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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第15話 納得という結論

 沈黙が、場を支配していた。


 先ほどまで激しくぶつかり合っていた二人は、今は言葉を失っている。


 怒りが消えたわけではない。

 納得したわけでもない。


 ただ。


 ——ようやく、同じ場所を見ている。


 リシェルはそれを理解する。


 視点が揃った。


 だからこそ。


 次に進める。


 裁判官が静かに口を開く。


「では、判断に入る」


 その声は低く、揺るがない。


「契約は形式上、成立している。これは覆らない」


 男が小さく頷く。


 当然の結果。


 だが。


「ただし」


 一拍。


「契約時の状況について、著しい不均衡が認められる」


 女の肩がわずかに動く。


「よって、契約の一部条項について再調整を行う」


 ざわめき。


 完全な無効ではない。

 だが、そのままの適用でもない。


 中間の判断。


 リシェルは、その構造を理解する。


 ——両方を認める形。


 契約の正当性も。

 状況の不当性も。


 どちらかを否定するのではなく。


 両方を扱う。


 男が口を開く。


「……つまり、契約は有効だが、条件は変わるということか」


「そうだ」


 裁判官は簡潔に答える。


 女も、ゆっくりと息を吐く。


「……全部が無効になるわけじゃないのね」


「ならない」


 だが。


「一方的な不利益は、修正される」


 その言葉に。


 女の表情が、わずかに緩む。


 完全な満足ではない。

 だが。


 受け入れられる範囲。


 それが、そこにあった。


 リシェルはその様子を見て、はっきりと理解する。


 ——これが“終わり方”。


 正しさではない。


 納得できる形。


 それが、この場の結論。


 ユリウスが小さく言う。


「記録しろ」


 リシェルは頷く。


 ペンを取る。


 そして。


 書く。


「——契約は一部有効。一部再調整」


 その一文に、すべてが集約される。


 だが。


 今回は、それだけではない。


 リシェルは、もう一行書き加える。


「——双方の主張を考慮した調整」


 その言葉を、残す。


 ユリウスがそれを見て、わずかに眉を動かす。


 だが、何も言わない。


 否定しない。


 それが答えだった。


 記録を終え、顔を上げる。


 女が、小さく頭を下げていた。


「……ありがとう」


 誰に向けた言葉かは、曖昧だった。


 裁判官か。

 この場か。


 あるいは——


 リシェルか。


 リシェルは一瞬だけ考え、答える。


「当然の処理です」


 感情は乗せない。


 だが。


 以前とは、わずかに違っていた。


 それは。


 この結果の意味を、理解しているから。


 男も、不満げではあるが、何も言わない。


 完全な勝利ではない。


 だが。


 完全な敗北でもない。


 それが、この場の終着点。


 二人はそれぞれ、静かにその場を離れていく。


 扉が閉まる。


 静寂が戻る。


 リシェルは、ゆっくりと息を吐く。


 胸の奥に、これまでにない感覚があった。


 達成感とも、違う。


 満足とも、違う。


 だが。


 ——何かが、繋がった。


 ユリウスが言う。


「……初回としては、悪くない」


 短い評価。


 だが。


 否定ではない。


 それだけで、十分だった。


「ありがとうございます」


 リシェルは答える。


 だが、その言葉も。


 これまでとは少し違う。


 形式ではなく。


 意味を伴っていた。


「ただし」


 ユリウスが続ける。


「お前はまだ、“人”を理解していない」


 その言葉が、静かに刺さる。


 リシェルは否定しない。


 事実だから。


「……承知しています」


 短く答える。


 ユリウスは頷く。


「ならいい」


 それだけ言って、書類をまとめ始める。


 会話は終わり。


 だが。


 リシェルの中では、終わっていなかった。


 今回の案件。


 契約。


 状況。


 納得。


 それらすべてが、整理されていく。


 そして。


 一つの結論に辿り着く。


 ——正しいだけでは、足りない。


 だが。


 正しさは、必要だ。


 その上に。


 “人の理解”を乗せる。


 それが。


 この仕事。


 そして。


 自分に足りなかったもの。


 リシェルは静かに目を閉じる。


 そして。


 初めて。


 自分の過去に対して、思う。


 ——あの時も。


 同じだったのかもしれない。


 その考えは、まだ曖昧だ。


 だが。


 確かに、繋がっている。


 リシェルは目を開ける。


 視線は、まっすぐだった。


 ここから先。


 やるべきことは、明確だ。


 ——理解する。


 人を。


 関係を。


 そして。


 自分自身を。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


第2章の最初の案件が一区切りとなりました。


主人公は今回、

「正しさ」と「納得」の違いを初めて体感しました。


これはこの物語全体に関わる重要なテーマになります。


もしここまで読んで面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話からは、新たな案件とともに、

主人公の“弱さ”がよりはっきりと浮き彫りになります。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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