意外な事実
「ふう」
芽依は校門でテルたちが着替えてくるのを待っていた。
初めて四星術をやってみた感想は、と聞かれたら『面白かった』の一言に尽きる。人数が揃っていなかったせいで微妙な終わり方になってしまったが、楽しかったことに変わりはない。これでもし、ちゃんと練習して、お互いの印章を組み合わせた試合ができれば本当に面白くなるだろう。
「……勝ち目も、見えたしな」
収穫はそれだけではない。
全国大会に出ているということから、なんとなく『勝ち目はないのでは?』と思っていたが、今日の花夏の動きを見る限りそんなことはなさそうだった。不意打ちとはいえ花夏からも点を奪えたのだ。
「お待たせ~」
「おう」
テルと詩月、それに花夏の三人がやってきた。
テルはツインテールに、詩月は制服姿に戻っている。花夏はフクロウのフード付きパーカーをはおったままだ。なにかこだわりでもあるのだろうか。
「やっぱり天然の太陽は綺麗だね~」
「いきなりなんだ?」
来るなりテルがしみじみと呟く。
「あの……テ、テルさんの! 太陽もキラキラして、良かった、と、思いますがっ!」
歯切れ悪く詩月がフォローする。
四星術をしていた時とはえらい違いだ。
「あはっ。詩月ちゃん、ありがとね」
「い、いえ、お気になさらず……」
詩月の頬が真っ赤に染まるが、なにかもう見慣れた気さえするからおかしなものだ。
「それよりさ、一ついい?」
「なんですか?」
花夏が、なんでもないような口調で言う。
「詩月ちゃん、四星術の経験者でしょ?」
「……は?」
唐突過ぎて、一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
「中里さんが、経験者?」
「あれ? 英くん気付いてなかったの?」
「……?」
「だって、まず用意が良すぎでしょ? 自分の印章に合わせた服装持ってたし。すぐに用意できるようなものではなかったと思うけど? それから、これは憶測になるけど英くんは詩月ちゃんの指示で動いてなかった? 最初の攻撃時、英くんに目をが行ってたせいで完全に詩月ちゃんのこと忘れてたんだけど? その辺りも計算してたんじゃないかな?」
芽依もテルも目をしばたたかせる。
そういえばと思う。詩月はなんでか相田に推薦されていた。深くは考えてなかったが、もしかして相田は詩月が経験者だと知っていたのだろうか。
「別に言いふらしたりしないから、答えてもらえる?」
詩月に視線が集中する。
詩月は「あぅ…えと……その……」としどろもどろになったが、テルがなだめると数十秒後には落ち着いて話してくれた。
「あの、そうです。わたし、中学校で四星術やってました……。隠してたわけじゃないのですが言うタイミングが……。部室で話そうとしたら、花夏先輩が入ってきて、それで話すに話せなくて……」
そのタイミングで今度は花夏に視線が集中する。
「え? あれ? 私が悪いの?」
芽依とテルは視線を合わせ、
「「いえ、そういうわけではありませんが」」
一字一句同じことを言った。
「その無駄な以心伝心どうにかならない? すっごくイラつくんだけど」
「「そう言われても」」
「……もはや印章使ってるんじゃないかと思いたくなるよ」
冗談はさて置き、言われてみると納得だった。
詩月は最初から自分の印章に合う服装を用意しており、試合中も的確な指示を出していた。試合中だけ内気な性格が変わったのもなにか理由があるのかもしれない。
「ああ、あとこれはみんなに質問なんだけど」
「なんですか?」
「メンバー、ここにいる三人が出るとしてもまだ一人足りないよね? 大丈夫そうなの?」
「……」
「……」
「……」
三人とも沈黙する。
痛いところを突かれた。正確には、詩月にも断られているからまだ二人なのだ。なんとかして人数をそろえないとマズイのだが、皆それぞれ理由があって辞退している。あまり強引な手は使いたくない。
「その様子をみると、なかなか大変そうだね」
「あはは」
テルが笑って誤魔化す。
「応援……はあまりできないけど、頑張ってね。ちょっとは期待してるから」
「ありがとうございます……て、先輩そっちなんですか?」
分かれ道で花夏が違う方向へ歩きだす。
「うん、じゃね~。もしかしたら放課後、また顔出すかもしれないけど、その時はその時で。あ、今日のことはくれぐれも内密にね」
「分かってます。今日はありがとうございました!」
フクロウのフードが見えなくなるまで見送り、
「「さて」」
テルと見事なはもりをみせて詩月に向き直る。
「あぅ……」
途端に縮こまる詩月。
必死に殻の中へ入ろうとしているんだけど入れない、という感じだ。
「ああ、いや、経験者だったことについてはもうこの際本当に話すタイミングがなかったってことで流そうと思う。ただ――」
「メンバーになってくれないかってことですよね……。その……ホントに、駄目なんです。わたし、そんな大事な試合には……」
用件を伝える前に詩月の方が喋ってくれた。
その答えがくるのは予想していたが、少し状況が違う。ちょっとだけ食い下がってみる。
「中里さん。それって、なにか理由があってのこと? それとも『自分なんかが試合に出て迷惑をかけたら申し訳ない』っていうだけ?」
「芽依、その言い方は意地悪だよ」
「あ、ごめん」
テルに窘められて謝る。
「詩月ちゃん、出たくないなら無理にとは言わない。でも、詩月ちゃんは四星術の経験者なんだよね? ということは一年生にとってすごく大きな存在になると思うの。すぐに返事してとは言わないから、考えるだけ考えてみてくれないかな?」
「はい……」
感心する。
やはりテルは詩月のような内気な人への対応が上手い。お姉さんっぽいというかなんというか。
「あ、それから、詩月ちゃんにもう一つ答えて欲しいことがあるんだけど」
「……ええと?」
「相田君のこと。彼、詩月ちゃんが経験者だって分かってて推薦したんだよね? なんで詩月ちゃんが経験者だって知ってたのかな?」
これについては芽依も聞きたかった。
相田は最初から詩月が経験者だと知っているような口ぶりで推薦していた。退部すると宣言していたから本来なら無視するべきなのだろうけど、『本気で試合するなら入れろ』と半強制的な口調で言い切っていた。気にするなという方が無理だ。
詩月は暫し、言って良いものかと迷う素振りをみせたが、唇を開く。
「彼は、その……」
「うん」
「……わたしたちの中学で、キャプテンをしていました」
本日二度目の爆弾投下だった。
「キャプテン? キャプテンって、あれだよね? まとめ役てきな?」
「はい。彼とは中学校が一緒で、部活仲間でもありました。それで……そこでキャプテンを……」
ちょっと待てと思う。
じゃあ、ひょっとして、あの時『四星術の経験者が指揮を執るべきなんじゃないか』というのは遠まわしに自分が指揮を執りたいということだったのか。それで腹が立って退部しようと?
「あ、でも、たぶん相田くんは誘っても無駄だと思います」
「ん? それはメンバーにってこと?」
「はい……。彼は中学時代、本当に一生懸命練習していて、皆の信頼を得ていました。それで、常に『四星術はチームワークが大切だ』と声を張り上げていました……。相田くんが退部すると言ったのはチームワークが命の部活で、当の先輩方がそれを壊したからだと思います」
芽依は早計だったと思い直す。
つまり詩月の言葉を信じるなら、相田はこの部活そのものに嫌悪感を抱いたということか。そうなると、詩月の言うとおり経験者だからといくら誘っても辞退するだろう。誘うつもりはなかったが、部活そのものに嫌気が差したとなるといくら呼びかけたところで無意味だ。
「でもさ、詩月ちゃん」
「なんでしょうか? えと、どこか分かりづらい点でも?」
「ううん、そうじゃなくて。ちゃんと伝わってるよ。ただ、詩月ちゃんの説明からすると、相田君はこの印章格闘技術部そのものが嫌になったってことだよね?」
「はい。おそらくは……」
「じゃあさ、どうして詩月ちゃんを入れろとか言って出て行ったのかな? 本当に興味がなくなったのなら勝手に退部でもなんでもすればいいじゃん」
「それは……」
「先輩たちが居る時だって芽依の呼びかけにちゃんと応えてたし、なんなんだろうね」
「……」
黙りこむ詩月を見て、芽依は「ん?」とあることが閃いた。
テルの言うように部活そのものに嫌気が差したなら退部でもなんでもすれば良い。それは芽依だって考えた。だからこそ謎だったのだ。相田という人物が一体なにを考えているのか。
だが、芽依はある仮説を思いつく。
それは、滑稽といえば滑稽で、しかしもし当たっているなら、相田という人物がすごく優しい人間だと思えるもので……。もっと言えば、詩月には決して話せない内容のものだ。
「あー、二人とも」
「なに?」
「……?」
「明日、相田に会いにいこうと思うんだけど、クラスどこか知ってる?」
できるだけ不自然に見えないよう注意しながら問いかける。
「相田くんはわたしと同じクラスですけど……。二組です」
聞いた瞬間心の中で『なんてめんどくさい!』と叫んでいたが、口には出さない。
「了解した。じゃあ、明日昼休みくらいに二組に行くと思う。中里さんは別に気にしなくていいから。こっちで話すからさ」
「あ、はい……。でも、なんの話を?」
「それはちょっと秘密。男同士で話したいこともあるからさ」
「うわ、もしかして芽依、そっち系? 男同士とか……」
テルが茶化してくる。
内容がアレなものだったが、ここは感謝。茶化してくれた方が誤魔化しやすい。
「テル、何を考えているか知らんが断じて違うぞ。そして中里さん、どうして微妙に距離をとるのかな?」
「あの……でも、男同士って……その……」
「そんな顔真っ赤にしてなに考えてるの!?」
「そりゃもちろん、相田君と――」
「テル、お前は黙ってろ」
「ひっどーい! 詩月ちゃんと対応が違いすぎない?」
「当たり前だ」
「きっぱり言わないでよう……」
落ち込むテルに謝りつつ、芽依は明日のことを考える。場合によっては、相田と詩月をそろってメンバーに加えられるかもしれない……。