逆転
三回表。一年生チームがここで九点差をひっくり返せなければ試合終了となる。
観客の一年生たちはより一層声を張り上げて応援してくれていた。
「お礼、言わないとな」
〈なんか言ったか?〉
「いや、なんでもない」
テルの策を聞いたメンバーはそれ以外に方法はないと確信した。
その案は、観客の一年生たちが「みんなで頑張って!」という言葉から生まれたもの。芽依は心の中で応援ってすごいんだなと実感していた。
「よし! 先輩たちの驚いた顔をおがませてもらおうぜ!」
〈そうだな!〉
〈頑張ろうね!〉
〈はい!〉
相手陣地に立つ先輩たちに目をやると、余裕の笑みが戻っている。
ここまで点差が開けば負けるはずがないと思っているのだろうか。
『では、三回表を開始します!』
主審からのアナウンスが入る。
布陣は一回表から変えていない。相田が前に、テルが左に、詩月が右に位置している。
先輩チームは二回と変わらない位置だ。相田の正面に黒江、左に花夏、右にリタがいる。
主審の手がゆっくりと上がる。
芽依はそれを見て、ふうと息を吐き、皆に問いかける。
「みんな、勝率何パーセントだ?」
〈〈〈千パーセント!〉〉〉
『開始!』
〈まずは一点!〉
この先制攻撃だけは健在だ。
相田が黒江に消しゴムを飛ばして一点確保する。
「ふん。だからどうした」
「ほいっと」
そしてこの流れも今まで通り。
黒江が壁を作り、リタが空いた部分をナイフで塞ぐ。
「プランBを!」
〈〈了解!〉〉
二回同様、詩月が結界を作っている内に相田とテルが攻め込む。
「どうせさっきと同じだろう?」
「もう引っかからないよ」
花夏は開始位置で待機。黒江は身を引いた。
ここまでは、予想通り。
「相田」
〈こうだろ?〉
次の行動は、黒江と花夏の確保だ。相田が念動力で黒江と花夏を宙へ舞い上げる。
〈降りしきれ、雨!〉
その間、天候結界を張っておくのも忘れない。
「どういうつもりだ?」
一人、自由の身のリタはこちらの意図が読めないのか次の行動を起こせないでいる。
〈ふん。黙って見てろ金髪〉
それもそのはず。相田は黒江と花夏の二人を宙に浮かせただけで何もしてないのだ。近付くことも、自分達の方へ移動させることもしない。ただ、浮かせているだけだ。
「相田、二人を例の位置に。テルは黒江部長に着いて」
〈おうよ〉
〈うん!〉
詩月が結界を張り終えるまでに舞台を整わせておく。
黒江は一年生陣地に近い四つ角の左に、花夏はその逆に浮かせたまま移動させる。
そして、残る一人は、
〈俺が相手だ。金髪〉
相田が接近していく。
リタは嫌そうな表情でナイフを元の状態に戻す。
〈〝――わたしたちの勝利女神、ニュクス様。どうか、夜を運んでください……〟〉
と、ナイスタイミングで変色結界が完成する。
「よし、中里は手筈通り、花夏先輩に」
〈分かってます〉
詩月が、リタのナイフのなくなった隙間から相手陣地へ突入。
「これは……」
「マズイな……」
「ちっ。めんどくせえ……」
ようやく、事態が飲み込めたのか、先輩たちの焦った顔が見える。
〈ふん。今更気付いたところでどうにもならねえだろ〉
相田の挑発的な声が聞こえるが、その通りだ。
この布陣こそが、テルの提案した封殺の案。つまり、一対一の状況へ持ち込むこと。一見地味だが、これ以上に効果的な方法はない。
今までは皆がまとまって動いていたため、自然と相手チームも連携プレーが取れていた。それはある意味必然であり、四星術の面白さでもある。連携プレー同士のぶつかり合いこそが四星術を四星術たらしめているのだから。しかし、間違ってはいけないのが、それは決定事項ではないということだ。
テルが気付いたのは一年生チームと先輩チームの決定的な違いだ。先輩チームは状況を確認し合って、助け合うという方法を取っているのに対して、一年生チームは例えお互いの姿が見えなくても助け合えている。結界や念動力という、長距離でも意味を成す印章のため、位置や状況さえ分かればいくらでも助け合えるのだ。
その結果として生まれたのがこの布陣。こちらが長距離でも連携プレーが取れるのなら、相手チームを引き離してしまえば良い。相田がリタに、テルが黒江に、詩月が花夏に着く。
皆で協力するという四星術のセオリーを逆手にとり、先輩たちを『皆で協力させない』ようにするのがこの作戦だ。
「相田、リタ先輩の相手、いけそうか?」
〈問題ねえ。……これで、二点目!〉
もちろん、不安はあった。
リタの印章、刃変化だ。壮太のフォローがあろうがなかろうが、あの顔面スレスレでも躊躇なく飛ばしてくる正確さは脅威だった。リタはこの試合、先輩チームの中心になって動いている。一対一に持ち込んだところで上手く点が取れる保障はなかった。
そこで目をつけたのが四星術のルール。相手を傷つけてはいけないというルールがあるのだから、リタは暴力を振るうことはできない。と、なれば後はこちらが刃物を恐がらなければ良いだけの話だ。接近戦に持ち込んでしまえばリタの印章など使えるはずがない。下手に使おうものなら確実に怪我をする原因となるのだから。
〈よっし! 三点目、とったよ~〉
それだけではない。念には念を入れている。
リタに相田をつけたのは、リタの行動を阻止するためだ。相田の念動力である程度刃変化を止められることは分かっている。もしも、攻撃の途中でナイフを飛ばすようなことがあったらそれを相田が止めることになっている。
〈四点目、入りました〉
さらに、黒江にテルをつけたことにも理由がある。
黒江の床歪み、特に壁を作られるのはかなり痛い。大回りするには時間がかかるし、リタの印章と合わせられたら相田がいないと乗り越えられない。そこで、黒江が壁を作らないように、作れないようにするのがテルの役目。密着状態であれば壁を作られる心配もないが、万が一誰かが距離を取られた時、壁を作ってくる確率は高い。そうなったら念動力では止められないし、変色結界は発動まで時間がかかる。そこでテルの出番だ。現在も雨を降らせているが、黒江が動きを見せたら吹雪きなり晴れなりにして、一瞬でいいから時間を稼ぐ。
「これが、必勝の策だ!」
〈五点目!〉
〈六点!〉
〈七点!〉
続々と追加点の報告が入ってくるが、先輩チームも粘りを見せている。
花夏は先ほどから不自然なほど詩月のタッチを回避している。右へ左へ、少しのステップだけでよくそこまで避けられるなと思ってしまうほどだ。影踏みという相手の近くに行かなければ使えない印章を持っているからか、接近戦での身のこなしが違う。
「これでっ!」
〈俺の印章を忘れるなよ〉
リタは曲芸技を見せていた。刃を十数本に分裂させて地面に突き刺し、それを伸ばすことで空中へ舞い上がる。相田の印章が念動力でなければ誰も手出しが出来ない無茶苦茶な技だ。
「落ちろ!」
〈うわっ……と〉
黒江は黒江でタッチされそうになる度に地面を陥没させて上手く逃げ回っている。衝撃で自分も体勢を崩していることもあるようだが、それでも一回タッチするのに十秒以上かかってしまっている。
〈八点目だっ!〉
〈九点です!〉
それでも、着実に点が積み重ねられる。
これで同点。あと一点で逆転だ。
〈よし。捕らえた!〉
テルの声が聞こえる。
これで逆転か。
「よし!」
「この……調子に乗るなよ一年!!」
思わずガッツポーズを決めかけた芽依は、次の瞬間、そのままのポーズで硬直する。
〈地面が揺れてる?〉
〈これは……〉
〈きゃあ〉
黒江の周りが、突然異様なほど盛り上がり始める。
それは壁とかいうレベルではない。どこまでもどこまでも、どんどん大きくなり、完成したのは……
「巨大キノコ!?」
そうとしか見えない代物だった。
指令塔よりも遥かに高い。もはやフィールドがどこなのかもよく分からない。離れた位置にいた相田、リタ、詩月、花夏も床歪みの影響で、巨大キノコのすぐ近くまで寄っている。
「さすがだナミ!」
〈やべっ!〉
誰もが次の行動をどうとればいいのか躊躇しているなか、真っ先に動いたのはリタ。
刃を二本に分裂させ、一方を花夏の身体に巻きつけ、一方を巨大キノコの支柱に巻きつける。
「いくよハナカ!」
二人そろって、巨大キノコに向かって飛んでいく。
「なんつー、ふざけた印章だ……」
〈規模が半端じゃないな……〉
〈ど、どうしましょうか?〉
〈相田君の念動力でどうにかならない?〉
リタと花夏の二人は巨大キノコの支柱に捕まって落ちてこない。
ちょっと揺すればバランスを崩してくれそうでがあるが……。
〈念動力なら落とせるかもしれないが、途中で金髪がナイフを飛ばすに決まってる。単純な力勝負ならあっちの方が上なんだ。無理だな〉
「テル、風でどうにかならないか?」
〈無理だよ。相田君の言った通り、リタ先輩の印章でしがみ付かれたら落としようがない〉
先輩チームの底力だ。同点まできて、打つ手がないのか……。
〈中里とポニンの二重結界で意表つくことは?〉
〈できるかもしれないけど、それでもリタ先輩の――〉
〈くそ! あの金髪め。最後の最後まで邪魔しやがって……〉
「……」
残り時間は一分少し。
芽依はなにかできないかと必死に考えを巡らせる。
と、案外簡単に解決法が見つかる。
「相田。消しゴム飛ばして当てられないか?」
〈ん? ああ、その手があったか〉
相田が消しゴムを取り出し、支柱に捕まるリタと花夏に飛ばす。
すると、二人は――
「落ちた!?」
自分から手を離して落下した。
〈違えよバカ! よく見ろ!〉
相田の消しゴムがリタたちの居た場所を通過した後、
「うわ……」
本当に、リタの印章は厄介だと思った。地上まであと数メートルというところでナイフを伸ばし、また支柱に巻きつけ、しゅるしゅると昇っていく。これでは捕まえようがない。先ほど、相田のタッチを避けていた曲芸技といい、リタは印章の使い方を熟知している。
「マズイな……」
このままでは同点だ。
裏の攻撃を零点で凌げるはずがない。なんとしてでも、ここで点を取っておかなければならない。
〈上の黒江先輩を攻撃してみたら?〉
〈あのキノコのせいで上が全く分からないだろ。いくら場所を教えてもらっても避けられるに決まってる〉
〈わたしたちをあそこまで念動力で運んでもらうというのはどうですか?〉
〈それもダメだろ。運んで行っても、また落ちて位置を調節してくるに決まってる。キノコの上に飛ばすにしても、もう時間がねえ。二人一緒じゃ時間がかかり過ぎる。あっちに落ちてきてもらった方が早い〉
刻一刻と、時間だけが過ぎていく。
どうすれば、どうすれば届く?
相田の印章じゃ当てることはできない。
だからといって、テルや詩月の印章では不意をつけてもそのあとが繋がらない。
どうすればいい?
観客から立ち止まってしまった一年生チームに「諦めるな!」という声援が響く。
「……」
諦めるつもりなど毛頭ない。ここまできたのだ。
なんでもいい。なんでもいいから、この状況を打破できる策はないのか?
事前に考えてきた策じゃダメだ。こんな事態、予想外過ぎる。
「……」
目を閉じ、視界を一旦閉じる。
なにか、閃くものはないか……。
皆の印章を思い出し、何パターンもの攻撃方法を瞬時に思い描く。
なにか、なにか……閃くものは――
「――閃き……? そうか!」
〈なんだスフレ! 時間がない。早く言え!〉
ある。ここから、少なくとも二点以上は取れる策がある。
だが、残り一分を切っているこの状況で、実行できるのか?
指示を出すだけで三十秒以上はかかりそうだが……。
〈芽依! なにかあるなら言って!〉
焦った声が聞こえてくる。
「……っ!」
こうなったら、やけくそだ。伝わるかどうかなんて分からない。
だけど、信じるしかない。皆を、信じるしかない!
「白の結界! 同時に太陽を! 上と下に時間差攻撃!」
返答が来るまで、一瞬の間があった。
いきなり過ぎてやはり伝わらなかったか。
直後、
〈採用だ! 中里!〉
〈やってみる。詩月ちゃん!〉
〈〝雲さん雲さん。あなたはどうして色を変えるの?〟〉
伝わった!
〈〝白い雲も、黒い雲も、みんなみんな好きだけど……〟〉
詩月の透き通った声音がイヤホンから聞こえてくる。
いつもよりも少し早口だ。
〈よし、そろそろだな!〉
相田が三つの消しゴム全てを上空に飛ばす。
そのうち二つが先ほどと同じようにリタと花夏に襲い掛かる。
「何度やっても同じことだ」
リタと花夏は手を離して落下。
と、同時に――
〈〝わたしは、やっぱり白が好き。だって、甘くて美味しそうだもん〟〉
〈輝け、太陽!〉
「黒江部長はキノコの中心部にいる!」
〈了解だ!〉
四人の声がほぼ同時に響いた。
視界が一瞬で白に染まり、上からは輝く太陽が、そして高みの見物を決め込んでいただろう、黒江にも消しゴムが飛ばされる。
残り時間は十五秒を切った。
「なに!?」
太陽の光と突然の変色に戸惑っている僅かな時間に消しゴムが黒江にヒット。
さらに、
「くそ。上が見えねえ!」
丁度、影ができない位置に太陽が設置されたせいでリタは支柱を見失う。
「こんなもんカンで!」
〈逆巻け、風!〉
それでもなんとか刃を伸ばそうとしたリタに追撃が入る。
「ナイスだテル!」
突風が吹き荒れ、リタは空中でバランスを崩す。伸ばしかけていたナイフが元に戻るのが視認できる。
〈もらったぜ、金髪、フクロウ先輩!〉
「え?」
と、相田が落下途中の先輩二人に消しゴムをぶつけた。これで三点。
〈落ちてくるまでに五秒はかかる! 中里とポニンでキャッチしろ!〉
〈〈了解!〉〉
テルが風で二人が体勢を立て直してしまわぬよう、揺さぶりをかけつつ落下地点へ。
テルがリタを、詩月が花夏を受け止める態勢だ。
〈ちょっとでいいから念動力で速度緩めて!〉
見ると、リタと花夏はすぐそこまで迫っている。
〈ほらよ!〉
テルの言葉通り、相田は落下直前に念動力で速度を緩める。
「ちっくしょおおおおーーーー!」
「ありゃりゃ。これはやられたね……」
リタと花夏をナイスキャッチ。
これで五点。
『そこまで!』
ちょうど、そこで終了の時間がきた。
「えーっと、つまり?」
〈計算くらいしろ、ドアホ。合計十四点だ〉
相田の声が、やけに嬉しそうに聞こえるのは間違いじゃないだろう。
どさっとその場に腰を下ろすのが見える。。
〈やったよ芽依! これで五点差ついたよ! ひっくり返せたよ!〉
テルはぴょんぴょん飛び跳ねている。
〈ふう。なんとか、なりましたね〉
詩月の、いつもより優しい声音が耳に入ってくる。
ここまできて、ようやく芽依は実感する。
九点差という絶望的な状況から、見事にひっくり返したのだ。
「いよっしゃあああああああーーーーーー!」
〈黙れ! 鼓膜が破れる。まだ裏が残ってるんだ。分かってるだろ?〉
〈芽依! 嬉しいのは分かるけどもうちょうボリューム下げて!〉
〈以前にも言いましたよね? あまり大声を出さないようにと〉
仲間たちから注意する言葉が飛んでくるが、どれも本気で腹が立っているものではない。むしろ、皆で喜びを分かち合っている感じだ。
「よっし! このまま裏も守りきるぞ!」
〈おう!〉
〈頑張ろうね!〉
〈なんとかなりますよ!〉
四人で一致団結。
観客の一年生からも大歓声が響いた。
三回表終了:二十六対二十一(一年生チーム、五点リード)




