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婚約破棄されたので離縁裁判所で働き始めたら、壊れた関係の“理由”が見えるようになりました  作者: すずり


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第12話 離縁裁判所

 王都を離れる馬車は、静かに進んでいた。


 舗装された街道を抜け、やがて石畳が途切れ、土の道へと変わる。

 揺れがわずかに増す。


 リシェルは窓の外を見ていた。


 見慣れた風景が、少しずつ遠ざかっていく。


 王宮の塔。

 整えられた庭園。

 規則的に並ぶ建物。


 すべてが、過去になっていく。


 ——問題はない。


 そう結論づける。


 選んだのは、自分だ。


 だから、この変化も当然の帰結。


 感情を挟む必要はない。


 馬車の中には、最低限の荷物しかない。


 書類と、数冊の本。


 そして、必要な衣服。


 それだけ。


 驚くほど、軽い。


 だが。


 それで十分だと、理解している。


「……」


 揺れに合わせて、思考もわずかに揺れる。


 これから向かう場所。


 港湾都市国家連合。


 法も文化も異なる地。


 そして——


 自分が通用するか、保証のない場所。


 その現実を、改めて認識する。


 不安はある。


 だが。


 それ以上に。


 ——確かめたい。


 その意思が、静かに根を張っていた。


 数日の移動の後。


 景色は大きく変わる。


 海の匂い。


 風の湿度。


 遠くに見える帆船。


 王都とは、まったく異なる空気。


 馬車は、やがて一つの都市へと入る。


 石造りの建物。

 だが、様式は統一されていない。


 貴族の屋敷のような威圧感はない。


 代わりに。


 人の流れが、活発だった。


 商人。

 労働者。

 異国の衣装を纏った者たち。


 雑多で、しかし機能している空間。


 リシェルはそれを観察する。


 ——秩序はある。


 だが、それは王宮のものとは違う。


 より流動的で、実利的な秩序。


 馬車が止まる。


「到着いたしました」


 御者の声。


 リシェルは静かに降りる。


 目の前にある建物は、他と大きくは変わらない。


 だが。


 入口の上に掲げられた文字が、目に入る。


 ——離縁裁判所。


 その言葉を、リシェルは読み取る。


 そして。


 ほんのわずかに、思考が止まる。


 その瞬間。


 中から、声が漏れてきた。


「だから言っているでしょう! あの契約は——!」


「証拠が不十分だ。感情ではなく、事実で話せ」


 怒声と、冷静な声。


 それが、混じり合う。


 リシェルは、その音に耳を澄ます。


 王宮では、ほとんど聞かれなかった種類の声。


 感情が、むき出しになっている。


 だが同時に。


 それを整理しようとする、別の力もある。


 ——ここは。


 関係が壊れた場所。


 そして。


 それを、記録し、裁く場所。


 扉が開く。


 中から、一人の男が出てくる。


 書類を抱え、やや疲れた表情。


 だが、目は鋭い。


 彼はリシェルを見ると、一瞬だけ視線を止めた。


「……新しく来るという記録官か」


 確認するような口調。


 リシェルは一歩前に出る。


「リシェル・アルヴァーレンです。本日付で配属されました」


 正確に名乗る。


 男は小さく頷く。


「ユリウスだ。ここの補佐官をしている」


 簡潔な自己紹介。


 そして。


 彼は、リシェルを一瞥する。


 評価するような視線。


「……貴族出身か」


「ええ」


「そうか」


 それだけ言って、ユリウスは少しだけ肩をすくめる。


「なら、最初に言っておく」


 一歩近づく。


 距離は、近すぎないが、遠くもない。


「ここでは、その肩書きは役に立たない」


 はっきりとした言葉。


 否定でも、侮辱でもない。


 ただの事実。


 リシェルは、それを受け取る。


「承知しています」


 即答。


 迷いはない。


 ユリウスは、その反応を見て、わずかに目を細めた。


「……理解している顔ではないな」


 率直な指摘。


 リシェルは一瞬だけ思考し、答える。


「現時点では、完全には理解していないでしょう」


「正直でいい」


 短く言う。


 そして、扉の方へと顎で示す。


「中に入れ。すぐに仕事がある」


 その言葉と同時に、再び中から声が響く。


「ふざけるな! そんな理屈が通るか!」


「通るかどうかは、ここで決まる」


 感情と論理が、ぶつかり合う音。


 リシェルは、その方向を見つめる。


 これまで、自分が扱ってきたのは。


 整えられた言葉。

 計算された会話。


 だが、ここにあるのは。


 壊れた関係。


 剥き出しの感情。


 そして、それを扱うための仕組み。


 ——未知。


 だが同時に。


 ——必要な場所。


 ユリウスが言う。


「ここでは、関係が壊れた理由を記録する」


 一拍。


「そして、それを“どう扱うか”を決める」


 リシェルは、その言葉を受け止める。


 静かに。


 確かに。


 そして。


 自分の中で、何かが繋がる。


 ——壊れた関係。


 それは。


 自分の経験でもある。


 婚約破棄。


 あの出来事。


 あれもまた、一つの“離縁”だった。


「……」


 リシェルは一歩、前に出る。


 扉の前に立つ。


 中からの声が、より鮮明に聞こえる。


 怒り。

 後悔。

 言い訳。


 様々な感情が、そこにある。


 それを。


 記録する。


 理解する。


 そして。


 扱う。


 リシェルは、静かに言う。


「……私に、向いているかもしれませんね」


 その言葉は、誰に向けたものでもない。


 ただ。


 自分の中に落とすように。


 ユリウスは、それを聞いて、わずかに笑った。


「そう思うなら、やってみろ」


 軽い口調。


 だが。


 その奥に、試すような気配があった。


 リシェルは頷く。


 そして。


 扉を開ける。


 新しい空間。


 新しい役割。


 そして。


 ——自分で選んだ場所。


 その中へと、足を踏み入れた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


第1章のラストとなる回でした。


婚約破棄から始まった物語が、

「再出発の舞台」へと到達しました。


ここからは、

“壊れた関係”を扱う中で、

主人公自身の過去と向き合っていくことになります。


もしここまで読んで、

「この先の展開を追いたい」と思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。


次章からは、いよいよ本格的に物語が動き出します。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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