第8話
「ん……」
無理矢理な行動の割には、キスは少しも濃厚じゃない。まるで私の体調を調べているみたいな……そんな労わりすら感じてしまう。私は司に抵抗するのを止めて、そっと眼を閉じた。
「……」
重ね合わせるだけのキスなのに、何故だか心がじわりと温かくなって来るような……そんな気がする。
「まだ熱は出ていないみたいだけど、ホントに大丈夫? 俺、行ってもいい?」
「うん……」
司の問い掛けに、私はこくりと顎を引いた。
この数カ月、毎日のように出掛けて行っては夜遅くに戻って来る。一体、何処で何をしているのか……司に訊ねてもはぐらかされてばかりで、ちっとも真面目に答えてはくれない。でも、学生時代に走り屋だった司が、昔を思い出して私のフィットを乗り回し、峠を攻めているとも思えなかった。フィットのガソリンだってそんなに極端には減ってはいないから、走り回っていると言うワケでも無さそうだわ。
これが半年前なら、私は司の女遊びだと信じて疑わなかったと思う。でも、今は遅くなっても必ずここに帰って来るし、化粧や香水の移り香さえ漂わせてはいない。
それが逆になんだかもの凄く不思議だった。
* *
あれから半年後……会社は予定通り、司達QCチームにグァム旅行と褒章金を与えた。
空港のロビーで、私は部署の見送り組に紛れて、出発する司の姿を捜し求めたけれど、夏休みとお盆の休日も合俟って、普段は閑散としている筈の田舎の空港は人が多くて……
お陰で私達見送り組は、何とか司のチームを無事に送り出せたのだけれど、肝心のリーダーである司本人の姿を見付け出す事が出来ないまま……とうとうアナウンスが、司達の乗った飛行機が離陸待機状態になった事を告げてしまった。
じりじりと照り付ける真夏の太陽を逆光にして、司達の乗った飛行機は、轟音を響かせて貫けるように澄み切った紺碧の青空に向って飛び立ってしまう。
ほんの少しだけ……たった二泊三日なのに、司がそのままずっと離れて行ってしまうような……そんな不安が過ってしまう。同行しているのは司一人に社員と派遣の女の子達五人と言う、傍目男性から見れば、垂涎もののハーレム状態。司が『オイシイ』状況なのは誰が見ても明らかだけど、私はただ黙って見送るより他に手は無かった。
私が司に気付かなくても、司なら私の事を気付いてくれるかな? なんて思っていたのに……期待してソンしちゃった……かな?
ああ……せっかく見送りに来たのに……
今日から私も一週間の夏休み。カレシいない歴が今年でSTOP出来るかなー? なんて期待していたのに……やっぱり毎年も独りになっちゃうんだわ。帰省して来る友達の何人かは、自分達の家族が出来てそれぞれ忙しそうだし、逢えたってお茶するくらいしか出来ないのよね。
部署の皆とロビーで別れた私は、自分のフィットを停めている駐車場まで、落ち込んだ気持ちと重くなった足取りを引き摺った。
司と逢えない少しの間、独りで留守番だなんて……
詰まんないな……