピッツァフェストに出場して賞金を受け取れば師匠の店を取り戻せると考えた。優勝するために、いかさま賭博の胴元の手を借り、他の候補者たち、とくに憎きカットゥロ・アッバティーニたちを陥れることも許容して。


 くすり、と、ようやくストレスから解放された気分で、わたしは笑った。

 だってそんなラウロ、まったくラウロらしくないもの。別のラウロがした行為だとしか思えない。


「らしくないことするね、ディーノ。推測に事実を落とし込むなんて」


 それに推測だって、いささか偏っている。そう指摘すると、ディーノは心外そうに眉を上げた。ち、ち、と人差し指をふって、わたしはディーノをたしなめる。


「いまの時点では、なにもわからない。それが事実よ。推測はときに事実をまとめるために役に立つけど、当事者を含まない場での推測は妄想となりやすい。でしょ?」


 たしなめに使った言葉は、以前、他でもないディーノがわたしに云った言葉だ。

 思い出したのか、ディーノはばつが悪そうな表情を浮かべる。ごまかすように右手を上げて、前髪をかきあげて、ほっと息を吐いた。「悪かった」、わたしに対しまっすぐに云う。


「お互いさま」


 笑って云い返せば、ディーノは苦笑して、ふっと右手を動かした。わたしのほうに動かしたかと思えば、一瞬で留めて、すっとあごの下に移動させる。奇妙な動きだ。不思議に感じたけど、じきに考えに沈みだしたディーノからは追及を拒む雰囲気が漂っていた。



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