要求
「ね、ねえ! 三人とも、それならこういうのはどうかな!」
その一触即発の空気を割ったのは、フクロウフードの先輩。
「ええと、そこの君は練習に参加したいんだよね?」
若干違っていたが、ここで否定しても話が進まないだろう。芽依は「そうですね」と答える。
「で、なみたちは、というか私もだけど、一年生は実力不足だから居ても邪魔。教える時間ももったいない。練習に集中したい。そうだよね?」
「ああ」
フクロウフードの先輩は三人をぐるっと見回して、提案した。
「ならさ、ベストメンバーと一年生で試合してみればいいんじゃないかな? ベストメンバーと試合をして、それでもしも一年生が勝ったら考え直してあげる。それだけの実力があるってことだからね。けど、勝てないようなら、申し訳ないけど、待遇は改善しないよ。それでどうかな?」
「試合? それこそ時間の無駄じゃないのか?」
「なみ、一試合くらいいいでしょ? それに、勝てばいいだけなんだしさ。それより、こうして問答してる時間の方がよっぽどもったいないよ」
「む……それもそうだな」
黒江を納得させる。
「君も、それでいいかな?」
「……」
芽依の判断に任せられることになる。
これは明らかな誘いだろう。先輩たちは納得したのは勝てるという確信があるからに違いない。ちゃんと調べたことはないが、この天照学園の印章格闘技術部は全国大会へ出場した経験もある。そんなチームに入りたての一年生が敵うはずがない。
もっと上手い方法がないのか考えるが、
「……」
思いつくはずもない。
実力を見せろと黒江は言う。本来であればその時点でおかしい。だが、その反論が通じるなら苦労はしない。さっきからまるで話を聞いてくれないのだ。反論すればするほど条件が悪くなると考えた方が良い。
芽依はため息をつき、自分の後ろにいる一年生たちに振り返る。
ここはさすがに、独断で決めるべきではないだろう。
「この条件、呑んでいいか?」
呼びかけるが、皆、神妙な顔つきで黙り込む。
そりゃそうだ。突然、こんなことを言われても返事に困るだけだろう。こんな場面ではっきり意見を言えたら大したものだ。
芽依がもう一度ため息をつき、振り返――
「いいんじゃねえの?」
――ろうとしたところで、一人の男子生徒が声をあげた。
座っていても大柄なのが分かる、がっしりとした体系の男だった。
「どうせ負けても待遇は変らないんだろ? なら、ひっくり返せるチャンスじゃねえか。受けておけよ」
最後にふんと鼻を鳴らし、顔をそむける。
「分かった。他に意見がある人は?」
再度呼びかけるが、反応はない。
「……」
本当ならもっと意見を出して欲しいところだが、多くは望むまい。ありがたいことに一人の賛成は得られた。
ここはこの条件で受けるしかないだろう。
「先輩方、分かりました。その条件でよろしくお願いします」
「うん。なら、試合は今日からちょうど二週間後の月曜日、部活の時間が始まってすぐ。四星術場で待ってるから。それまでにチーム作って、ある程度の練習はしてみて」
「了解しました」
芽依の賛成を受けて、金髪ショートヘアーの先輩と黒江が部室から出て行く。フクロウフードの先輩は芽依に「ごめんね」と頭を下げてから出て行った。
「芽依!」
ドアが閉まると同時に、前列にいた幼馴染が駆け寄ってきた。
「おおう? テル、なんだ」
「恐くなかった? 恐かったよね? 大丈夫だった? 心臓は大丈夫?」
「いやいや、俺は心臓悪くないから。恐かったのは事実だけど」
実際、黒江に睨まれたときは本気で逃げ出したかった。ポ○モンで睨みつけるが技になっている理由が理解できた気がする。
「テル、そんな心配するならさっき呼びかけた時になんか意見出して欲しかったんだけど」
「う……だってあの状況じゃ」
「あ、ごめん。別に責めてるわけじゃないんだけど」
落ち込むテルに慌ててフォローする。
黒髪ポニーテールのこの少女は藤山輝緒。愛称はテル。
「でも、大丈夫なの?」
「分からん。勢いで条件を呑んではみたものの、かなりキツイと思う」
言って、周りの一年生を見回す。
誰もが不安そうな表情をしており、覇気が感じられない。
「とにかく、こうなった以上、やる気は出してもらわないとな」
「だね。応援してるから、頑張れ!」
「ああ……って、手伝う気最初からなしかよ!」
「だってめんどいし~」
止める間もなくテルはそのまま元の位置に戻って着席。
結果、全員の視線が芽依に集中する。
「このやろう……」
毒づくが、今更どうしようもない。
総勢二十人から視線を浴びて、このまま座るわけにもいかないよなと思う。
自分が真っ先に先輩たちに食って掛かったのだ。そうでなければこんな事態には発展してない。ここは、まとめ役を引き受けるべきだろう。人の前に立つことは嫌いではないし。「……」
芽依は、ふうと小さく息を吐き、改めて向き直る。
自分の言葉を待っている一年生たちに向けて、第一声を発する。
「やる気のある者、これが大前提になると思う」
芽依は皆の前に立ち、声を張り上げる。
喋り始めて十分が経過している。
「ある程度のルールはもう知ってると思うけど、四星術は四人で一チームだ。つまり、この中から四人を選ぶ必要がある。それを踏まえた上で、まず考えて欲しいのは練習時間についてだ」
全員が真剣な表情で聞いてくれていた。
芽依は結束力については問題ないかなと思う。
「あの先輩たちのことだから、部活の時間中に他のことをしていたら間違いなく『なにをしているんだ』と非難してくる。と、なるとどうしても部活が終わったあとに練習しなければならない。時間的に余裕がない人は抜けてくれて構わない」
ここで、顔を伏せる人が多かった。
芽依だって立場が違ったら同じ反応をしていたと思う。あのいけ好かない先輩たちを見返してやりたいとは思うものの、自分の自由時間が潰れるのだ。高校に入ったばかりで勉強だって着いていくのがやっとの状況だ。部活が終わるのは午後六時半。その後さらに練習するとなると家へ帰れるのは八時を過ぎるだろう。
「印章についてはとやかく言わない。どんな能力で、どんなものでも構わない。しっかり練習できるメンバーが揃った方がいい。それを踏まえた上で、メンバーを決めたいと思う。それでいいか?」
声は上がらなかったが、皆頷くことで返事をしてくれる。
「じゃあ――」
「ちょっと待てよ!」
「へ?」
異論があるとは思ってなかったため、間の抜けた声が出た。
一人の男子生徒が立ち上がっている。
「あ、申し訳ない。なにか意見があるなら、どうぞ」
「お前、何様のつもりだ?」
「は?」
驚いてるうちに芽依に詰め寄ってくる。
よく見ると、つい先ほど、芽依の呼びかけに唯一応えてくれた男子だった。
「えーと、名前は?」
「相田だ」
「分かった。それで、なに?」
目の前に立たれるとその身体の大きさはよく分かる。身長百七十センチくらいの芽依が見上げなければならないほどだ。少なくとも百八十センチ以上はあるだろう。
「なんでお前が仕切ってるのかって話だ」
さっきはありがたいと思ったが、なんとなく、厄介者の気配を感じる。
「……ええと、別に理由はない」
「ふん。流されただけか」
「まあ、そうなるかな」
相田は芽依を見下ろして言う。
「偉そうに喋れてるところを見ると、皆の前に立つのには慣れてるな?」
「……それなりには」
「だろうな。実際、これだけ堂々と喋れるのは凄いと思う。けどな、肝心なところが抜けてるんじゃねえか?」
「肝心なところ?」
「ああ。お前、四星術の経験者じゃないんだろ?」
「それはそうだけど……あ!」
言われて、気付く。
「本来、指揮を執るべきは四星術の経験者じゃねえのか? 勝手に話を進めて、偉そうにしてるなよ。ろくに考えもせず、そうやって前に出てリーダーになったつもりか?」
確かに、相田の言う通りだ。なんとなく話を進めていたが、もしも四星術の経験者がこの中にいるなら是非その人に指揮を執ってもらいたい。
「それから、あと一つ」
「なんだ?」
「俺はこの部活をやめる」
言うなり、相田は芽依を押しのけて部室から出て行こうとする。
「おい! ちょっと待てよ」
ドアを開けたところで立ち止まり、相田は振り返る。
「ああ、それから、そこの縮こまってる女子、使えるから本気で試合するつもりならメンバーに入れな。じゃあな」
「は? て、だから待てって!」
芽依は止めようと相田の背を追いかけるが、目の前で強烈にドアを閉められる。
「……」
部室内が沈黙した。
この後、思うように話を進められず、『試合に参加したいと思う者は明日の放課後までに一年四組、英芽依まで申し出てること』と決めて解散となった。