暴論
最初から、なにか変だと思っていた。
芽依は天照学園へ入学し、すぐに部活を決めた。四星術というここ十年くらいで世界的に普及したスポーツを行う部活だ。正式名称は印章格闘技術部。四星術とは、世界で始めて『印章を思いっきり使えるスポーツ』として日本が考案したものだ。
その部活に入り、楽しく、そしてある程度は真剣にやっていこうと思っていた。幼馴染のテルも一緒に頑張ろうと張り切っていた。
だが、入部して三日ほどが経った頃から芽依は違和感を覚えていた。
先輩から指示されることは部室の掃除や備品の整理ばかり。先輩たちの練習を見ることもできず、雑用ばかりやらされていた。もう既に先輩方に混じって練習しているという部活があることくらい、知っている。一年生たちは首を傾げていた。
そして、入部してから二週間目に入った今日。
その違和感は形となって現れた。
「お前らは邪魔だから帰れ」
先輩に、そう指示された。
部活とはなんのためにあるのか。
真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。
一年生が練習の邪魔になる。そうかもしれない。最近普及したスポーツであるが故にルールを知らず、面白半分で入部した者もいるだろう。だが、そんな者にもそのスポーツの面白さ、楽しさを教えるのが先輩の役目ではないのか。練習の妨げになるからと追い返すなんて言語道断。ふざけるなと言いたくなる。
芽依は異を唱えずにはいられなかった。
「つまり、一年は邪魔だから帰れ、一年はいなくても問題ないから帰れ、一年はこの部活に必要ないから帰れ。これらの言葉はそのままの意味だと?」
「その通りだが、なにか問題でも?」
三人の先輩の中心に立つ人物。印章格闘技術部の部長、黒江なみはしれっとそう返してきた。つり上がった目が特徴的な先輩だ。睨まれているわけじゃないと分かっても威圧感がある。
「黒江部長、一年生が邪魔だという意見そのものは否定しませんが少し考え直していただけないでしょうか?」
「否定しないなら別にいいだろう?」
「いえ、そうではなく。この印章格闘技術部はあくまで部活ですよね? ならば一年生に対する配慮というものも当然必要になってくるのではないかと思うのですが……」
「だから、その配慮としてもう今日は帰っていいぞと言ってるだけだが?」
話が通じない。
帰ることに異議があるのではない。練習ができないことに異議があるのではない。
その前段階として、一年生はいらないという言葉が問題なのだ。
苛々する気持ちを抑えて根気よく話しかける。
「ですから、その配慮としてせめて練習を見学するくらいは許していただけないでしょうかと言っているのです」
「それは許可できない」
「何故ですか?」
「次の練習試合の相手は因縁のある相手なんだ。練習に集中したい。一年に見られているような状態でしっかり集中できると思うか?」
芽依はその言葉に思わず声を荒げる。
「ならば尚更ですよ! 一年生の中にだって先輩たちが必要としている人材がいるかもしれないじゃないですか。それに、詳しくルールや注意点を教えて頂ければ意見を言うことだってできる。因縁のある相手なら一年生だって協力します」
「うるさいな。その教える時間がもったいないと言っている。とにかく、今日はもう帰れ」
「しかし――」
次の瞬間、
「ゴチャゴチャうるせぇ!」
「なっ!」
芽依の目の前に鈍く光るモノが突き出された。
黒江ではない。
その左隣にいた金髪ショートヘアーの先輩が手にしていたナイフをこちらへ向けている。刃の部分が伸びて芽依の眉間に迫っていた。
後ろにいた女子の誰かが小さく悲鳴をあげたのが聞こえた。
「こんところでそんな危険な印章を使用して……。法に触れる行為ですよ?」
「はっ! なんの問題もないね。傷つけるつもりなんて毛頭ないし、実際傷つけてもいない。法には一切触れてないさ」
「少なくとも、これは脅迫ですよね?」
「いいや、違うね」
金髪ショートヘアーの先輩とギリギリと睨み合う。
「お前、なにか勘違いしてるんじゃないか?」
「どういうことです?」
「一年ってのは、階級で言えば下の下だ。部活がどうとか、練習がどうとか、そんな言葉が通用するとでも思ってんのか? 一年は黙って上級生の言葉を聞いてりゃいいんだよ」
なんとういう暴論。
黒江よりも酷い。意見を言うなということだろう。本当に、この先輩たちは何を考えているんだ。
「ちょっと! 二人とも、言い方ってものがあるでしょ!」
と、今度は黒江の右隣にいた先輩が割ってはいる。
この先輩には見覚えがあった。部活時は何故かフクロウのフード付きパーカーをはおっているという謎の先輩だ。一度だけ、備品整理をしている時に様子を見にきてくれたので印象に残っていた。
「なんだハナカ?」
「あなたはまずその物騒なものを下ろして。冗談じゃなく、危ないから。見つかったら大会への出場停止になるレベルだよ」
「はいはい」
芽依に突きつけられていたナイフが元の長さに戻る。金髪ショートヘアーの先輩はそれをポケットに突っ込む。
「それになみも。一年生は邪魔だから帰れ、なんて言い方じゃ納得してくれるはずないでしょ」
「……」
黒江は一瞬黙るが、すぐに切り返す。
「帰って欲しいという気持ちは同じだろう? 花、一人だけ良いとこ見せようとするな」
「え……そんなつもりじゃ」
「じゃあどんなつもりだ? 花だって練習に集中したい気持ちは同じはずだ。やんわり『一年生のみんな、練習に集中できないから帰ってもらえる?』とでも言えばいいのか? 結局は同じことだろう」
「……」
フクロウフードの先輩はしゅんとうな垂れる。
先輩たちの中にも良識のある人がいるのかと少し期待したが、違ったらしい。
「と、いうわけだ。一年。もう帰れ」
締めくくるように黒江が言ってくる。
そこには先ほどまでは感じられなかった怒気が含まれている。時間を取らされているのが不快なのだろう。
はっきり言って滅茶苦茶恐い。『相手を怯えさせる術』なるものを使っているんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
「嫌です」
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。いや、引き下がりたくない。
明らかに間違っているのは先輩たちなのだ。
「貴様……」
より一層、黒江が怒気を強めてくる。
「おい、これ以上は加減できねえぞ?」
金髪ショートヘアーの先輩も、ナイフをポケットからもう一度取り出す。
下手な反応をしたら、今度こそ突き刺されるかもしれない。
「……」
芽依は震え出した拳をぎゅっと握って耐える。
しばらく、その状態が続いた。