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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第22話 扱えなかったもの

 記録を書き終えた後も、胸の奥に何かが残っていた。


 それは不快感ではない。

 焦りでもない。


 ——理解できなかった、という感覚。


 リシェルは机に向かい、先ほどの記録を見返す。


「——契約解消、双方合意」


 簡潔な結論。


 整っている。


 だが。


 ——何も残っていない。


 そう感じる。


 なぜ、この関係は壊れたのか。

 なぜ、修復できなかったのか。


 そこにあるはずの“過程”が、抜け落ちている。


 リシェルはゆっくりと目を閉じる。


 思い返す。


 若い男の言葉。


『もう、信用できない』


 その一言で、すべてが終わった。


 契約の再構築も。

 合理的な提案も。


 ——届かなかった。


「……なぜ」


 小さく呟く。


 答えは、見えている。


 だが。


 理解しきれていない。


 その時。


「まだ考えているのか」


 ユリウスの声。


 振り向くと、壁にもたれたままこちらを見ている。


「……はい」


 否定しない。


「珍しいな。お前が“わからない”と言うのは」


 淡々とした言葉。


 だが。


 わずかに興味が混じっている。


「……今回は」


 言葉を選ぶ。


「構造は理解できました」


「だろうな」


「ですが」


 一拍。


「扱えませんでした」


 その言葉は、はっきりしていた。


 ユリウスは少しだけ目を細める。


「どこがだ」


 問い。


 試すようなものではない。


 確認。


 リシェルは視線を落とし、答える。


「信頼です」


 短く。


 だが、正確に。


「契約は再構築できる。条件も整理できる」


 一つ一つ、言葉にする。


「ですが、信頼は——」


 そこで、言葉が止まる。


 適切な表現が、見つからない。


 ユリウスが補うように言う。


「戻らない」


 リシェルは、ゆっくりと頷く。


「……はい」


 それが、最も近い。


 沈黙。


 だが、重くはない。


 思考が進んでいる。


 ユリウスは腕を組む。


「で、どうする」


 短い問い。


 だが。


 核心。


 リシェルは、すぐには答えない。


 考える。


 これまでなら。


 解決策を提示していた。


 だが今回は。


 それができなかった。


 ならば。


 何をすべきか。


「……理解する必要があります」


 ゆっくりと、言葉にする。


「信頼が、どこで壊れるのか」


 一拍。


「そして、壊れた後に、どうなるのか」


 ユリウスはそれを聞き、わずかに口元を緩める。


「ようやく、そこに来たか」


 肯定とも、評価ともつかない言葉。


 だが。


 否定ではない。


「……遅いですか」


「いや」


 ユリウスは首を振る。


「普通は、そこまで辿り着かない」


 それは、事実だった。


 多くは、契約で終わる。

 条件で処理する。


 だが。


 リシェルは、それでは足りないと気づいた。


 その違い。


 それが、今ここにある。


 リシェルは、静かに息を吐く。


 そして。


 視線を、机の上から少しだけ外す。


 そこにあるのは、書類ではない。


 ——記憶。


 婚約破棄。


 あの時。


 カイルは言った。


『君は、いつも正しいね』


 その言葉。


 そして。


『ただ——』


 続かなかった言葉。


 あの“未完”。


 リシェルは、ゆっくりと理解する。


 ——あれも。


 信頼だったのではないか。


 正しいだけでは、足りなかった。


 だから。


 壊れた。


 その可能性が、はっきりと浮かぶ。


「……私は」


 無意識に、言葉がこぼれる。


「理解していなかったのかもしれません」


 ユリウスは、何も言わない。


 ただ、聞いている。


「正しいことが、すべてだと考えていました」


 一拍。


「ですが、それだけでは」


 言葉が、自然と続く。


「関係は、維持できない」


 その結論に。


 リシェル自身が、静かに辿り着く。


 沈黙。


 だが。


 それは終わりではない。


 始まりだった。


 ユリウスが、短く言う。


「いい傾向だ」


 それだけ。


 だが。


 十分だった。


 リシェルは頷く。


 そして。


 ペンを取る。


 新しい紙を引き寄せる。


 記録ではない。


 整理でもない。


 ——理解のための書き出し。


 リシェルは、ゆっくりと書く。


「——信頼の破綻に関する考察」


 その一文は。


 仕事のためであり。


 同時に。


 自分自身のためでもあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は「扱えなかったもの=信頼」に焦点を当てた回でした。


主人公は初めて、

自分の限界を“正確に認識する”段階に入っています。


そしてその気づきが、

過去の婚約破棄とも繋がり始めました。


もしここまで読んで、

この先の変化を見届けたいと思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、新たな人物との関わりを通して、

主人公の価値観がさらに揺さぶられます。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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