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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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30/37

第30話 あの日に足りなかったもの

 記録を書き終えた後も、しばらく動けなかった。


 ペンは置いている。

 紙も整っている。


 だが。


 ——思考だけが、止まらない。


「……変化の未共有」


 小さく呟く。


 先ほど書いた一文。


 それは、あまりにも明確だった。


 今回の案件。


 そして。


 ——自分の過去。


 重なっている。


 リシェルは、ゆっくりと目を閉じる。


 思い出す。


 カイルの言葉。


『君は、いつも正しいね』


 その後に続かなかった言葉。


 あの時。


 自分は、理由を求めた。


 正当性を求めた。


 だが。


 ——過程は、見ていなかった。


 変化があったのか。

 それがいつだったのか。


 考えもしなかった。


「……」


 胸の奥に、わずかな違和感が広がる。


 それは、痛みではない。


 だが。


 無視できないもの。


「気づいたか」


 ユリウスの声。


 リシェルは目を開ける。


 いつもの位置。


 だが。


 視線は、少しだけ柔らかい。


「……はい」


 短く答える。


「何にだ」


 問い。


 だが。


 答えは、すでに決まっている。


「……過程です」


 一拍。


「私は、結果しか見ていませんでした」


 ユリウスは、わずかに頷く。


「多くはそうだ」


 否定ではない。


 一般論。


「だが、それだと遅れる」


 短く言う。


 リシェルは、その言葉を受け止める。


 遅れる。


 ——壊れた後にしか気づけない。


 それが、これまでの自分。


「……今回の案件は」


 ゆっくりと言葉を選ぶ。


「壊れる前に変化がありました」


「そうだな」


「そして、それが共有されていなかった」


「そうだ」


 確認のようなやり取り。


 だが。


 その一つ一つが、繋がっていく。


「……では」


 リシェルは、さらに踏み込む。


「共有されていれば、結果は変わったのでしょうか」


 ユリウスは、少しだけ考える。


 そして。


「わからん」


 正直に答える。


 リシェルの思考が、一瞬止まる。


「……わからない」


「変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない」


 一拍。


「だが」


 視線を向ける。


「少なくとも、“突然”ではなくなる」


 その言葉。


 リシェルの中で、強く響く。


 ——突然ではなくなる。


 それは。


 受け止め方を変える。


 納得の形を変える。


「……」


 リシェルは、静かに息を吐く。


 そして。


 ゆっくりと、言葉にする。


「私は」


 一拍。


「突然だと思っていました」


 婚約破棄。


 あの時。


 すべてが急に終わったと。


 そう思っていた。


 だが。


「……違ったのかもしれません」


 その可能性を。


 初めて、受け入れる。


 ユリウスは何も言わない。


 ただ、聞いている。


 リシェルは続ける。


「変化は、あった」


 一拍。


「ただ、見ていなかった」


 その結論。


 静かだが。


 確かだった。


 沈黙。


 だが。


 重くはない。


 整理されている。


 理解に向かっている。


 その時。


「いいじゃん」


 軽い声。


 マルタが、いつの間にか近くに立っていた。


「やっと“自分の話”になってきた」


 リシェルは、わずかに視線を向ける。


「……そう見えますか」


「見える見える」


 マルタは笑う。


「それ、大事よ」


 一拍。


「他人事のままだと、絶対わからないから」


 その言葉。


 リシェルは、静かに受け取る。


 確かに。


 これまでは。


 他人の関係だった。


 だが今は。


 ——自分の中と繋がっている。


「……では」


 リシェルは、ゆっくりと口を開く。


「次にするべきことは」


 一瞬、言葉を探し。


「変化を見逃さないこと」


 マルタが、すぐに頷く。


「正解」


 軽く言う。


 だが。


 その言葉は、確かだった。


 リシェルは、静かに頷く。


 そして。


 記録を見下ろす。


 今回の案件。


 それは。


 単なる一つの例ではない。


 自分にとっての。


 ——再構築の始まり。


 リシェルは、ゆっくりとペンを取る。


 そして、書き加える。


「——変化の認識と共有の重要性」


 その一文。


 それは。


 仕事のためであり。


 同時に。


 自分のための、記録だった。


 リシェルは、ペンを置く。


 そして。


 静かに理解する。


 ——あの日に足りなかったもの。


 それは。


 正しさではない。


 理由でもない。


 ——過程。


 その一つが。


 ようやく、見え始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回、主人公はついに

「自分の婚約破棄」と真正面から向き合い始めました。


これまでの案件がすべて、

ここに繋がってきています。


ここからさらに、

主人公の核心に踏み込んでいきます。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、主人公が“過去を再解釈する”展開になります。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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