表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/24

第16話 感情を扱えない者

 案件が終わった後も、ざわめきは完全には消えなかった。


 離縁裁判所の中は、常に誰かの声がある。

 怒り、諦め、言い訳、懇願。


 それらが混ざり合い、空気を満たしている。


 リシェルは自分の席に戻り、先ほどの記録を見直していた。


 文章は整っている。

 構造も明確。

 論理的な矛盾もない。


 ——問題はない。


 そう結論づける。


 だが。


「……納得、か」


 小さく呟く。


 その言葉だけが、紙の上に残らない。


 どれだけ正確に記録しても。


 “納得したかどうか”は、記述できない。


 それが、この仕事の難しさだった。


「考え込んでるな」


 声が降る。


 顔を上げると、ユリウスが机に肘をついてこちらを見ていた。


「初回でそこまで整理できてるなら、上出来だ」


「……そうでしょうか」


「少なくとも、落第ではない」


 淡々とした評価。


 だが。


 そこで終わらない。


「ただし」


 一拍。


「お前は、まだ“感情”を扱えていない」


 同じ言葉。


 だが今回は、少しだけ重みが違う。


 リシェルは視線を落とす。


「……記録は、感情を排除するものではないのですか」


「排除はしない」


 即答。


「整理するだけだ」


 ユリウスは紙を一枚引き寄せる。


 そこには、別の案件の記録が書かれていた。


「これは、別の記録官のものだ」


 リシェルはそれを見る。


 文章は粗い。

 言葉も整っていない。


 だが。


 ——伝わる。


 誰が何を思っていたのか。

 どこで感情が動いたのか。


 それが、明確に残っている。


「……これは」


「正確さはお前の方が上だ」


 ユリウスが言う。


「だが、“人”が見えない」


 その指摘は、鋭い。


 リシェルは沈黙する。


 否定できない。


「お前の記録は、“何が起きたか”は完璧だ」


 一拍。


「だが、“なぜそうなったか”が薄い」


 リシェルは考える。


 なぜ。


 その問いは、これまで重要ではなかった。


 結果がすべてだったから。


 だがここでは。


 結果だけでは、終わらない。


「……理解する必要がある、ということですか」


「そうだ」


 ユリウスは頷く。


「人は、論理だけで動かない」


 リシェルは目を閉じる。


 その言葉を、ゆっくりと受け止める。


 論理だけでは動かない。


 それは。


 すでに、体験している。


 婚約破棄。


 あの時。


 自分は正しかった。


 だが。


 それでも、関係は壊れた。


 ならば。


 ——何が足りなかったのか。


「……感情、ですか」


 自分の中で、その言葉を確かめるように呟く。


 ユリウスは少しだけ考え、そして言う。


「違うな」


 リシェルが顔を上げる。


「感情そのものじゃない」


 一歩、近づく。


「“感情がどこで動いたか”だ」


 その言葉に。


 リシェルの思考が、一瞬止まる。


 そして。


 繋がる。


 先ほどの案件。


 女が声を荒げた瞬間。


 男が黙った瞬間。


 そこに。


 変化があった。


 それを。


 自分は、記録していない。


「……私は」


 言葉が、少しだけ詰まる。


「見ていなかった、ということですね」


「正確には」


 ユリウスが言う。


「見ていたが、重要だと思っていなかった」


 その通りだった。


 リシェルは、それを認める。


 合理性を優先した。


 だから。


 感情の動きを、切り捨てた。


 それが。


 欠落だった。


 沈黙。


 だがその沈黙は、重くない。


 整理されている。


 理解に向かっている。


 その時。


「おい、次だ」


 別の声が響く。


 奥の部屋から、呼び出し。


 ユリウスが軽く顎を上げる。


「休憩は終わりだ」


 リシェルを見る。


「次は、もっと厄介だぞ」


 その言葉に、わずかな緊張が走る。


 だが。


 同時に。


 ——試す機会。


 その感覚も、確かにあった。


 リシェルは立ち上がる。


 ペンを持つ。


 そして。


 歩き出す。


 今度は。


 ただ記録するためではない。


 ——理解するために。


 その違いを、自覚しながら。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


主人公の「できること」と「できないこと」が、

はっきりと分かれてきた回でした。


ここからは、

“論理”に加えて“人の動き”をどう扱うかがテーマになります。


もしここまで読んで、

主人公の成長を見届けたいと思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、さらに難しい案件に挑むことになります。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ