試合開始
芽依たちが四星術場へ着くと、先輩たちからどよめきが起こった。
「なんの冗談だ一年? その服装は」
黒江が呆れ果てた様子で聞いてくる。
そう思うのも無理はない。芽依たちは今、頭のてっぺんからつま先まで全身真っ黒なのだ。もともと持っていた詩月以外の面々は土日に黒一色のジャージを購入した。頭に被っているものは他の一年生たちに作ってもらったものだ。目の部分しか穴がない、ただ黒いだけの被り物。
左胸と背中中央にそれぞれの名前を示す、『S』、『A』、『F』、『N』という文字が小さく入っている。四星術のルールを詳しく調べたら、服装は自由となっているものの、誰なのか分からない変装は禁止となっていた。そのための処置だ。
「傑作だなこりゃ」
と、言うのはリタ。その手には既にナイフが光っている。
先輩たちはというと、バスケのユニフォームだろうか。赤を基調とした袖がないシャツに短パンをはいている。
「……」
一人、無言でこちらに視線を向けてくる花夏の表情は真剣そのもの。
花夏は他の先輩たちにテルや詩月の印章を教えていないのだろう。この全身真っ黒という服装の恐さを知っているのは花夏だけだ。
「はは。僕もそんな服を着てみたいな。一年生の皆さん、初めまして」
爽やかな笑みを携え、こちらに接近してくる一人の男子生徒。花夏たちと同じ服装をしているということは……。
「僕は三年の桜川壮太と言います。指令者をやらせてもらってます。今日は良い試合にしましょうね」
やはり、先輩チームの指令者だ。
はっきり言って、美形だ。性格も良さそうだし、モテルタイプな気がする。
「どうもです」
「敬語とか使わなくていいですよ。もともと僕は黒江やリタの意見には反対してたからね。ああ、でも、試合では手を抜くつもりはないですよ」
きらっと歯を光らせた……ように見える。
キザっぽく見えないから不思議だ。本当に爽やかでいい人っぽい雰囲気がある。
「壮太。位置につけ。すぐに始めるぞ」
「はいはい。分かりましたよ」
肩をすくめて壮太は指令塔へと向かっていく。
「みんな、これを」
「ありがとうございます」
花夏から小型通信端末を受け取り、イヤホンを耳につける。
「じゃあ、審判の先生も来てくれてるし、準備してもらえる?」
「了解しました」
フィールド外には『必勝』の文字を掲げた一年生たちがいる。
芽依は指令塔に登りながら、鼓動が早くなるのを感じた。
四人で一緒にいたからか、芽依はあまり緊張していなかった。だが、こうして自分のポジションに着くと全然違う。自分がもし間違った指示を出したら、それは全て悪い結果に繋がる。相田にはお前が中心になる、などと言ったが本当は違う。四星術おいて一番重要で、チームの中心になるのは指令者だ。
〈スフレ、聞こえるか〉
「相田?」
芽依が指令塔の頂上に着くと、イヤホンから相田の声。
〈さっき、中里にあまり緊張するな、いつも通りにやれといってたが、お前もな。練習ではきっちり、良い指示が出せてたんだ。緊張するなよ〉
〈そうです。経験者のわたしたちから見ても、英くんは素人とは思えない指示を出していました。わたしたち自身もある程度は自分で考えて行動します。あまりかたくならにように。テルさんも〉
続いて、四星術前後のみ饒舌になる詩月からも応援の言葉がくる。
「分かってる。出来る限りのことはやってきたんだ。ちゃんとやるさ」
〈あたしも、頑張るよ〉
頑張ると言いつつ、やはり緊張しているのかテルの声は少しだけ強張っていた。
『それでは、試合を開始します!』
審判役の教師がマイクを使ってアナウンスを入れる。
審判は全部で五人だ。主審は守備チームのフィールドを主に見て、残り四人はフィールドの四つ角に立つ。
『試合は、三回までの短期決戦。その他は四星術のルールをそのまま適用します。通信端末の故障がないか、両チームとも今一度確認をお願いします』
芽依は全員に呼びかけ、全員から返答を受け取る。
審判にオーケーサインを出す。
『時間はフィールド脇の電光掲示板で確認してください』
芽依から見て左側のフィールド外。
二メートル四方くらいだろうか。大きなボード状のものが見える。既に三分にセットされていた。おそらくゼロになった瞬間に大きな音がなるのだろう。両チームの得点を示すと思われる枠も確認できる。
『先攻は一年生チームです。両チーム、準備はよろしいでしょうか?』
こちらのメンバーの位置、相手のメンベーの位置を再確認する。
作戦通り、相田は三角形の頂上、敵の陣地に一番近い場所にいる。テルは左に、詩月は右にいる。対する先輩チームは、相田の正面にはリタがいる。その距離は僅か五メートル。そして芽依から見て左、テルの正面には黒江が、詩月の正面に花夏がいる。両者間の距離は約三十メートルだ。
芽依は一度深呼吸をして、それから審判にサインを送る。
『では、試合を開始します』
会場がシンと静まり返る。
審判がゆっくりと手を上げ、そして、振り下ろされる。
『始め!』
戦いの火蓋が、切って落とされた。




