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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第27話 選べなかった側の言葉

 部屋に入った瞬間、空気が重く沈んでいた。


 これまでのどの案件とも違う。

 怒りでも、冷静でもない。


 ——終わった後の静けさ。


 その中心に、二人が座っていた。


 一人は若い女性。

 視線は落ち、指先は膝の上で固く握られている。


 もう一人は、年上の男性。

 背筋を伸ばし、表情を保っているが、その目にはわずかな疲労が滲んでいた。


 距離は、近くも遠くもない。


 だが。


 ——完全に断絶している。


 リシェルはそれを理解する。


 ユリウスが小さく言う。


「離縁確定案件だ」


 短い説明。


 だが、それで十分だった。


 ——終わっている。


 ここにあるのは、調整ではない。


 整理だ。


 裁判官が告げる。


「本件は、婚約解消に関する最終確認となる」


 その言葉に。


 リシェルの中で、何かがわずかに動く。


 ——婚約解消。


 自分の過去と、重なる。


 だが。


 今は、それを脇に置く。


 観察する。


 女性が、ゆっくりと口を開く。


「……異議はありません」


 短い言葉。


 感情は、ほとんど乗っていない。


 だが。


 ——削ぎ落とされた結果。


 その背後に、何かがある。


 男性も頷く。


「同じく」


 それだけ。


 会話は成立している。


 だが。


 何も交わっていない。


 リシェルは、ペンを持つ。


 だが。


 すぐには書かない。


 見る。


 感じる。


 この“終わった関係”を。


 ユリウスが低く言う。


「どう見る」


 問い。


 リシェルは、少しだけ考える。


 そして。


「……調整の余地はありません」


 正確に答える。


 ユリウスは頷く。


「その通りだ」


 一拍。


「じゃあ、何をする」


 次の問い。


 リシェルの思考が、静かに動く。


 終わっている関係。


 調整も、修復もできない。


 ならば。


 ——何を残すか。


 リシェルは、ゆっくりと口を開く。


「確認する必要があります」


 二人を見る。


「この解消が、双方の意思であるか」


 形式的な確認。


 だが。


 それだけではない。


 女性が頷く。


「はい」


 男性も、同じように答える。


「問題ない」


 その瞬間。


 リシェルの中で、違和感が生まれる。


 ——問題ない。


 その言葉。


 これまで、何度も聞いた。


 だが。


 それは。


 必ずしも、事実ではない。


 リシェルは、少しだけ踏み込む。


「……確認させてください」


 女性を見る。


「この決定に、後悔はありませんか」


 その問い。


 場の空気が、わずかに変わる。


 男性が眉をひそめる。


「……必要な質問か」


 低く言う。


 リシェルは、視線を外さない。


「必要だと判断しました」


 静かに答える。


 ユリウスは、何も言わない。


 止めない。


 女性は、しばらく黙っていた。


 そして。


 ゆっくりと顔を上げる。


 その目は。


 先ほどとは、違っていた。


「……あります」


 小さく言う。


 その一言で。


 空気が、変わる。


 男性が、わずかに動く。


 だが。


 何も言わない。


 女性は続ける。


「でも」


 一拍。


「それでも、これしかなかった」


 その言葉。


 リシェルは、強く意識する。


 ——選択。


 選ばれた側ではない。


 選んだ側でもない。


 ——選べなかった側。


 その可能性。


「……確認します」


 リシェルは、さらに踏み込む。


「他の選択肢は、存在しなかったとお考えですか」


 女性は、少しだけ考え。


 そして。


「……あったかもしれません」


 曖昧な答え。


 だが。


「でも」


 一拍。


「その時は、見えませんでした」


 その言葉。


 リシェルの中で、何かが強く響く。


 ——見えなかった。


 それは。


 自分にも、当てはまる。


 婚約破棄。


 あの時。


 自分は。


 何を見ていたのか。


 何を、見ていなかったのか。


 思考が、一瞬だけ過去に引かれる。


 だが。


 戻る。


 今は。


 この場だ。


 男性が、初めて口を開く。


「……それでいい」


 短く言う。


「終わったことだ」


 その言葉は、整理だった。


 前に進むための。


 女性は、何も言わない。


 ただ、小さく頷く。


 裁判官が、静かに告げる。


「婚約解消を正式に認める」


 結論。


 静かで、確実な。


 リシェルは、それを記録する。


 だが。


 今回は、それだけでは終わらない。


 ペンを止める。


 そして。


 もう一行、書き加える。


「——後悔の存在を確認」


 その一文。


 ユリウスが、それを見て。


 わずかに目を細める。


 だが。


 何も言わない。


 それが、答えだった。


 リシェルは、ペンを置く。


 そして。


 静かに理解する。


 ——終わった関係にも。


 残るものがある。


 それは。


 契約ではない。

 条件でもない。


 ——感情。


 そして。


 ——未完。


 リシェルは、ゆっくりと目を閉じる。


 胸の奥で、何かが確実に繋がる。


 自分の過去と。


 今の仕事と。


 それが。


 初めて、明確な形になり始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は「完全に終わった関係」を扱いました。


そしてその中で、

“選べなかった側”という新しい視点が出てきています。


これは主人公自身の過去にも強く関わるテーマです。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この経験が主人公の内面にどう影響するのか、

さらに深く踏み込んでいきます。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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