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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第25話 踏み込むという選択

 沈黙は、長くは続かなかった。


 だが。


 その短い沈黙の中で、確かに何かが変わっていた。


 妻は視線を落としたまま。

 夫は言葉を探すように、わずかに口を開きかけては閉じる。


 ——止まっていたものが、わずかに動いた。


 リシェルは、それを見て理解する。


 だが。


 同時に。


 ——ここから先は、難しい。


 ただ指摘するだけでは足りない。


 構造を示すだけでは、進まない。


 ならば。


 どうするか。


 リシェルは、ほんの一瞬だけ考える。


 そして。


 ——踏み込む。


 その選択をする。


「提案があります」


 静かに言う。


 二人の視線が、ゆっくりとこちらに向く。


 これまでとは違う。


 ——ただの記録官ではない。


 その認識が、わずかに生まれている。


「現在の関係は、維持されています」


 事実を確認する。


「ですが、変化がない状態です」


 一拍。


「そのため、意図的な“更新”が必要です」


 夫が眉をひそめる。


「更新?」


「はい」


 リシェルは頷く。


「例えば」


 言葉を選ぶ。


「定期的に、互いの考えを確認する時間を設ける」


 具体的な提案。


 だが。


 それは、これまでの彼女のやり方ではない。


 構造ではなく。


 ——行動。


 妻が、小さく顔を上げる。


「……話す、ということですか」


「ええ」


「でも」


 少しだけ迷いが見える。


「何を話せばいいのか……」


 その言葉。


 リシェルの思考が、一瞬止まる。


 ——そこか。


 これまでなら。


 明確な項目を提示していた。


 だが。


 今回は。


 それだけでは足りない。


 マルタの言葉が、よぎる。


『頭だけで考えるの、少しやめな』


 リシェルは、ゆっくりと息を整える。


 そして。


 少しだけ、言葉の形を変える。


「……内容は、重要ではありません」


 自分でも、少し意外な言い方だった。


 だが。


 続ける。


「重要なのは、“話すこと”そのものです」


 夫が、わずかに動く。


 妻も、静かに聞いている。


「現在、お二人は“必要なこと”は共有しています」


 一拍。


「ですが、“それ以外”が存在していません」


 その指摘。


 先ほどと同じ内容。


 だが。


 今度は、少しだけ違う形で届く。


「それを、意図的に作る」


 短く言う。


「最初は、形式でも構いません」


 夫が、ゆっくりと口を開く。


「……意味があるのか」


 その問い。


 リシェルは、少しだけ考える。


 そして。


 正確に答える。


「保証はできません」


 率直に。


 だが。


「ですが」


 一拍。


「現状を維持するよりは、変化の可能性があります」


 その言葉に。


 夫は沈黙する。


 合理的な比較。


 それは、彼の理解できる形だった。


 妻は、小さく頷く。


「……試してみる価値は、あるかもしれません」


 その言葉。


 リシェルは、静かに受け取る。


 ——完全な納得ではない。


 だが。


 拒絶でもない。


 その中間。


 夫も、やがて小さく息を吐く。


「……そうだな」


 短く言う。


「このままよりは、いいかもしれない」


 その一言で。


 流れが決まる。


 裁判官が、静かに頷く。


「では、本件は関係維持の上で経過観察とする」


 結論。


 今回は。


 ——壊れなかった。


 リシェルは、その言葉を記録する。


 ペンを走らせながら。


 理解する。


 ——これは。


 解決ではない。


 だが。


 介入だ。


 関係に対して、初めて。


 自分の言葉で、影響を与えた。


 書き終える。


 ペンを置く。


 胸の奥に、わずかな違和感と。


 それとは別の感覚があった。


 ——これは、正しかったのか。


 完全には、わからない。


 だが。


 確かに。


 何かは動いた。


 ユリウスが、低く言う。


「……やったな」


 短い言葉。


 だが。


 それは、評価だった。


 リシェルは、少しだけ視線を向ける。


「……適切だったでしょうか」


「さあな」


 ユリウスは肩をすくめる。


「結果は後でわかる」


 一拍。


「だが」


 わずかに口元を緩める。


「踏み込んだのは、初めてだな」


 その言葉に。


 リシェルは、静かに頷く。


 その通りだった。


 これまで。


 構造を示すことはあった。


 整理することもあった。


 だが。


 ——関係に関与したのは、初めて。


 その違いが。


 はっきりと、そこにあった。


 リシェルは、ゆっくりと息を吐く。


 そして。


 自分の中で、確認する。


 ——正しさだけでは足りない。


 だが。


 それに、何を加えるか。


 まだ。


 完全には、わからない。


 それでも。


 確かに。


 一歩、進んでいる。


 その感覚だけは。


 はっきりと、そこにあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は主人公が初めて「踏み込む」選択をしました。


ただ分析するのではなく、

関係に対して影響を与える側に回った重要な回です。


ここから主人公は、

「観察者」から「関与者」へと変化していきます。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この変化が主人公自身にどう返ってくるのか、

そしてユリウスとの関係にも変化が生まれます。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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