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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第24話 壊れる前を見るということ

 翌日の案件は、これまでとは違う意味で静かだった。


 声はある。

 会話も成立している。


 だが。


 ——何も起きていないように見える。


 それが、逆に不自然だった。


 リシェルは席につき、目の前の二人を見る。


 中年の夫婦。


 整った服装。

 落ち着いた態度。


 言葉も丁寧で、衝突はない。


 だが。


 ——視線が合わない。


 ほんのわずか。


 だが確実に。


 互いに、相手を見ていない。


 リシェルはそれを捉える。


 そして。


 マルタの言葉を思い出す。


『壊れる前って、一番わかりにくいのよ』


 ——これが。


 それか。


 ユリウスが低く言う。


「どう見る」


 リシェルはすぐには答えない。


 観察を続ける。


 夫が言う。


「特に問題はありません」


 妻も頷く。


「ええ、生活は安定しています」


 言葉だけを見れば、問題はない。


 だが。


 リシェルは、そこに違和感を感じる。


 ——内容が、空白だ。


 具体性がない。


 感情がない。


 ただ。


 “問題がない”という言葉だけが並んでいる。


「確認します」


 リシェルは口を開く。


 二人の視線が向く。


「現在、離縁を望んでいるわけではない」


「はい」


 夫が答える。


「ただ」


 妻が続ける。


「このままでいいのか、確認したくて」


 その言葉。


 リシェルは、わずかに意識する。


 ——確認。


 終わりではない。


 だが。


 進んでもいない。


 止まっている。


「……具体的に、どの点を確認したいとお考えですか」


 リシェルは問いを重ねる。


 妻は少し考え。


「……何も問題がないこと、です」


 その答えに。


 リシェルの思考が、わずかに揺れる。


 ——それは。


 本当に“確認”なのか。


 それとも。


 別の何かか。


 夫が続ける。


「現状に不満はありません」


 一拍。


「ですから、維持すべきだと考えています」


 合理的な答え。


 だが。


 そこにも。


 ——空白。


 リシェルは、そこで気づく。


 これは。


 問題がないのではない。


 ——問題を、言語化していない。


 マルタの言葉が重なる。


『壊れる前って、一番わかりにくい』


 リシェルは、少しだけ視点を変える。


 言葉ではなく。


 ——間を見る。


 妻が話す時、夫はわずかに視線を外す。

 夫が話す時、妻は頷くが、目は合わない。


 小さなズレ。


 だが。


 確実に積み重なっている。


 リシェルは、静かに言う。


「お二人は」


 一拍。


「日常的に、会話をされていますか」


 その問いに。


 空気が、わずかに止まる。


 夫が答える。


「必要なことは」


 妻も頷く。


「問題はありません」


 同じ答え。


 だが。


 その時。


 ほんの一瞬。


 妻の指が、わずかに動く。


 無意識の動き。


 それを。


 リシェルは見逃さない。


 ——ここだ。


 壊れる前の、小さな違和感。


 リシェルは続ける。


「“必要なこと”以外の会話は」


 問いを重ねる。


 今度は、答えが遅れる。


 数秒。


 そして。


「……特には」


 妻が答える。


 その声は、わずかに低かった。


 リシェルは理解する。


 ——空白は、ここにある。


 会話はある。

 だが。


 必要最低限。


 それ以上はない。


 夫婦としての関係が。


 維持はされている。


 だが。


 ——進んでいない。


 リシェルは、少しだけ考える。


 これを。


 どう扱うか。


 契約ではない。

 破綻でもない。


 だが。


 このままでは。


 ——壊れる。


 その予兆。


 リシェルは、ゆっくりと口を開く。


「現在の関係は、安定しています」


 二人が頷く。


「ですが」


 一拍。


「変化がありません」


 その言葉に。


 わずかに、空気が動く。


「会話は必要最低限にとどまり、相互理解の更新が行われていない」


 静かに続ける。


「この状態が続いた場合」


 リシェルは、少しだけ言葉を選び。


「関係の停滞が、やがて乖離へと繋がる可能性があります」


 専門的な言い回し。


 だが。


 意味は明確。


 夫が、初めて眉をひそめる。


「……問題がないのに、か」


 その問い。


 リシェルは、少しだけ考え。


 そして、答える。


「問題が見えていない状態は」


 一拍。


「問題がない状態とは、限りません」


 その言葉に。


 沈黙が落ちる。


 妻が、ゆっくりと視線を下げる。


 そして。


「……そうかもしれません」


 小さく、呟く。


 夫は何も言わない。


 だが。


 その表情には、わずかな変化があった。


 リシェルは、それを見る。


 ——壊れていない。


 だが。


 このままでは、壊れる。


 その境界。


 リシェルは、初めて。


 そこに立っていることを、自覚する。


 ユリウスが、小さく言う。


「……見えてきたな」


 リシェルは、静かに頷く。


 まだ、完全ではない。


 だが。


 確かに。


 壊れる前が、見え始めている。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は「問題がない関係」という、

一見安定しているが危うい状態を描きました。


ここで主人公は、

“壊れる前”を初めて明確に捉え始めています。


これは今後の大きな成長ポイントになります。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この関係にどう関わるか、

主人公が一歩踏み込む展開になります。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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