第9話
ぼんやりとしながら運転席側のドアに手を掛けると、隣に停めていた走り屋仕様の白い車の運転席から、私は聞き覚えのある声とよく似た、軽そうな声に呼び止められた。
「もう帰ンの? ねぇ、これから海を渡ってお泊りで遊びに行かね?」
『お泊り』……って、真っ昼間からなにを言っているのよ? 私は夏休みの初っ端から、司に振られちゃったのよ?
全くもってツイて無いわ。なによ、こんな時に限ってヘンなヤツに絡まれて……もう……放っておいて欲しいわっ!
もの凄ぉーく軽いナンパ口調に煽られて、私はいつも以上にムカついた。
「っさいわね? 私は忙しいのよっ! ナンパなら他をあたって!」
もう、私に構わないでっ!
「怖ぇーな? なんかあったの?」
「なに言ってるのよ? アンタが私に『行って来ます』の一言も無しにさっさと行っちゃったからじゃないのよっ! ……え?」
あれ? 勢いに任せて口走ってしまったけれど……私、今誰と話しているのかしら?
「へぇー、俺がいつ『行く』って言ったの?」
「……え?」
機嫌を損ねてしまった私を面白がり、からかって来る『声』の持ち主に、私はまさかの奇妙な予感を抱いてしまい、恐るおそる隣の車へと視線を移した。
……どうして?
手にしていたコーチの淡いピンク色のレザーバッグを思わず路上に落としてしまい、眼の前で起こった出来事に驚いて、私は両手で口元を覆った。
聞き覚えのあるアマノジャクな喋り方と、ここにいる筈の無い司の姿がどうしても信じられなくて……私は暫らく呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
しかも、司が入社当時に事故で廃車にしていたはずの、白いインテグラに乗っている。
夢……なの?
「なに驚いてンの?」
司は私の驚いた表情を見るなり、『シテヤッタリ』とばかりに得意になってフフンと鼻で笑った。
「だっ、だって、あ、あの……旅行……飛行機がさっき……」