四人目
「…………」
「花、もう一度聞く。ここでなにをしている?」
花夏にずいっと詰め寄り、黒江は高圧的な態度で聞く。
「……」
「何故黙る。一年生に味方したければすればいい。誰もするななどと言ってない」
その言葉に一年生は「え?」と思うが、そう生易しいもののわけがない。
「ただし、一年の側につくならそれなりの配慮をさせてもらう。少なくとも、今度の試合ではこちら側のメンバーからは抜けてもらうぞ」
「……」
「火曜日からずっと一年と一緒にいたというなら、当然それ相応の情報は流しているだろうな。あの練習表が良い証拠だ。あれを作るまで、私たちがどれだけ試行錯誤を繰り返したか忘れたわけじゃないだろう? あんな簡単に渡して、どういうつもりだ?」
「……」
花夏は黙ったままだが、芽依は言い返したかった。
花夏はいつだって、あくまで自分は先輩側だというスタンスを忘れていなかった。一緒に楽しんでいた節はあったが、黒江やリタの印章を自分から漏らしてはいないし、チーム編成すら教えてもらっていない。それに、練習方法こそ指導してもらったが、作戦の立て方や試合中の動き等、試合をするに当たって重要になるであろう点は確実に避けられていた。花夏は、あくまで先輩たち側であることを心に留めていたように思う。
「花、黙ってるだけじゃなにも解決しない。分かってるだろう?」
「分かってる」
「じゃあ、なにか意見を言え。このままじゃ埒があかない」
花夏は顔を上げ、真っ直ぐと黒江の瞳を見つめる。
黒江の眼光に物怖じした様子はない。
「答える前に、私からも質問させてもらっていい?」
「なんだ? 今更言い逃れできるとでも?」
小ばかにしたような態度の黒江に、花夏ははっきりと言う。
「なんで、一年生の味方をしちゃいけないの?」
「だから、別にしてもいいと言ってるだろう。ただ、その場合はメンバーから抜けてもらうというだけだ」
「それをしちゃいけないって言うの」
「意見の相違だな」
「じゃあ、質問を変える。なんでそこまで一年生を敵視するの? 練習したいのは私も同じ。だからなみを否定する気はないし、最終的には一年生と真剣に試合をするつもりだった。でも、ここまで敵視する必要はある? まるで一年生に関わるなって言ってるみたいじゃない?」
黒江は余裕の態度を崩さない。
「それは、花がうちのベストメンバーだからだ。他の人間ならここまで口を挟まないさ。必要以上に敵視しているつもりはない。こうして試合のルールを決めるためにやってきたしな。だが、こちらの情報を流されるのは困るんだ。当然だが、負けるつもりはないからな」
「私だって、なみやリタが不快に思うような情報は流さないよう注意してる」
「それは安心だ。だが、ぽろっと重要なことを言われると困る。即刻出て行け」
「だから、それを必要以上の敵視だって言ってるの!」
「違う。細心の注意を払っているだけだ。仮にも今は一年どもは敵なんだぞ?」
「敵なら話しちゃいけないの?」
「そうだ。四星術では情報漏洩はどれだけ痛手になるか分かってるだろう?」
「でも、ここは同じ学校の部活内。そこまで意地になる必要なんてないでしょ!」
「知るか。部活内だろうが試合は試合だ。勝つことが全てだ」
「このっ――」
「おい、そこの吊り目」
花夏が黒江の頬を叩こうと拳を振り上げた瞬間、野太い声が割って入った。
相田だ。立ち上がって黒江のすぐ近くまで行く。
「なんだ一年。吊り目とはずいぶんな物言いだな?」
「そこのフクロウ先輩がどうとか、そんなもんはどうでもいい」
先輩に対する礼儀もなにもあったものじゃない。
「ただ、あんたらに聞きたいことがある。そこのフクロウ先輩でも良かったが、あんたらの方が分かりやすそうだ」
「言ってみろ」
「あんたたちが一年生を追い出そうとしたのは、練習の邪魔になるって理由だけか?」
相田の問いに、黒江は即答する。
「最初からそう言ってるだろう? お前らは実力がない。あまり四星術の経験もないだろう。居てもらっては邪魔なんだ。だから実力を見せてみろと――」
「そこまでで十分だ。黙れ吊り目。お前の言い方は癪に障る」
本当に、先輩に対する礼儀がない。
相田は芽依たち一年生の方へ向き直ると一言。
「フクロウ先輩はもういらねえ。そうだろ?」
いきなりなにを、と言いかけて止まる。
相田の目に、明確な闘志が宿っている。
試合に、出る気になってくれたのか。
「いらないとは酷い言い方だが、その通りだ。花夏先輩、今までありがとうございました」
ニヤッと笑ってそう返す。
相田も、任せておけと言わんばかりの堂々とした態度で頷いた。
テルと詩月は状況が飲み込めていないのか、ポカンとしているが、後で説明すればいいだろう。
今は、これ以上、花夏に迷惑をかけないことの方が大切だ。
「え、でも英くん……私は……」
「大丈夫ですよ、花夏先輩。花夏先輩はもともとそっち側ですし、無理しないでください。試合では、全力でぶつかりましょう」
花夏はしばらくの間、不安そうにこちらを見ていたが、
「うん。じゃあ、頑張ってね」
と笑顔で返答してくれた。
空気が弛緩する。これで、一つ問題が片付いた。
「しかし、いいのか一年? 敵である私が言うのもなんだが、花夏を手放してしまって。勝負にならなくなっても知らないぞ?」
「黙れと言ってるだろう吊り目。お前の意見など知ったことではない」
相田。もうちょっとオブラートに包んだ言い方はできないのか……。
「調子乗ってんじゃねえぞ一年?」
「金髪、あんたはつっかかることしかできねえのか? 前も印章使って脅しまがいのことしてたよな? そっちこそ調子に乗るなよ?」
いや、だからやめとけって……。
「てめえっ!」
ほらこうなった。
リタがナイフをポケットから取り出し、相田に向けて伸ばそうとする。
「リタ」
そこへ、花夏が割り込む。
リタを動きが不自然に止まった。
「いい加減にして。そっち側につくとなったからには、これ以上の行為は見逃せないよ。印章使って相手を脅すとか、次やったらメンバーから抜けてもらうから」
影踏み。花夏の印章だ。
「ハナカ……。分かった。ナイフはしまうから、印章解いて」
花夏が影から離れると、言葉通りリタはナイフをポケットに突っ込む。
「では、本題に入ろう」
それをつまらなそうに眺めていた黒江が、淡々と切り出す。
こちらはこちらで暴言を受け流すことには慣れているらしい。今までのことなどまるで気に留めてないという様子だ。花夏のことすらもう興味がないという感じ。この切り替えの早さは素直にすごいと思った。
「来週の試合の詳しいルールだが、普通の四星術のルールでいいか? それともなにかしら制限をつけるか?」
「吊り目」
「本当にいい度胸をしてるな一年」
「相田だ」
「お前みたいなやつは一年でいい。それで、なんだ?」
「ちっ」
いつもの舌打ち入りました。
「今回の試合、三回までにしてくれ」
「三回? どうしてた?」
「平等な試合にするためだ。こっちはまだやっとメンバーが揃った段階だ。その状態で五回までやったらどうなると思う?」
「大差が着くだろうな。もちろんこちら側が大勝という形で」
「だろ? だから、短期決戦してもらいたい。どうしたってそっちの絶対的優位は変わらないんだ。そのくらい譲歩してくれてもいいんじゃねえか?」
芽依は感心する。
口は悪いが、相田は交渉する時のコツを知っていた。矢面に立つことが多かったせいで、芽依は相手に交渉する際、まず相手の気分を害さないことが一番大切だと理解していた。相田はさりげなく、自分たちより先輩チームの方の実力が上だと認め、その上で提案した。さすがキャプテンと言うべきか。相田は口が悪いだけの人間じゃないと改めて感じさせられた。
「まあ、そのくらいならいいだろ。あまりにも勝負にならなくてもつまらないしな。今回の試合は三回まで。皆もそれでいいか?」
全員、首を縦にふった。
「その他になにか要望がある者は?」
「はい」
意外なことに、テルが挙手。
「えーと、お前は?」
「藤山テルです」
「そうか。して、藤山さんはなにか提案が?」
「応援は自由にしていいってことにしていただけませんか?」
「応援?」
「はい。一年生は今、皆が団結していて試合に関心を持っています。なので、観戦くらいは許してもらえないでしょうか?」
なるほど。それはいい案だ。
一年生みんながあれだけのやる気をみせてくれたんだ。応援可能となれば、横断幕の一つや二つ作ってくれるだろう。それは試合に出る自分たちにとっても嬉しいことだ。
詩月は嫌がるかもしれないが。
「そのくらいなら問題ない。別段、禁止もしていないしな」
「ありがとうございます」
「他にはなにかあるか?」
芽依も手を上げる。
「君は?」
「英芽依です」
「英君ね。それで?」
「審判は誰がやることになっていますか?」
一年生四人の視線が黒江に集まる。
誰も触れていなかったが、重要なことだ。四星術はスポーツとはいえ格闘術の一種だ。審判が公平に判定してくれなければ必ずどちらかが有利になる。
「ああ、その点は心配しなくていい。第三者の先生がやってくれることになってる。顧問でもないから安心してくれ。こちらとしても、そんな不公平な勝負で勝ったところで嬉しくもなんともないからな」
「分かりました」
第三者の、それも教師がやってくれるなら問題ないだろう。
「他には?」
黒江の呼びかけに、手をあげるものはいない。
「じゃあ、今回の試合は三回まで。その他は普通の四星術のルールと変わりない。これでいいか?」
全員の確認をとると、黒江は「最後に」と一年生全員を見渡して言う。
「忠告だ。そっちに経験者がいるのかいないのかは知らんが、甘くみないことだ。その場限りの策で凌げると思うなよ。全力で潰しにいくからな」
「だね。一週間、君たちのことを見てきたけど、勝率は限りなくゼロに近いと思う。応援はできないけど、期待させてもらうよ」
花夏は完全に先輩チームにシフトしたらしい。
勝つことしか頭にないという自信の笑みを浮かべていた。
「精々頑張りな。そうやってあたしらを先輩と思わない態度でいられるのも来週の試合までだぞ。ぶっとばしてやるからな」
リタは心底楽しそうに言う。
「ふん。試合が始まる前から偉そうにすんな。そういうのは、勝ったあとに言え」
こちらも負けてない。相田が不遜な態度で言い放つ。
芽依も、言われっぱなしというのは気に食わない。言い返してやる。
「先輩方の実力は認めますが、試合をしてもいないのに勝ったような気分でいられるのは腹が立ちますね。あと一週間でどうにかしてみせますよ」
「その通り! 花夏先輩、今までありがとうございました。でも、敵になったからには容赦しませんよ? 勝たせてもらいますから」
テルも続く。
流れ的に次は詩月だが。
「……」
まあ、無理だろう。
と、思いきや、
「せ、先輩たちのっ! 気持ちも、理解できます……が、わたしたちも練習がしたいので、負けません!」
ちゃんと、自分の気持ちを口にしてくれた。
芽依だけでなく、テルや花夏、相田も驚いて詩月に視線を集中させる。
「あぅ……すみません」
謝って欲しくてそっちを見たわけではないんだけど……。
「ふん。言ってろ」
「そんじゃね、みんな」
「ちょっとは楽しませろよ」
先輩たちはそれだけ言うと、部室から出て行く。
これで、舞台は整った。
あとは、死力を尽くして戦うのみ。
もう、後へは引けない。




