ゾンビに見えた
「えー、皆さんご存知の通り、私たちが持つ固有能力、英語で言うとシール、日本語で言えば印章というものは非常に多種多様に渡っており――」
芽依は教師の話を聞き流していた。
昼休みも終わり、五時間目の印章学の授業中である。
教師が眠くなるような声音で話している。
「印章は同じようなものであっても、違いは必ずあります。例えば水を操る能力であっても、自然にあるものを操るものから、自分で水を発生させてしまうものまでかなり違いがあります。それこそ皆さんが一人一人違うように。だからこそ――」
今日の放課後までに申し出て欲しい、と言ったにも関わらず、結局誰も芽依の元へ現れていない。放課後、集まった時に言おうとしている人もいるのかもしれないが、良いといえる状況ではなかった。
昨晩、天照学園の印章格闘技術部についてネットで詳しく調べたところ、創設されたのは二年前だということが分かった。つまり、今の三年生が一年生の時らしい。それはそれで驚きだったが、本当に驚くべき点はそこではない。創設されたその年から県大会を勝ち抜き、全国大会に出場するという偉業を成し遂げていたのだ。
とてもじゃないが、入部したての一年生が勝てる相手じゃない。
「……はあ」
ため息をつく。
「その通りだが、なにか問題でも?」
「一年ってのは、階級で言えば下の下だ。部活がどうとか、練習がどうとか、そんな言葉が通用するとでも思ってんのか? 一年は黙って上級生の言葉を聞いてりゃいいんだよ」
先輩たちの言葉が思い出される。
無意識のうちに力が入ったのか、シャーペンの芯がパキっと折れた。
「……ん?」
制服のポケットの中で携帯が振動した。
教師に見つからないよう、机の下に隠して見てみる。
《芽依、生きてる?》
テルからだった。
というか、「生きてる?」とは一体なんだ。
《どういう意味だ?》
思ったことをそのまま書いて返信。
すると、すぐにまた受信を知らせる振動が。
《なんかゾンビみたいに見えたから(笑)》
ゾンビとは失礼な。
《試合のこと考えてたんだよ。やることないなら授業ちゃんと聞いてろ》
送ると、今度は十秒経たないうちに返信がくる。
《授業とか(笑)》
先生に見られたら大変なことになりそうなメールがきた。
窓側の一番後ろの席に座るテルに視線を送ると、可愛らしくパチンとウインクしてくる。
相当暇を持て余しているらしい。
めんどうくさくなって携帯を閉じようとするとまたメール。
《誰か来たの?》
またテルからだったが、今度のは遊び半分のものじゃなかった。
《いや、誰も来てない》
簡潔に事実だけ伝える。
《大丈夫なの?》
《大丈夫だと思うか? 俺は出るにしても、最低あと三人足りない》
《そりゃご愁傷様……》
《むしろ、お前出てくれない?》
と、送ったらかなり間があった。
どうしたのかと再びテルの方へ目を向けるとなにやらすごく難しい顔をしていた。
「……?」
不思議に思っていると、数分後、少し長めのメールが届く。
《えーと、ちょっと真面目に話すと、あたし個人としては出てもいいかな、って思ってる。でも、心配なのは負けた時。昨日調べたんだけど、先輩たちが自信満々に言うのも頷ける経歴を見ちゃって……。正直勝てる気がしないなって思った。今回はかなり重要な試合になるでしょ? だから、自分が出ていいのかなって心配で……》
読んで、芽依は納得する。
誰も来なくて当たり前だった。ルールも正確に把握できてないのに、突然一年生の命運を決める試合に出てくれと言われても困るだけだ。もしテルのようにやる気があっても、相手の実力を知ってしまうと尚更出たくなくなる。負けた時、責任を負うのは試合に出た人間になってしまうのだから。
芽依は天井を見上げ、少し考えてから文章を打ち込む。
《そりゃそうだな。負けた時を考えると出たくないよな……。でも、あの先輩たちを見返してやりたいと思わなかった?》
すぐに返事が届く。
《それは思ったよ。あの先輩たち、自分らのことしか考えてないじゃん。芽依に印章使って脅してくるし。バカじゃないのって思った。でも、それとはちょっと話が違うっていうか……》
《そっか。まあ、あとでちゃんと話そうぜ》
《うん。分かった》
携帯を閉じる。
「――ですから、それぞれの印章に合った就職先を決める必要はありません。そこは人の自由ですからね。現在、医療や電子機械類が発達しているのはそういうことです」
相変わらず、教師が分かりきったことを長々と説明している。
芽依はふと、あの相田と名乗った大男を思い出す。
よく考えてみると、決して悪いやつではなかったと思う。先輩たちがいる中ではっきり意見を口に出してくれたし、なにより今後のことをしっかり見据えていた。結局退部すると言っていなくなってしまったが、芽依が間違っていた点を指摘し、最後に助言と思われる言葉を残していった。相田が言った「そこの縮こまっている女子」とはまだ一言も言葉を交わせていないが。
「……なんとかしないとな」
芽依は今日、何度目になるか分からないため息をつく。
四星術に強い思い入れなどない。本気でやりたいと思っているわけではない。けれど、あの先輩たちは気に食わなかった。
ここで大人しく引き下がるのも一つの手なのかもしれない。むしろそれが正しいのかもしれない。
「……ま、ありえないけどな」
昔から、芽依は間違っていると判断できることには真っ向からぶつかってきた。時にはどうすることもできずに終わってしまったこともある。テルと出会った時なんかはまさにそれだ。
でも、今回は違う。敵わなくても、一矢報いる機会はあるのだ。ならばそれを捨てたくはない。
「……」
英芽依は考える。
どうすれば、メンバーが集まるか。
どうすれば、あの先輩たちに勝てるのか。