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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第13話 最初の記録

 最初の仕事は、唐突に始まった。


「入れ」


 ユリウスの短い声。


 リシェルは頷き、扉を押し開ける。


 中に広がっていたのは、想像していた“法の場”とは違う光景だった。


「だから言ってるでしょう!? あの人が先に——!」


「順序を整理しろ。感情で話すな」


 女の怒声と、男の抑えた声がぶつかり合っている。


 机の向こうには三人。


 怒りを露わにする女性。

 腕を組み、苛立ちを隠さない男。

 そして、それを淡々と見ている裁判官。


 整然とはしている。

 だが——


 制御されきっていない。


 リシェルは一瞬だけ、思考を止める。


 王宮では見たことのない光景だった。


 感情が、そのまま場に出ている。


「立っているな。そこだ」


 ユリウスが顎で示す。


 リシェルは指定された位置に立つ。


 机の脇。

 発言者の視界には入るが、中心ではない場所。


 ——観察位置。


「記録官だ。発言を正確に残せ」


 ユリウスが言う。


 それだけ。


 説明はない。


 リシェルは理解する。


 ——ここからは、自分で処理しろということ。


 ペンを取り、紙に向き合う。


 呼吸を整える。


 そして、耳を研ぎ澄ます。


「私はただ、契約通りに動いただけです!」


 男が言う。


「契約!? あんなの、あなたが勝手に書き換えたものじゃない!」


 女が即座に反論する。


 言葉が重なる。


 順序が崩れる。


 論点が散る。


 リシェルの手が止まる。


 ——記録できない。


 どの言葉が、どの順序で発せられているのか。


 整理されていない。


 優先順位がない。


 このままでは、“事実”として残せない。


 ユリウスの視線が、わずかにこちらに向く。


 試されている。


 そう理解する。


 リシェルは、思考を切り替える。


 ——整理する。


 まず、主張。


 男は「契約通り」と言っている。


 女は「契約が不正」と言っている。


 ならば。


 論点は一つ。


 契約の正当性。


 そこに絞る。


 リシェルは、初めて口を開いた。


「発言の整理を提案します」


 場が、一瞬止まる。


 全員の視線が集まる。


 ユリウスは何も言わない。


 止めない。


 ならば——問題ない。


「現在の争点は、契約の正当性です」


 淡々と述べる。


「まず、契約の成立過程を確認する必要があります」


 女が眉をひそめる。


「……何よ、あなた」


「記録官です」


 短く答える。


 それ以上の説明は不要。


「質問します」


 男に向く。


「契約書は、いつ、どのように作成されましたか」


 男は一瞬戸惑い、だが答える。


「三ヶ月前だ。俺が——」


「誰の立ち会いで?」


「……商会の証人が一人」


「署名は双方が?」


「……ああ」


 リシェルは頷き、紙に記す。


 次に、女へ。


「契約内容に異議があるとのことですが」


「当然よ! あの時——」


「契約時に、内容は確認されましたか」


 女が詰まる。


「……それは」


 一拍。


「細かくは見ていないけど——」


 その瞬間。


 リシェルの中で、構造が組み上がる。


 ——確認不足。


 ——一方的有利な契約。


 ——だが形式上は成立している。


 リシェルはペンを走らせる。


 言葉が、整理されていく。


 感情ではなく、構造として。


 だが。


 その時だった。


「そんなの関係ないでしょう!? あの時の状況、あなた知らないでしょ!」


 女が強く言う。


 リシェルの手が、止まる。


 ——状況。


 契約の“背景”。


 それは、記録すべきか。


 合理的には、契約が優先される。


 だが。


 それだけでいいのか。


 思考が、わずかに揺れる。


 ユリウスが、低く言う。


「続けろ」


 短い指示。


 だがその意味は明確。


 ——判断しろ。


 リシェルは一瞬、目を閉じる。


 そして。


 決める。


「状況について、説明を」


 女を見る。


 女は驚き、そしてすぐに言葉を吐き出す。


「あの時、私は——」


 感情が溢れる。


 だがその中に、確かに“事実”がある。


 リシェルは、それを拾い上げる。


 整理する。


 記録する。


 契約だけではない。


 その前後。


 その背景。


 すべてを。


 書き終えた時。


 リシェルは初めて気づく。


 ——これは。


 王宮でやっていたことと、似ている。


 違うのは。


 対象が、“整えられた言葉”ではないこと。


 壊れた言葉。

 混ざった感情。


 それを。


 形にする。


 ユリウスが言う。


「……それでいい」


 短く。


 だが、明確に。


 リシェルは顔を上げる。


 初めて。


 この場所で。


 “役割”を果たした感覚があった。


 だが同時に。


 理解する。


 ——まだ、足りない。


 これは、記録しただけだ。


 “扱って”はいない。


 その差を。


 リシェルは、はっきりと感じていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


第2章のスタートとなる回でした。


主人公は初めて「仕事」として関係の破綻に向き合い、

自分の強みと限界の両方に触れ始めています。


ここから、

「できること」と「できないこと」がはっきりしていきます。


もしこの先の成長が気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次話では、この案件の“本質”に踏み込みます。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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