前途多難?
「芽依、やっぱあたし試合に出る」
放課後、部室へ向かおうとテルに話かけたらいきなりこう言われた。
「そうか、それはありがた……って、さっきと言ってること違くね!?」
全力で突っ込むと、テルはツインテールを揺らして快活に笑う。
「うん。でもでも、やっぱりあの先輩たちは許せないのです!」
「いや、それはそうかもしれんが、さっきは……」
「や、その話はもういいかなって」
「いいの!?」
「うん!」
「なにその変わり身の早さ……」
と、言いつつも芽依は心の中で苦笑する。
テルは最近、特に高校に入学してからこういうことが急増した。気分でころころ意見を変える。つい数分ほど前に言ったことを簡単に撤回したり、思いつきで予定を変更したり。今回はそれが良い方向に転がってくれたので嬉しくなる。
「あ、でも一つ条件」
「ん?」
「もしも、試合が始まる前の段階で負ける要素しかなかったら抜けさせてもらうから」
「了解した。俺も負けるのが前提の試合なんてしたくないからな。問題ない」
髪型を部活用のポニーテールに結びなおしているテルに「ところで」と話題を転換させる。
「あの、相田ってやつ、どう思った」
「相田君? ああ、昨日出てった人?」
「そう」
テルは口をへの字に曲げて答える。
「あたしは嫌い」
「どうして?」
「だってあれじゃ、人に押し付けてるだけじゃん。自分の言いたいことだけ言って退部するとか、迷惑なだけだよ。勝てるように手伝ってくれるならともかく、あたしはああいうタイプは好きになれない」
「ああ……まあ、確かに」
否定はできない。芽依だって、あのタイミングで退部をするとか言い出すのは勘弁して欲しいと思った。そのおかげで話を進められなくなったのだ。
ただ、気に入らないだけなら助言めいたことをせずに人知れず退部すればいいだけの話ではないか、とも思う。その辺りが気になって、どうも悪いやつではないんじゃないかと考えてしまう。
「とりあえずはほっとくか。退部するって言ってるんだし」
「そうだよ。あんなのに構ってたらどんなに勇敢なネズミでも猫をかめないよ!」
「……意味は分かるが、もうちょっと良い表現はないのか?」
要は、先輩たちにやられっぱなしで終わってしまうと言いたいのだろう。
「よっし! 準備完了、さあ行くぞ」
前髪をピンで留めたテルが部室へ向けて進行を開始する。芽依はその後ろについて行く。
「相田君で思い出したけど、彼女、どうするの?」
「分からん。行ったらとりあえずちょっと誘ってみる」
彼女というのは言わずもがな。「縮こまっている女子」だろう。
「昨日、あたしの隣に座ってたけど相田君の言葉を聞いたあと、ずっと口をパクパクさせてたよ?」
「口をパクパクって魚じゃあるまいし……」
「ホントだって! すごく内気な子っぽかったの」
「ふーん」
喋りながら部室棟を目指す。
天照学園は県内ではかなり名の知れた有名校で、勉学、部活動共に優秀な成績を収め続けている。そのためか、学内の設備や教室の配置も工夫されている。学習に集中するため、普通教室棟と特別教室棟が併設されており、部室棟は管理棟を挟んだ向こう側にある。部活と名がつく団体には必ず一部屋ずつは与えられており、放課後はそこが生徒の居場所になっている。
「どもーっす」
「こんにちは~」
印章格闘技術部の部室へ入室。
先輩たちはもうフィールドへ行っているのか、中にいるのは見覚えのある一年生たちだけだった。
「よっと」
一人に一つずつ与えられているロッカーに荷物を放り込む。
最近、先輩たちの指示でやたら部室内の掃除をしていたためか、ロッカーまでピカピカだ。
ちなみに、着替える必要はない。四星術は服装自由なのだ。さすがにスカートで部活に参加はできないと、テルを含め女子部員は別室で着替えているようだけど、男子は無視している。ろくに練習をさせてもらえないことが分かってからは特に、ワイシャツ姿での参加が九割を占めている。
「さて、と」
ざっと部室内を見回す。
部活が始まる時間まであと十五分くらいある。例の「縮こまっている女子」さんを探してみる。
「……えーと」
フクロウフードの先輩のような特徴的な姿ではなかったが、カチューシャを付けていたのは覚えてる。
「……あ、発見」
部室の隅で心細そうに体育座りで部活開始を待っている少女を発見。
見覚えのある白と黒のストライプの入ったカチューシャを付け、服装は学校指定のジャージ姿。
「……」
膝を抱えて、部室の隅の隅で縮こまっている。
必死に目立たないようにしているようにも見える。
「……」
なんというか、非常に話しかけづらい。
話しかけるなというオーラこそ感じないが、話しかけられても困るというオーラは感じる。ものすごく感じる。そりゃもう、感じるなという方が無理なくらい感じる。
「……お?」
こちらの視線に気付いたのか、目が合う。
「……え、そうなる?」
立ち上がったかと思うと、壁の方へ向き直って座ってしまう。より一層、コミュニケーションが取りづらくなった。
なんとなく見つめてしまっていたのも悪かったと思うが、露骨にこういう反応をされるとちょっと傷つく。
「どったの?」
「あ、テル」
着替えを終えたテルが合流してきた。
「えーと、彼女なんだけど」
「彼女?」
テルも俺にならって視線を部室の隅へ向ける。
「うわー、あれは話しかけにくいね」
「だろ? 一人で話しかけるとか難易度高すぎるからお前も手伝ってくれない? あっちにしても女子がいた方が安心だろうし」
「それは別に構わないけど……」
二人で、本当に『縮こまっている女子』さんに近付いていく。
「およ?」
「……俺らなんかした?」
誰かが近付いてくる気配を察したのか、限界まで壁に身体を押し付け始める。
なにやら申し訳ない気分になってくる。
とはいえ、絶賛人手不足の上に相田の言葉も気になる。ここで足を止めるわけにもいかない。
「……」
「……」
妙な緊張感を覚えながら、二人でゆっくり彼女に近付く。
「あの~?」
「ひゃっ! ここここないでください! わわわわたしなんかかかがししししああいなんてむりむりむりむり! ですからっ!」
「…………」
「…………」
なんとなくこうなる予感はしてたけど、実際にやられると沈黙するしかない。
内気というレベルを超えている。
「えーと?」
「ああああの! こここれから、ちょっと用事があるので!」
「は?」
「失礼します!」
そのままドアへ猛烈な速度で走り去る。
「はうわ!」
閉まってるドアに突撃。ガンという鈍い音が響いた。
数秒間頭を抱えていたが、彼女はふらふらとした足取りで部室から出て行った。
「これから部活始まるのにどこに行ったんだろうね?」
「さあ? そのうち戻ってくるだろ」
呆れ半分で言うと、
「でも、しっかり用件は理解してたよね。あの子」
テルがそうもらす。
「だな。かろうじて試合がどうのってのは聞き取れたし」
試合を意識しているのだと分かっただけでも良しとするべきだろう。
二人しかメンバーがいないのだ。候補、と言って良いのか不明だが部員と仲良くなっておくにこしたことはないだろう。
「あの調子じゃ、誘うにしても時間がかかりそうだね」
「普通に話すところから始めないとだしな」
二人は前途多難だな、と同じタイミングで呟くのだった。