第9話 落下
空は、自分のものだった。
シュウは高度を上げる。
円壇が小さくなる。
男が点になる。
(届かない)
そう確信していた。
下では男が血を流している。
肩。
脇腹。
背。
傷は増えている。
呼吸も荒い。
だが、倒れない。
「……遅いんだよ」
シュウは呟く。
もう一度。
今度こそ終わらせる。
今までで最速。
空気を裂く。
視界が線になる。
円壇へ一直線。
男の首元へ。
完璧な軌道。
完璧な速度。
完璧な勝ち筋。
その瞬間。
男が、初めて前に出た。
一歩。
たった一歩。
踏み込む。
シュウは違和感を覚える。
(距離が――)
近い。
想定より、近い。
男の腕が上がる。
遅い。
鈍い。
避けられる。
そう判断した瞬間、
空気が変わる。
重い。
空が、重い。
衝撃。
視界が白く弾ける。
音が消える。
何が起きたのか分からない。
ただ、
体が横に吹き飛ぶ。
高度が消える。
風が顔を叩く。
(……は?)
回転。
空と円壇が逆さまになる。
上と下が分からない。
初めて、
「落ちている」と理解する。
重力。
逃げ場がない。
体勢が取れない。
男の声が、遅れて届く。
「……届いた」
低い。
静かな声。
水面に叩きつけられる。
肺の空気が抜ける。
動けない。
腕が震える。
視界の端で、男が歩いてくる。
ゆっくり。
確実に。
今までのような静けさではない。
怒りが溜まり切っている。
黒い。
重い。
シュウは歯を食いしばる。
(まだ……)
立てる。
立てるはずだ。
だが、
足が言うことをきかない。
初めて思う。
(あれ、届くのか)
男は空を見ない。
もう見上げない。
地面にいる。
自分の領域で。
シュウはようやく理解する。
高さは、絶対じゃない。
落ちれば、
同じ場所だ。
男が拳を握る。
「悪いな」
その一歩が、
円壇を揺らす。
空は、もう遠い。




