第26話 関与するという責任
案件が終わった後も、感覚はすぐには戻らなかった。
リシェルは席に戻り、記録を見つめる。
「——関係維持、経過観察」
その一文。
これまでの記録とは、明確に違っていた。
決着ではない。
断絶でもない。
——継続。
そして。
自分が、そこに関与したという事実。
「……」
指先が、わずかに止まる。
これまでは。
結果を記録していた。
だが今回は。
——結果に影響を与えた。
その違いが、静かに重くのしかかる。
「顔に出てるぞ」
ユリウスの声。
リシェルは顔を上げる。
いつもの位置。
腕を組み、こちらを見ている。
「……そうでしょうか」
「珍しくな」
短く言う。
だが。
そこに、わずかな興味がある。
「……一つ、確認させてください」
リシェルは言う。
「何だ」
「今回の提案は」
一拍。
「適切だったのでしょうか」
問い。
これまでの彼女なら、必要としなかったもの。
ユリウスは、すぐには答えない。
少しだけ考え。
そして言う。
「適切かどうかは、結果で決まる」
事務的な答え。
だが。
「ただし」
一歩、近づく。
「一つだけ言える」
リシェルを見る。
「お前は、関わった」
その言葉に。
リシェルの思考が、静かに動く。
関わった。
それは。
単なる事実。
だが。
「それがどういうことか、わかるか」
問いが重なる。
リシェルは少しだけ考える。
そして。
「……結果に対して、責任を持つということ」
答える。
ユリウスは、わずかに頷く。
「そうだ」
短く肯定する。
「記録だけなら、責任は限定的だ」
一拍。
「だが、関与した場合は違う」
その言葉は、重かった。
リシェルは、静かに受け止める。
今回の提案。
あの夫婦がどうなるか。
それは。
完全に自分の責任ではない。
だが。
——無関係でもない。
その中間。
それが。
今の立場。
「……理解しました」
短く答える。
だが。
それは、単なる理解ではない。
実感に近いもの。
ユリウスは、それを見て。
少しだけ口元を緩める。
「いい顔になってきたな」
軽く言う。
リシェルは、わずかに眉を動かす。
「それは、評価でしょうか」
「さあな」
肩をすくめる。
だが。
否定はしない。
その時。
「おー、やってるやってる」
軽い声が割り込む。
振り向くと、マルタが近づいてきていた。
「初関与、どうだった?」
からかうような口調。
だが。
観察している目。
リシェルは答える。
「……不確定要素が増えました」
「でしょ?」
マルタは笑う。
「でも、それが人間よ」
軽く言う。
リシェルは、少しだけ考え。
「……理解はしています」
「ほんとに?」
マルタが首を傾げる。
試すような視線。
リシェルは、正確に答える。
「完全ではありません」
その答えに。
マルタは満足そうに頷く。
「それでいい」
一拍。
「完璧に理解したと思ったら、それはもうズレてるから」
その言葉。
リシェルは、静かに受け取る。
完璧ではない。
だからこそ。
進める。
「……次の案件は」
リシェルが言いかけると。
「もう来てる」
ユリウスが割り込む。
奥の部屋を顎で示す。
「少し厄介だ」
その言葉に。
空気が、わずかに変わる。
マルタが軽く笑う。
「“重い”やつよ」
その一言。
リシェルは、直感的に理解する。
——これまでとは違う。
感情でも、契約でもない。
別の何か。
リシェルは立ち上がる。
ペンを持つ。
そして。
歩き出す。
今度は。
ただ観察するだけではない。
ただ整理するだけでもない。
——関わる。
その意味を、理解し始めたまま。
次の関係へと、向かっていく。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は「関与することの責任」に踏み込んだ回でした。
主人公はただの観察者ではなく、
少しずつ“関係に影響を与える存在”へと変化しています。
そしてその分、
背負うものも増えていきます。
もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、
ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。
次話では、これまでとは性質の違う“重い案件”が登場します。
物語はさらに深い領域に入っていきます。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




