第2話
翌日の午後、私は息抜きの心算で、滅多に足を運ばない部内フロアのお茶室に向った。後から続いて司が入って来たのには驚いてしまったけれど、これってもしかしたら司がストーカーしていたのかも?
「珍しいっスね? 課長とココで会うのって、初めてじゃないっスか?」
司はそう言って笑ったけれど、なんとなく『ソレ』っぽい? 今浮べている笑顔だってわざとらしく思えて、私はツンとソッポを向いた。
昨日の事、私はまだ許してなんか……いないんだからねっ?
なのに司は、いつも通りの相変わらずな態度を取っている。少しは『悪かったなぁー』とか、『反省したんだよ』って思わせるような態度くらい取れないの?
そう思ったのだけれど、よくよく考えたら凹んでいる司なんてガラじゃなければ、私だって見たく……ないかも?
まぁいいか。普段の調子で話し掛けられちゃうと、そう無碍には出来ないし、私だって司の『上司』なのだから。
で、気を取り直して、私は司に向き直った。
「この後六時からQCね? 昨日指摘したパワーポイントの内容を、もう少し詳しく検討しますから」
QCとは、品質管理活動の事で、製造現場の従業員が自発的に職場の管理や改善を検討して、改善に繋いで行く社内小集団活動の事。現在では、全社的な視野に欠けると言う欠陥が指摘されて、以前よりはあまり持て囃されなくなったけれど、木村工業では今でも健在。通常業務とは別のもので、会社の新年度に部内で四、五人のグループメンバーを構成して、業務関連の改善を目標に一年間活動し、年度末頃に結果を報告する場が設けられている。勿論、単なる報告会では終わらず、内容を審査・評価されて、上位表彰チームには会社からそれなりの褒章が与えられるから、発表会は例年白熱化している。
本当は、昨日待ち合わせ場所に来なかった理由が聞きたかったのだけれど、私は敢えて仕事の話を切り出した。いつまでも拗ねている上司だと思われたくはないし、その事を問い質して、逆に司から私の弱味を掴まれてしまいそうな気がして、なんとなく厭だったから。
一瞬、司は怯んだ素振りを見せると、面倒臭そうに左の利き手で首筋を掻きながら、私から視線を逸らせた。
やっぱり……昨日の事を私が言い出すかと思って、身構えていたのね? そうはいかないわよ?
「キビシイよな? あれでいいじゃん?」
「良くないわ。二次選考は今回の比じゃないのよ?」
私の事務的なお約束の口調に、司は困った顔をして苦笑した。
本当は、私だって自分の業務が忙しくて、時間的な余裕なんか無い。今回の一次選考合格さえ無かったら、少しはその浮いた時間を自分の業務に充てる事が出来るのに……そう思う反面、私は元不良だったこの司が、車の運転と女の子以外で、仕事に関して興味を持ち、熱意を持って真剣に取り組んでいる姿を初めて目の当りにしてしまい、実の処驚かされていたんだもの。
そして司の上司としての立場と……そ、そのっ……『自分的には一応カノジョ』としての立場から、『司』と言う人材がこの会社でどこまで通用するものなのか、興味本位に知りたくなってしまったの。
この『自分的には一応カノジョ』……全く以って情無いのだけれど、司と私の出逢いは、司が新卒社員として私の部署に遣って来た一年前に遡る。自称『元走り屋』の司は、未だに私の事を『カノジョ』だって認めてくれてはいないみたい。
『俺が、いつ課長のコトをカノジョだって言いましたっけ?』
会社を出たら名前で呼んで欲しいのに、私が何度頼んでも、司は私の事を『課長』としか呼んでくれない。それどころか、いつも司はこの言葉を口にする。
私はその言葉を聞く度に、魔法でも掛けられたみたいに言い返せなくなってしまい、結局口を噤んでしまう。まるで私を黙らせる為の、司のダメ出しキメ言葉。
どうしてそんなに意地悪なのよ?