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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第18話 言葉にされなかったもの

 視線が、交わったまま止まっている。


 ほんの一瞬のはずだった。

 だが、その一瞬が引き延ばされたように、時間が緩やかになる。


 女の瞳には、揺れがあった。

 怒りでも、悲しみでもない。


 ——確かめるような色。


 男の方は、わずかに目を逸らしそうになり、そして踏みとどまる。


 逃げかけて、止まる。


 その動きが、はっきりと見えた。


 リシェルは、その“変化”を捉える。


 ——ここが分岐点。


 言葉にされなかったものが、最も強く働く瞬間。


 女が、ゆっくりと口を開く。


「……どうして」


 声は、先ほどよりも低い。


 感情を押し殺した音。


「どうして、わかろうとしなかったの」


 問い。


 責める形ではあるが。


 その奥にあるのは。


 ——確認。


 男はすぐには答えない。


 数秒の沈黙。


 その間に、何かを探している。


 言葉か。

 理由か。

 あるいは——


 言い訳か。


 リシェルは、それを観察する。


 これまでなら。


 この沈黙は、無駄として処理していた。


 だが今は。


 ——ここに意味がある。


 ユリウスの言葉が、頭の中で重なる。


『感情がどこで動いたか』


 男が、ようやく口を開く。


「……仕事が忙しかった」


 短い言葉。


 だが。


 その瞬間、空気が変わる。


 女の表情が、完全に閉じる。


 期待が、消える。


 リシェルはそれを見て、理解する。


 ——違う。


 その答えは。


 求められていたものではない。


 男は続ける。


「余裕がなかったんだ。だから——」


「違う」


 女が遮る。


 静かに。


 だが、明確に。


「そういうことじゃない」


 一歩、踏み出す。


 その動きに、決意がある。


「忙しいのは、わかってる」


 その言葉は、意外だった。


 否定ではない。


 理解している。


 その上で。


「でも」


 一拍。


「それでも、何も変わらなかった」


 その言葉に。


 男が、言葉を失う。


 リシェルは、そこで気づく。


 ——女は、答えを知っている。


 だからこそ。


 確認している。


 男が、視線を逸らす。


 そして。


 小さく言う。


「……何をすればよかった」


 その言葉は。


 初めての、問いだった。


 リシェルの中で、何かが繋がる。


 ——これまで、問いがなかった。


 だから。


 理解もなかった。


 女は、少しだけ驚いたように目を見開く。


 だが。


 すぐに、表情を整える。


「……そういうことじゃない」


 再び、同じ言葉。


 だが今度は。


 少しだけ、柔らかい。


「正解が欲しいんじゃない」


 リシェルの手が、わずかに動く。


 その言葉を、強く意識する。


「ただ」


 女は、ゆっくりと続ける。


「わかろうとしてほしかった」


 その一言。


 それが。


 この関係の、核心だった。


 リシェルは、それを書き留める。


 言葉そのものではなく。


 構造として。


 ——正解ではなく、理解。


 男は、しばらく黙っていた。


 そして。


 初めて。


 視線を、正面に戻す。


「……俺は」


 言葉が、途切れる。


 だが。


 今度は。


 逃げない。


「……わかってなかった」


 それは。


 認める言葉。


 短いが。


 確かに。


 重みがあった。


 女の肩が、わずかに緩む。


 完全ではない。


 だが。


 閉じていたものが、少しだけ開く。


 リシェルは、その変化を見逃さない。


 ——まだ、終わっていない。


 壊れていない。


 ここから。


 どちらにも転ぶ。


 裁判官が、静かに口を開く。


「確認する」


 二人を見る。


「離縁を前提とするか、それとも関係修復の余地を探るか」


 選択。


 今度は、彼らの。


 女は、少しだけ目を閉じる。


 考える時間。


 そして。


「……まだ」


 ゆっくりと開く。


「決められません」


 その答えは、曖昧だ。


 だが。


 正確だった。


 男も、同じように頷く。


「……俺もだ」


 リシェルは、そのやり取りを見て。


 理解する。


 ——これは、終わりではない。


 だが。


 同時に。


 ——続きでもない。


 ただ。


 止まった状態。


 裁判官は頷く。


「では、本件は一時保留とする」


 静かに告げる。


「一定期間後、再審理とする」


 決着ではない。


 だが。


 区切り。


 二人は、小さく頭を下げる。


 そして。


 同時に立ち上がる。


 だが。


 今度は。


 視線が、わずかに交わったままだった。


 完全ではない。


 だが。


 最初とは、違う。


 扉が閉まる。


 静寂。


 リシェルは、ゆっくりと息を吐く。


 そして。


 記録を見下ろす。


 今回の案件。


 契約はない。

 明確な正解もない。


 だが。


 確かに、動いたものがある。


 それを。


 どう記録するか。


 リシェルはペンを取る。


 そして、書く。


「——理解の欠如により関係悪化」


 一拍。


 そして。


 もう一行、加える。


「——理解の意思により、修復の可能性あり」


 書き終える。


 その言葉を見て。


 リシェルは、静かに思う。


 ——これは。


 自分の話でもあるのかもしれない。


 まだ、確信はない。


 だが。


 確かに、繋がっている。


 その感覚だけが。


 残っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回の案件は「壊れる前」で止まりました。

そして初めて、“修復の可能性”という要素が出てきました。


この物語は「壊れた関係」だけでなく、

「壊れかけた関係」や「戻れる関係」も扱っていきます。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この経験が主人公自身にどう影響するのか、

そして次の案件へと繋がっていきます。


明日からは1日1話の投稿予定です。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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