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「どうやらアドリアーノさんは施療院に入られたようですの」


 屋台で夕食を食べた帰り道、メグが教えてくれた事実がある。飛び出したわたしとわたしを探しに行ったラウロを待っている間に、妹たちはリーチャと仲良しになったらしい。いったいどういう理由で仲良しになったのか、ちょっとだけおそろしく感じたものだけどそのあたりは聞かないまま、三人が仲良しになった事実を教えてもらった。


 そうして妹たちがリーチャから打ち明けられた悩み事が、あのアドリアーノじいさんが心臓を悪くして施療院に入ったという事実だった。だからお店はお休みだったのだ。


 わたしは納得しながら、でも、と首をかしげる。ラウロは弟子だ。それにかつて見た様子を思い出すと、ほとんどラウロが切り盛りしていた。だからラウロがお店を引き継いでもよかったのに、という疑問を口に出せば、軽く肩をすくめたリュシーが教えてくれた。


「ラウロどのは『ここは師匠の店だから!』と固辞したらしいぞ。なんでもな? アドリアーノどのにはご子息がいらっしゃったらしい。ピッツァイオーロとしての修業を放り出して出奔したご子息に、どうやらラウロどのは遠慮したようじゃな」


 ふうん、と消化不良の気持ちを抱えてわたしは相槌を打った。

 ラウロらしいなあとなんとなく感じるいきさつだけど、同時に、もどかしく感じたのだ。


 たしかに、アドリアーノじいさんに血縁者がいるのなら、血縁者を優先すべきだろう。

 でも、いま、マーネにいないのだ。だったら弟子であるラウロが店を引き継いでもいいじゃないか。なにより休業している間、確実に客足は遠のく。ただでさえ訪れる客が少なかったというのに、これ以上、客を減らすような真似をしてもよかったのだろうか。


 それに、ラウロがカットゥロに向かって叫んだ内容も思い出した。


 ――――師匠の店をつぶしたくせに!


(どういうことだろ?)


 どうにも穏やかではない言葉だ。あのときのラウロ、カットゥロを思い出して、ぐるぐる考えてみる。でも、さすがにわからない。妹たちに教えてもらった事実に、カットゥロはまったく関係していないからだ。むしろ、ラウロが引き継がなかったから、休業する羽目になったんだよね、と、冷静に感じている。


 ただ、思い出した事実がある。アドリアーノじいさんの店を訊ねたわたしを、なぜか出没したカットゥロが自分のピッツァ専門店に勧誘したという事実だ。なにせ食後のわたしを勧誘すると云うまぬけっぷりから、深刻な営業妨害とは感じなかったのだけど、あれがたまたまだったとしたら? お腹を空かせたアドリアーノじいさんの客に対して、カットゥロが勧誘して客を奪ったというのなら、ラウロの非難は順当だ。


 でも、この推測はおかしい。なぜなら、あのときのラウロに、カットゥロに対して怒りを覚えた様子はなかったからだ。カットゥロの行為に気づかなかった、とは考えにくい。師匠に突っかかるな、とたしなめていたもの、カットゥロの行動の意味をラウロは知っていたに違いない。だからこの二週間に、アドリアーノじいさんの施療院入り以外に、なにかあったんじゃないかな、とわたしは閃いた。でも、――――なにが?


「ふふ。我らが姉上は、ラウロどのの現状が気にかかるのかや?」


 黙って考え込んでいると、隣を歩いていたリュシーがのぞきこんできた。こくん、と、うなずく。するとリュシーは浮かべていた笑みをますます深めた。にやにやにや。たちの悪い笑顔だなあと感じたけど、まあ、この子は基本的に、いつもこんな感じだ。三つ子なのになあと改めて不思議に感じながら、考えていた内容を打ち明けて、こう続けた。


「なんというか、わからないの。どうしてラウロは、ああなのかな」

「わからなければ、放っておく。少なくとも好物は確保されたことだし、基本的には関わりのないことだし、――――と、いつもの姉上ならばお考えになるはずじゃが?」


 リュシーが続けた言葉に、わたしは目をみはった。たしかにその通りだ。


(あれ、)


 完全に困惑して、わたしは足を止めた。思わず口元をおおって、考え込んだ。


 たしかに、リュシーの云う通りだ。いまのわたしはおかしい、わたしらしくない。


 人にはそれぞれ、事情がある。考えもある。だからいままで、おかしいなあと感じる事情を知っても、深く立ち入らないようにしてきた。だってここは、港湾都市マーネ。いろいろな事情を抱える人が集まる場所だ。知られたくない事情、触れられたくない事情を抱える人が少なくない。だから深く踏み込まない姿勢が、マーネの守護者としてのマナーだと考えていた。少なくとも、中立でい続ける姿勢が、大切だと考えていたのに。


「リュシー。意地悪を云うものではありませんわよ」


 もんもんと考え続けていると、やわらかくメグが口をはさんできた。

「めっ」と云いたげに軽くリュシーを睨んで、次に困ったような眼差しでわたしを見つめる。なんだか、泣きたくなってしまった。やっぱりメグの目から見ても、わたしはおかしいのだろうか。まともな判断力を失っているつもりはないのだけど、と言い訳していると、やわらかく腕を回されて、メグに肩を抱かれた。安心したけど、リュシーが息を吐く。


「我らの姉上は、想像以上に、難物じゃのう。考え込まなくとも、事態は簡単であろうに」

「まじめに仕事へ邁進してきた、弊害だと考えましょう」

「考えてもよいが、それがこの事態の打開策につながるのかや?」

「事実を正しく認識することは、すべての解決策の基本ですわ」


 なんだか二人だけで通じ合っている。訳が分からなくて訊ねても、二人は首を振って応えない。ちょっぴりさびしく感じながら、促されるまま、わたしは自宅へと歩き始めた。



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