最終話
「あー、トイレに行ってて乗り遅れちゃったみたいだな?」
「み、みたいだなって……あ、あ、アンタねぇ……」
他人事のように言った司の言葉に、私は嬉しいやら、事後処理の事が頭に浮かんで気が重くなるやら……
「コイツ、やっと修理出来たんだ」
私の複雑な心境を無視して、司は嬉しそうに自分の車に顎を杓った。連日遅くまで外出していたのは、どうやら車の修理の為だったみたいだわ。
「旅行、どうするのよ?」
「ああ、なんかさ、急な用事でキャンセル待ちしていた人が居たから」
「その人に、司の席を譲ったって言うの?」
「うん」
シレッとして全く悪びれない司の笑顔に負けそう……この日の為にパスポート用意していたのに。海外旅行だなんて、こんなチャンスは滅多に無いと言うのに、司は『惜しい』とは思わないのかしら?
司の行動に面喰ってしまい、頭の中がぐちゃぐちゃだわ。眩暈がしそう……
「ほらぁ、サッサと乗って?」
「きゃっ?」
司は運転席のドアを開けるなり右手で私の右手首を掴むと、少し強めに引き寄せる。同時にウェストに左腕を伸ばして来た。私は咄嗟に反応が出来ず、勢い余ってくるんと身体の向きを反転させると、司の膝の上にすとんと座り込んでしまった。
「いやー、課長ってば積極的だなぁ。助手席は空いてますよ? それとも今すぐ即えっち?」
「んなっ、何言ってンのよぉおおお~~~!!!」
自分から遣っておいて、なに言ってるのよ?
スケベ丸出しの司の言葉に、真っ赤になって反論しようとしたその時だ。
私のバッグから、携帯がかわいらしい音を立てた。出ると、機上の人になっている事務員の彩加さんからだ。
=「課長ぅううう~、日高さんが乗ってないんですぅー。代わりにヘンなオジサンが乗ってるぅーどうしましょう?」
「……ぁ?」
背後から司の利き手が、私の左の脇を通ってするりと伸びて来た。喉元をなぞって軽く顎を掴まれる。驚いて、感じた私の肩がビクリと大きく跳ね上がった。
首を傾げるようにして振り向くと、司は悪戯っぽく笑って目配せした。そして、右の人差し指を立て、そっと私の唇に押し当てて『黙って』の合図を遣す。
=「課長ぅ~、聴いてますぅう~~~??? 課長ぉお~?」
私を覗き込むようにして、司の顔が近付いて来る――
半ベソを掻いている彼女の声を聴きながら、私の息が止まった……×××
ご一読、ありがとうございました。