入部動機
「で、本題はなんだ?」
テルにコーヒー代を払い、一息ついたところで芽依は切り出す。
「本題は、なんでしょう?」
なぜか出題された。
「知らん」
「知っててよ」
「どうしてお前の頭の中身を知ってなきゃならん?」
「彼氏だし」
コーヒーが気管に入った。激しくむせる。
「お前な……」
「冗談だよ」
「だろうな」
テルは一旦ふう、と息を吐き、それから真剣な顔つきになる。
「単刀直入に言うね」
「おう」
「あたしたち、あの部活にいていいのかな?」
「……」
本当に冗談ではなく、真面目な話題だった。
「この間から、花夏先輩の指導受けてるけど、すごく微妙な心境なんだよね。最初はちょっとやる気そがれたかな、みたいな軽いものだった。でも、だんだん自分の中でそれが形になってきてるのが分かるの。あの部活は、詩月ちゃんにしろ先輩たちにしろ、四星術をやりたいっていう人たちが集まってる。たぶん、他の一年生たちにはあたしたちも同じように見えてるんだと思う」
「でも、実際は違うもんな。そりゃ、花夏先輩たちと四星術一回やってみて、凄く楽しかったし、面白いなとは思った。けど、俺らがあの部活に入ったのは、全然違う理由だよな」
「そう。だから、なんかあの部活に居ていいのかなって、考えてる」
芽依やテルが先輩たちに反抗したのは練習に参加できないからではない。
皆でなにかをやるべき部活で、あの先輩たちは何を考えているのか、という気持ちからだ。多くの仲間を作るため、多くの友達を作るために入部した二人にとって、あまりにも予想外で、あまりにも残酷な言葉だったから。だから反抗した。入部した意味がないと、ここにきた意味がないと、反抗した。
練習がどうのというのはあくまで建て前。二人の真の目的は別のところにある。
それ故に、申し訳ない気持ちになってしまうのだ。四星術をやりたい、本気で取り組みたいという人たちに対して自分たちは何を考えているのか、と。先輩たちに対する怒りはまだあるが、それとは無関係にあの部活にいる資格があるのか、試合に出る権利はあるのか、そう思ってしまう。
「でも、状況的には抜けられなくね? 試合に出るメンバー俺らしかいないじゃん」
「そこなんだよね……。それに、四星術が嫌いってわけじゃやないからこのまま続けるのはありだと思うし」
「続けた場合、絶対どこかで狂いが出てくると思うけどな。入部動機が違うと――」
「お? スフレメイプルか?」
「は?」
「え?」
突然、野太い声が上から降ってきた。
この呼び方は……。
「やっぱりお前か」
相田だった。
芽依のことをスフレメイプルなどと呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。
「なんだ? 休日に彼女とデートか?」
「彼女?」
テルと目が合う。
「…………ッ!」
急激に顔を赤くしたかと思ったら俯いてしまった。さっきは芽依のことを彼氏だなんだと言っていたわりに、なんとまあ耐性のないこと。
「違う違う。こいつは幼馴染だよ。あと、印章格闘技術部の一年」
「部活の? ああー、そういや居たな。先輩たちが出てったあとお前に駆け寄ったやつ」
「そう、そいつだ」
相田は興味なさそうにちらっとテルを見て、
「じゃあな」
去ろうとする。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「良い機会だ。一つ質問させてくれ」
相田はいつもの舌打ちをするが、無視はしなかった。
「相田、お前なんで印章格闘技術部に入ろうと思った?」
テルが顔を上げる。
「なんでいきなりそんな質問が出てくる?」
「今、そういう話をしてたんだよ。詳しくは言えないがな」
相田はもう一度盛大に舌打ち。
テルがびびってるからやめて欲しい。
「別に大した理由はねえよ。天照学園の印章格闘技術部は全国大会まで勝ち進んでるからな。そこなら自分の力をもっと伸ばせるんじゃないかと思っただけだ」
文句あるかと言わんばかりにギロリと睨みつけてくる。
「だよな~」
それに加えて詩月のこともあるのだろうが、それは口にしないでおく。言ったら間違いなく半殺しにされるだろう。
「なんだ? お前らは違うのか?」
こちらの反応が気になったらしく、怪訝そうな顔を向けてくる。
「英なんとか自身は個人的に気に入らないが、先輩たちに立ち向かった度胸だけは認めてたんだけどな。練習ができないことにイラついていただけだと思っていたが違うのか?」
「俺は英なんとかでもスフレメイプルでもない。英芽依という名前が――」
「話を逸らすな」
「逸らしてるつもりはないんだが」
数秒間、睨み合う。
なんだこれ。
「なあ、スフレなんとか」
「混ぜるなよ」
「深くは聞かねえし、聞く気もねえ。だが、入部した動機の話をしてるところをみると、やる気がどうのって話になってんじゃねえか?」
「……」
良いカンしてるなこいつ。若干のズレはあるが概ね正解だ。
「答えねえってことは半分以上は当たりだろうな。じゃあ聞かせろ」
「……なにをだ?」
「そのくだらねえ悩みと現在の状況を、だよ」
言うなり相田は隣のテーブルから椅子を引っ張ってきて座る。
ちょっと待て。
「なんでお前に話さなきゃならん? そもそも退部するんだろ? 現在の状況がどうとか、お前には関係ないんじゃないのか?」
「まあな。だが、関係ないのと気になるってのは別問題だ」
『気になる』という部分だけ芽依に意味深な視線を向けてくる。
詩月のことかと察する。好きな子だけを残してきた形になっているからどうしても意識してしまうのだろう。
「テル」
「え、なに?」
「詳しい説明はしないにしても、こいつは――」
「こいつとか言うなスフレなんとか」
「お前もスフレなんとかって言うな。で、テル。相田は仮にも中学時代、キャプテンをしてた。ひょっとしたら参考になる意見をもらえるかもしれないし、良いか?」
テルは知らないだろうが、相田はそこまで悪いやつじゃない。
好きな子のためにできるだけの布石を打ってから部室を出て行ったのだ。それに、今もこうして悪ぶってはいるが相談に乗ろうという姿勢は見せてくれている。キャプテンだったということからも、皆の信頼を得るだけの力もあるのだろう。
「いいよ。でも、昔のことは……」
「分かってるって。そこは口が裂けても言わないよ」
「うん、ならいいかな」
テルの了解の得て、芽依はさて、と向き直る。
「ちょいと話がこんがらがってるから、長くなるが、時間大丈夫か?」
「ああ、問題ねえ。とっとと話せ」
「はいはい。舌打ちするなって。……ええと、じゃあ――」
芽依はできだけ具体的に、事細かに説明した。
詩月と出会った時や、花夏が乱入してきて練習をつけてくれていること、それから自分たちの入部動機が他の人とは明らかに違うことを。




