表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

第17話 壊れる前の瞬間

 次の案件は、空気が違った。


 部屋に入った瞬間、リシェルはそれを理解する。


 先ほどの案件とは異なる、張り詰めた静けさ。


 声は出ていない。


 だが。


 ——壊れる直前の緊張。


 それが、空間全体に満ちていた。


 席に着いているのは二人。


 若い男女。


 どちらも、まだ言葉を発していない。


 だが、その視線は交わらない。


 互いに、別の方向を見ている。


 裁判官が静かに言う。


「本件は、婚姻継続の可否についての審理となる」


 離縁ではない。


 まだ、壊れてはいない関係。


 だが。


 ——限界に近い。


 リシェルは直感的にそう判断する。


 ユリウスが小さく言う。


「記録しろ。今回は、最初からだ」


 リシェルは頷く。


 ペンを持つ。


 そして。


 今回は、すぐには書き始めない。


 まず。


 ——見る。


 男は腕を組み、視線を床に落としている。

 女は手を握りしめ、何かを耐えるように唇を結んでいる。


 言葉はない。


 だが。


 確かに、感情は動いている。


 ユリウスが続ける。


「発言を」


 短い指示。


 裁判官が視線を向ける。


「どちらからでも構わない」


 沈黙。


 数秒。


 やがて、女が口を開いた。


「……もう、限界です」


 その声は、小さかった。


 だが。


 はっきりとした決意があった。


 リシェルは、そこでペンを動かす。


 ——最初の発言。


 だが。


 それだけではない。


 その声の強さ。

 言葉の選び方。


 それも、意識する。


 男が顔を上げる。


「……何がだ」


 短く返す。


 だが。


 その声には、苛立ちではなく——


 戸惑いが混じっていた。


 リシェルは、それを捉える。


 女が続ける。


「何も、変わらないから」


 一拍。


「ずっと、同じで」


 言葉が途切れる。


 だが。


 その間に、意味がある。


 リシェルは、その“間”を意識する。


 男が眉をひそめる。


「……何の話だ」


「わからないの?」


 女の声が、わずかに強くなる。


 だが。


 怒りではない。


 ——失望。


 リシェルは、それを感じ取る。


 そして、記録する。


 言葉ではなく、構造として。


 男は首を振る。


「言わなきゃわからないだろ」


 その言葉。


 リシェルの手が、一瞬止まる。


 ——言わなきゃ、わからない。


 それは。


 正しい。


 だが。


 それだけではない。


 女が笑う。


 小さく。


 力のない笑い。


「……やっぱり」


 その一言に。


 すべてが含まれている。


 リシェルは、それを理解する。


 ——ここで、壊れる。


 その直前。


 ユリウスが低く言う。


「見えてきたか」


 リシェルは答えない。


 だが。


 確かに、見えている。


 この関係は。


 契約の問題ではない。


 状況の問題でもない。


 ——認識の問題。


 互いに、相手の見ているものがわからない。


 だから。


 言葉が届かない。


 女が言う。


「何度も言った」


 一拍。


「でも、あなたは聞いてなかった」


 男が反論する。


「聞いてた!」


「違う」


 即座に否定。


「理解してなかった」


 その言葉に。


 場が、静まる。


 リシェルは、それを書き留める。


 ——“聞く”と“理解する”の差。


 それが、核心。


 男は、言葉を失う。


 初めて。


 反論が止まる。


 その瞬間。


 リシェルは理解する。


 ——ここだ。


 感情が、動いた場所。


 ユリウスが小さく頷く。


 それが、合図のようだった。


 リシェルは、静かに口を開く。


「確認します」


 場の全員が、こちらを見る。


「あなたは、“伝えた”と考えている」


 女に向けて。


「ええ」


「そして、あなたは“聞いていた”と考えている」


 男に向けて。


「……ああ」


「ですが」


 一拍。


「理解は、共有されていない」


 その言葉に。


 二人の視線が、初めて交わる。


 ほんの一瞬。


 だが。


 確かに。


 交差した。


 リシェルは、それを見る。


 そして、確信する。


 ——ここから、変わる。


 あるいは。


 完全に壊れる。


 その分岐点に。


 今、立っている。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は「壊れる直前の関係」を描きました。


これまでの案件とは違い、

まだ終わっていない関係だからこそ、

“どこでズレたのか”がより鮮明に見えてきます。


そして主人公も、

感情の「動いた瞬間」を捉え始めています。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この関係がどう決着するのか、

そして主人公が一歩踏み込む場面になります。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ