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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: 雪乃フィオナ


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第8話 居場所の価値

 部屋の扉を開けた瞬間、空気が違っていた。


 昨日までと同じ空間のはずなのに、何かが決定的に変わっている。

 それは視覚でも聴覚でもなく、もっと曖昧な——“扱われ方”の違いだった。


「……」


 リシェルは一歩、部屋に入る。


 整然としていたはずの室内は、わずかに様相を変えていた。


 机の上の書類は減っている。

 本棚の一部も、空いている。


 ——整理が始まっている。


 それを理解するのに、時間はかからなかった。


 ノックの音。


「……どうぞ」


 扉が開き、侍女が二人、入ってくる。


 その動きは正確だが、どこかよそよそしい。


「アルヴァーレン嬢。本日より、この部屋の一部備品を回収させていただきます」


 呼び方が変わっている。


 敬称はある。

 だが、役割はない。


「そう」


 短く返す。


 感情は乗せない。


「必要なものがあれば、お申し付けください。ただし——」


 一人が言葉を区切る。


「王家に属する物品の持ち出しは、制限されます」


 当然の規則。


 だがその“説明の仕方”が、昨日とは違う。


 リシェルは一瞬だけ考え、答える。


「理解しているわ。問題ない」


「……かしこまりました」


 侍女たちは動き出す。


 静かに、効率的に。


 だが。


 そこにあったはずの“配慮”が消えている。


 必要最低限の動き。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 リシェルはそれを観察する。


 ——敬意が消えたのではない。


 必要がなくなっただけだ。


 それが結論だった。


 窓の外に目を向ける。


 庭は変わらず整えられている。


 人々も、変わらず動いている。


 世界は、何も変わっていない。


 変わったのは——


 自分の位置だけ。


「……」


 その事実を、改めて認識する。


 椅子に腰掛ける。


 もうすぐ、この椅子も回収されるだろう。


 この部屋も、別の誰かに与えられる。


 それが当然だ。


 リシェルは、自分の手元に残されたものを確認する。


 書類。

 筆記具。

 数冊の私物の書籍。


 それだけ。


 驚くほど、少ない。


 だが。


 ——問題はない。


 物の量は、価値を決めない。


 そう、理解している。


 その時だった。


「……あの」


 控えめな声。


 振り向くと、若い侍女が一人、手を止めてこちらを見ていた。


 見覚えのある顔。


 以前、何度か直接指示を出したことがある。


「何かしら」


「その……」


 言葉に詰まる。


 視線が揺れる。


 だが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「……お疲れ様でございました」


 短い言葉。


 形式ではない。


 個人の感情が、そこにあった。


 リシェルは一瞬だけ、思考を止める。


 ——この言葉は、何に対するものか。


 任務か。立場か。それとも。


 だが。


 答えは出ない。


「……ありがとう」


 そう返す。


 それが最も適切だと判断したから。


 侍女は小さく頭を下げ、再び作業に戻る。


 だがその背中には、わずかな緊張が残っていた。


 他の侍女たちは、何も言わない。


 ただ淡々と、作業を続ける。


 その対比が、はっきりと見える。


 リシェルは理解する。


 ——個人の感情と、役割の行動は別。


 そして今。


 自分は“役割”としては、すでに切り離されている。


 だからこそ。


 個人としての反応が、わずかに現れる。


 それは。


 これまでの環境では、ほとんど見られなかったものだった。


 静かに立ち上がる。


 部屋を見渡す。


 かつて自分の居場所だった空間。


 だが今は。


 ただの一室に過ぎない。


 価値は、そこにいる人間によって変わる。


 その事実を、改めて認識する。


 ——では。


 自分の価値は、どこにあるのか。


 その問いが、自然と浮かぶ。


 これまで、その答えは明確だった。


 王太子妃候補としての役割。


 それがすべてだった。


 だが今。


 それは、失われた。


 ならば。


 ——私は、何者なのか。


 問いは、重い。


 だが。


 逃げることはできない。


 リシェルは視線を落とし、ゆっくりと息を吐く。


 時間は三日。


 残された猶予は少ない。


 選ばなければならない。


 だが。


 その選択肢は、まだ提示されていない。


 それが、わずかな不安として胸に残る。


 だが同時に。


 ——選ぶ、という行為そのものが。


 これまでにない感覚として、そこにあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は「立場が消えると、何が残るのか」を描いた回でした。


誰も直接的に敵ではないのに、

確実に“居場所がなくなっていく”感覚が伝わっていれば嬉しいです。


ここから、いよいよ「選択肢」が提示されます。

そして主人公は、初めて“自分で選ぶ”段階に入ります。


もしここまで読んで続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、人生の分岐点となる提案が提示されます。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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