縮こまってる少女
「終わった~!」
「いろんな意味でな」
部活終了後、芽依とテルは部室に残った。
今日の部活も部室の清掃。もはや掃除するべきところなんてねえよと一年生全員が愚痴をこぼしてしたが、やれと言われたら従うしかない。この際、ワックスでもかけてやろうかと皆で話し合っていた。
昨日、退部すると言って出て行った相田は、本当に退部してしまったのか今日は来ていなかった。。
「メンバー、二人か」
「そうだね」
悪い状況ではなかった。
皆で清掃作業をしている時、『試合には出れないけどなにか手伝えることがあったらなんでも言って』という言葉を多くの人から聞けた。全員が先輩たちに不満を持っているようで、見返してやりたいという気持ちはあるのだろう。一年生部員が一体になっているということが理解できただけでも収穫だった。
けれど、
「手伝うっていう言葉は嬉しいんだけどね。メンバーが二人じゃ試合にならんだろ……」
自然と、そんな言葉が口をついてしまう。
問題は練習時間なのだ。今日、駄目もとで黒江に「部活中に練習していいですか?」と尋ねたところ、笑顔で「冗談だよな?」と返されてしまった。やはり、練習するとなると部活が終わったあと残って練習しなければならない。
試合に出れない理由を聞いたら人それぞれだった。家の門限が八時までだから、とか、先輩を見返してやりたい気持ちはあるけど勉強の方が大変な状況で、とか。中でも一番多かったのは『試合に負けた時、他の人に申し訳ない』という理由。試合でもし負けても、選手を責めたりしないことを皆で確認し合ったが、それでもこればかりはどうしようもない。
「あの……」
と、部室の外から弱々しい声が聞こえた。
「ええと、中里詩月という者ですが……」
透き通った、綺麗な声音だった。
テルと顔を見合わせる。
中里詩月という名前に聞き覚えはない。
「どなたかいらっしゃいますか?」
ここで返事をしないというのも失礼だろう。
芽依はドアまで歩いていき、ガチャリと開ける。
「どちらさま…………あれ?」
「あ……」
中里詩月。
それが彼女の名前だった。
分かりやすく言えば、先ほど話しかけようとしたら突然逃げ出して、盛大にドアへ頭突きをかました後、ふらふらしながら部室を出て行った少女。
「別に部外者じゃないんだから、普通に入ってくればいいのに」
首をかしげてそう言うと、
「すすすすすみません!」
全力で謝られた。
「いや、そんな精一杯謝らなくても……」
「ああ、あの! なにぶんわたしは内気なもので! 人と話すのがすすすごく苦手なななんです!」
「ああ、うん。内気なのはなんとなく分かってたけど……?」
「あ、そうでしたか……あぅ……え、と……」
言葉が止まってしまう。
「どったの~?」
「ひゃう!」
「へ? あ、さっきの」
テルがドアの隙間から顔を出して会話に参加。
「うーんと? 詩月ちゃん、でいいのかな?」
ゆっくりと、親しげにテルが話しかける。
「そ、そうですがっ!」
「あはは、そんな緊張しないで。とりあえず中入ってよ。なにか用があったんでしょ?」
「そ、そうでした。えっと――」
「だーかーらー、中入ってって。話はそれから」
「はい。すみません」
さすが女子同士と言うべきか。
相変わらず緊張しっぱなしだが、テルの指示に素直に従った。
部室内に机はないが、パイプ椅子なら山ほどある。三人で輪になって座る。
「それじゃあ、改めて自己紹介を! はい、芽依から!」
「え、自己紹介? そして何故俺から?」
「ぶつくさ言わない!」
「はいはい……。えーと、俺は英芽依。一年四組で、得意科目は英語。印章は、視力向上。正確に測ったことはないけど、視力検査に使う、円に穴があいたやつ。あの一番小さいやつを五十メートル離れたところからでも言い当てられるな。こんなところか?」
芽依が言い終えると、テルが挙手。
「質問です! 彼女はいますか!」
「いると思うか?」
「質問です! 好きな人はいますか!」
「いません」
「質問です! 詩月ちゃんの声を聞いてどう思いましたか!」
テルの妙なテンションに着いていけてなかった詩月は突如、自分の話題を出されて驚いている。
芽依はテルの考えてること察して素直に答える。
「まあ、綺麗な声だなと思ったけど」
「賛成です!」
自身も宣言し、
「ということですが詩月ちゃん、感想をどうぞ~」
ペンをマイク代わりにして詩月の前へ持っていく。
「…………」
硬直。顔をリンゴみたいに真っ赤にして硬直。
「お~い? 詩月ちゃん?」
テルが促すと詩月は我に返る。
数秒の沈黙の後、
「……あの……ありがとうございます」
蚊の鳴くような声でそう言った。
事実、詩月の声は聞いていて心地の良い声質だった。歌なんか歌ったらかなり評判になるのではないだろうか。性格的にちょっと無理そうだが。
「よし、自己紹介も済んだところで!」
一人しかしてないけどな。
「本題に入ろう。詩月ちゃん、なんの用があってここにきたの?」
相変わらず顔を赤く染めたままだが、詩月は大分落ち着きを取り戻していた。テルが盛り上げてくれたおかげだろう。
声そのものはまだ小さいが、はっきりとした口調で答えた。
「えと、試合のメンバーは集まったのか気になって、それで戻ってきました」
「試合のメンバー? それってあれだよね。先輩たちとの試合のことだよね」
「はい、そうです」
テルと芽依は視線を交わす。
以心伝心。
「もしかしてメンバーが集まってないようなら入ってもいいかな、なんて思ってくれちゃったり?」
「嫌です」
一刀両断。百パーセント拒否された。
「あらら……。じゃあ、なんでわざわざ確かめに来たの?」
「それはその……」
「あ、なにか事情があるなら無理にはいいんだけど」
言いよどむ詩月にテルが軽くフォローする。
さっきからテルの気の利かせ方がやけに上手いのは何故だろうと少し疑問に思う。
「いえ、お話します。えっと――」




