第3話
現在QCの一次審査では、司のチームが本社スタッフ職別十五チームの中で、予選ニ位に選ばれていた。
内容は全国のメンテナンス社員が携帯している工具等の分類区分と系列のコード化。自社開発ボイラと医療関連機器の販売を世界規模で展開している木村工業株式会社は、クライアントの販売管理情報は既にオンライン化されてはいたものの、会社内部に対する部品管理体制は、創業以来三十年近くも紙媒体の手作業で、かなりの遅れを取っていた。
以前は部品課担当主任が手作業で台帳管理をしていた何千点もの工具・備品類を、今回司達のグループが取り組んだ事により、大分類、中分類、小分類と言う三段階に設定された後、紙媒体から電子DB管理に切り替えられて、オンラインでの検索が可能になった。
管理の移行は、文字通りその膨大な情報量を整理する事。部内で通常業務をこなしている社員だけではとてもではないけれど時間的に余裕が無く、加えて発表間近だったボイラの試作品に重大な不具合が発生してしまい、クレーム・メンテナンス対応部門である私の第三設計課は、QCまで手が廻らない状態に追い込まれ、改善提案の雛形を上げておきながら放置されていた状態だった。
そこで入社時に大怪我をしてしまい、社員研修を未だに完了していなかった司に白羽の矢が当たったのだ。
研修の未履修――それは即ち即戦力になれない『使えない社員』。正社員であるにも関らず、十分に業務をこなせられない不名誉な事を告げられたのも同然なのに、司は嫌がりもせずに他の社員が丸投げしてしまったテーマを引き継いでくれた。
司は『どうせヒマだし、俺でよければ』と快諾したけれど、私の眼には司の目論見が手に取るように判っていた。事務員や派遣の女の子達に全面協力を願い、資料収集やデータ作成を頼む事になっていたからだ。
六人のメンバー構成でリーダーは男性の司だけ。後は事務の女子社員三名と、派遣の女の子二名。『女ったらし』の司が、この状況を厭だと拒絶する事は皆無で……QCの時間には決まってお茶とお菓子が用意されていて、まるで休憩時間のようだった。時折冗談や雑談を交えて必要以上に親密に、尚且つ愉しそうにしている司の姿を眼にする度に、私の苛々は増すばかり。
自分から引き受けたのも、そういう魂胆なら納得出来るわ。なんだかんだ言っても、結局彼女達と仲良くなりたかったのよね?
そう思うと、私はちょっぴり悲しくなってしまう。
* *
「もう少し、パワーポイントでの視覚から伝える内容にしないと。せっかくの発表内容が台無しです」
私は司に淹れて貰ったブラックコーヒーが入った紙コップを受け取って、事務的にそう言った。
一次選考で見たパワーポイントの出来は、正直褒められたものではなかった。発表原稿はそれなりのものが完成されていたからこその一位獲得。でも視覚で訴えるパワーポイントがいまひとつ要領を得ていないし、ぱっと見でも誤字・脱字が多く、全体の画像統一感だって少しも窺え無かったのも気になっていた。
「って、二人っきりなのに、今でもその業務口調なんだな。何とかなんない?」
「あん!」
司は私を軽く睨み、怒ったフリをして近付くと、長身の身体を浅く屈めて私のおでこにコツン☆ とおでこをくっ付けて来た。
パワーポイント : 研究発表等で使用されるプレゼンテーションソフト。プロジェクターと言う機械を使って映画のようにスクリーンに映す事が出来ます。文字やグラフ等を自由に表示するのはもちろん、アニメーションを張り付けたり、部分的な強調を動画として作成可能な、スライド画像です。略してパワポ。