四星術
「中里さんの印章ってそういえば聞いてなかったけど、なに?」
二チームに分かれての短い作戦会議が始まってすぐ、芽依は詩月に聞いた。
「あ、そういえば言ってませんでしたね。わたしの印章は一言で表現するなら、『変色結界』です」
「変色結界?」
「はい。結界内の色を全て一色にできるものです。正確に言うと、既に付いている色にある一つの色を上塗りする形になるので、例えば視界が赤一色に染まって何も見えなくなるとか、そういうことはありません。モノの輪郭はちゃんと見えます。ただ、同じ色が使われているモノは見えづらくなるので、そこは注意してください」
「……」
「ええと、説明不足でしょうか?」
「あ、いや、中里さんがこんなはっきり喋ったの初めて見たからつい……」
「あ……えと……その、すみません」
「いやいや。大丈夫だよ」
ぺこぺこと頭を下げる詩月。
こんな風にちゃんと話す時もあるんだなと少し新鮮に思いつつ、口は動かす。
「それで、なにか作戦とかある? はっきり言って俺は超が付くほどの初心者だから作戦とか考えられないんだけど」
「その前に、テルさんの印章を教えていただけますか?」
「おっと、そりゃそうだ。テルの印章は『天候結界』だな」
「結界、ですか」
「ああ。結界内の天候を自由に変えられるってものだ。雨を降らせたり、雪を降らせることができる。晴れにすることもできるな。ついでに言えば気温も変化させられる。本人曰く、気温も天候のうち、だとさ」
「……」
芽依の言葉に詩月は黙り込む。
真剣な面持ちで考えを巡らせているようだ。
「中里さん?」
少し待ってから呼びかけると反応してくれる。
「……そうですね。では、時間もありませんし、作戦はこれだけにしましょう」
「おお、良い作戦でも思いついたの?」
「とにかく、わたしを見失わないように気をつけて下さい」
「ん? どういうこと?」
と、聞き返したところで花夏の「始めるよ!」という声が耳に飛び込んでくる。
「じゃあ、とりあえず俺は印章使って中里さんの動きも注意しておくことにするよ」
「お願いします」
最後にそう言葉を交わして位置につく。
四星術では開始位置が決まっている。フィールドである四角形の中にダイヤを描く形になる。一番後方に指示を出す者が座す塔があり、右、左、前に実際に戦う三人が位置する。
今回は二人なので、左右両端から開始となる。芽依たちは、右に詩月が、左に芽依が陣取る。
「じゃ、英くんたちが最初攻撃ね。いつでも始めていいよ」
「分かりました!」
芽依の正面にテル、詩月の正面に花夏がいる。
始めの合図がないのはちょっと残念な気もするがしょうがない。時間は花夏が計ってくれるらしい。
「じゃあ、いきましょうか」
「だな」
小型通信端末の電源をオンにする。
一年生にとって始めての、四星術が始まる。
「行きます!」
芽依はテルと花夏にも聞こえるくらいの声で宣言して飛び出す。
〈電源をつけたら叫ばないで下さい。鼓膜が破れます〉
と、イヤホン越しに聞いても心地の良い声が響いた。
横を見ると耳を押さえている詩月の姿が目に映る。
「あ、悪い。今度から気をつける」
謝ると、すぐに指示が出された。
〈花夏先輩の印章は未知数です。とりあえずテルさんを攻めてみて下さい。わたしはバックアップに回ります〉
「了解した」
芽依は勢いそのまま猛然と相手の陣地へ走りこむ。狙うはテル。スピードならこちらの方が断然上だ。
「ちょっ! いきなりあたし狙い?」
テルは真横へ向かってダッシュ。
花夏を頼っての行動だろうか。
「やらせねえよ?」
先に回りこんでテルの進路を塞ぐ。
「う……」
じりじりと芽依はテルとの距離を詰める。相手を陣地の端まで詰められれば一点は確実にもらえるのだ。焦って鬼ごっこをする必要はない。
「つっかまーえた☆」
「はい?」
突如、すぐ近くで声がして振り向く。
ほんの三十センチのくらいの距離に花夏がいる。
「なにがつっかまーえた、ですか? それはこっちのセリフで……す……よ? あれ?」
花夏にタッチしようと手を伸ばそうとするが、どうしたことか、腕が一向に動かない。というより身体がいうことをきかない。まるで金縛りにかかったような状態だ。
「……印章ですよね? なんの能力ですか?」
「それを簡単に敵に言うのは三流がやることだよ」
「こんの!」
力任せにどうにかならないかと踏ん張ってみるが、意味はない。
「じゃあ、時間までお話しようか?」
「お断りします」
〈〝終焉を迎える時、わたしは何を思うだろう?〟〉
「ん?」
その時、イヤホンから、詩月の声が聞こえた。
〈〝気高く生きる狼の群れ。月夜に輝く鋭い牙〟〉
「なになに? どうしたの?」
花夏が興味津々といった様子で顔を近づけてくるがとりあえず無視する。
〈〝わたしを喰らうのは貴方たち? わたしを食べても美味しくないよ?〟〉
「発動」
「え?」
なんとなく、詩月の声の意味が分かった。
先読みして芽依は自分の印章を発動させる。一瞬で視界が開け、遠くまでよく見えるようになる。
〈〝だって、わたしは暗がりで生きる魔物。食べても闇しか生まれないから〟〉
瞬間、視界が黒く染まった。
「え!?」
「きゃっ!」
テルと花夏の驚きの声が聞こえる。
これが詩月の印章、変色結界。一瞬で視界が黒一色に染め上げられた。
印章がどんなものか聞いていなければ芽依も一緒になって驚いていただろう。
〈動けますか?〉
イヤホンから冷静で、静かな声が聞こえる。
性格が変わったんじゃないかと思うくらい淡々とした声音だ。
「ん……お、動ける!」
花夏の印章がなんであるかは謎だが、動けるようにはなっていた。
〈では、わたしも攻めますので、引き続きテルさんをお願いします〉
「分かった!」
未だ何が起こったのか理解できずに驚いているテルへ突進。
「これで一点!」
「うわっ!」
反射的にテルは身体を捻ったが、芽依の手が肩に触れていた。
〈花夏先輩、もらいました〉
「へ? 嘘でしょ!?」
どうやら、二点目が入ったらしい。
五秒ルールですぐにタッチできないが、まだ時間は残っている。
芽依はもう二点くらい入るかと瞬時に計算するが、
「やられっぱなしで終わらないよ!」
テルの声が聞こえる。
「輝け、太陽!」
「目を閉じろ!」
〈え?〉
芽依は咄嗟に指示を出していた。
「うっ……」
変色結果によって暗くなっていた周囲が一気に明るくなる。
「晴れか」
テルの印章、天候結界だった。
暗くされたのなら照らせば良い。単純だが、効果的な対処法だった。
「ナイスだよ、テルちゃん!」
同時に、花夏の声が耳に入ってくる。
〈……やはり影、ですか〉
「影?」
〈花夏先輩の印章は、『影踏み』。相手の影を踏みつけることでその人の動きを封じるもの。いろんな応用ができそうな印章ですね〉
イヤホンから聞こえる声にはっとする。
今日は晴天。まだ太陽は校舎側から暖かな光を送ってくれている。ついさっき金縛りにあった時を思い出すと、確かに花夏側に影ができるようになっている。
変色結界で影がなくなり、動けるようになったのも頷ける。
「ま、とりあえずは三点目っと」
再び逃げるテルに接近し、背中にタッチ。
もはや完全に鬼ごっこになっているが、気にしない。
「そこまで!」
「三分経ちましたか?」
「うん。今度はこっちの番だよ。特に、詩月ちゃん、よくもやってくれたね。その服装、明らかに最初から狙ってたでしょ」
後輩に点を取られたのが余程、癪に障ったのか、ギラリと睨みつけてくる。
〈次は白に変えます。テルさんの印章を考えるとものすごく明るくなるかもしれないので、注意してください〉
「ん? ああ、了解した」
敵意を向けられた詩月本人は全く気にした様子はない。
さっきから疑問に思っているが、性格変わりすぎじゃないだろうか。
「いつでもどうぞ!」
最初と同じ位置につき、準備完了。
ちなみに、ここで開始位置を変えることができる。相手の印章、陣形を確認し、それに合わせた形で迎え撃つ。指示を出す者の変更はできないが、他の三人の開始位置は自由に変更できる。
「じゃあ、行くよ!」
花夏の掛け声と共にテルがこちらに迫ってくる。
守る側になって初めて分かる。
「どうしろというんだ?」
普通の鬼ごっこならもっと広い場所でできる。だから逃げ続けることも可能だが、三十メートル四方のこんな小さな場所ではいつかは必ず追い詰められる。それこそ効果的な印章でも持っていれば良いのかもしれないが、あいにく、芽依の印章は使えそうにない。
「輝け、太陽!」
詩月の印章を周囲を暗くなるものと勘違いしたのか、今度は最初から天候結界を張ってくる。
〈〝粉雪が舞う、白の季節〟〉
イヤホンから詩月の声が聞こえた。
詩月を見ると、いつのまに着替えたのか全身真っ白のジャージ姿になっている。
〈〝聞こえる賛美歌。聞こえる鈴の音。子供たちの喜ぶ声が木霊する〟〉
「ほら! なにぼうっとしてるの!」
「っと、危な!」
テルが話しかけながら走ってきてくれて助かった。
芽依は全力で逃げ回る。
〈〝わたしはプレゼントなんかいらない。だって、冬という季節が最高の贈り物だから〟〉
「またっ! ていうか、白!?」
テルが驚き足を止めてくれる。
「眩しすぎっ!」
分かっていたが、芽依も思わず目を瞑る。
〈あ、これは困りました〉
「ん?」
届いた声に反応して詩月の方へ視線を向けると、
「ええええええ!? それは酷くないですか?」
詩月が影を踏まれていた。
花夏はこちらへピースしている。
五秒ルールもなにもあったもんじゃない。相手に攻撃してはいけないというルールがある以上、芽依の印章では助けることはできない。
花夏の印章を知った時点で気付くべきだったのだろうが、これは酷い。逃げることも助けることもできない。
冗談ではなく、ヘビに睨まれたカエルというやつだ。勝てるわけがない。
「じゃあ、こっちはこっちで追いかけっこしよっか!」
「そしてお前も容赦ねえなテル!」
芽依はなんとか三分間テルから逃げ切ったものの、花夏が五秒経つごとにタッチしていたため、もうひっくり返すことは不可能だった。